初級翻訳・美女を盗む鬼神 第1話

田中 貢太郎

梁の武帝が治めていた大同の終わりのころ、欧陽※(おうよう・※)という武士が、南の方へ出兵して長楽という場所へやってきました。この土地の反乱を鎮めた彼は、険しい山の中へと足を踏み入れました。

その欧陽※は、陣の中に妻を連れてきていました。奥さんは肌が白く、とても美しい女性でした。
すると、土地の人たちが言いました。
「どうしてそんなに美しい奥様を連れてきたのですか。このあたりには鬼神(おにがみ)がいて、美しい女性を見つけると必ずさらっていってしまうのです。ここを通る旅人が、たびたびその災難に遭っています。あなたも、しっかりと守るほうがいいですよ」

欧陽※は「まさか」と半信半疑でしたが、それでも念のため、兵士たちに家のまわりを見張らせ、妻には十人以上の侍女をつけて、奥深い部屋に寝かせておきました。
最初の晩は何事もありませんでしたが、次の晩、激しい風が吹き荒れました。
夜中のこと、みんなが疲れて眠りこんでいるとき、妻と並んで寝ていた欧陽※は、悪い夢を見て目が覚めました。ふと隣を見ると、もう妻の姿がありません。
驚いて飛び起きましたが、戸締まりは夜のまましっかり閉まっています。それなのに、妻はどこへ消えてしまったのか、影も形もありません。
外へ出て探そうにも、家の前はすぐ深い山になっていて、不用心に踏み込むこともできません。夜が明けるのを待ちきれずに探しましたが、手がかりになるものは何一つ見つかりませんでした。

最愛の妻を失った欧陽※は、怒りと悲しみに打ち震え、「妻を取り戻すまでは絶対に帰らない!」と心に誓いました。朝廷には「病気になった」と嘘の報告をして兵をその場にとどめ、毎日、近くの山や谷を探し回りました。
そしてひと月が過ぎたころ、妻が履いていた靴下を一つ見つけました。それは駐屯地から中国の距離で百里ほど離れた場所でした。
欧陽※はそこで三十人の精鋭を選び、食料をたくさん用意して、再び深い山へ分け入りました。十日後、二百里も先の土地までやってきました。
そこには、南に向かって空を突き抜けるような高い山がそびえていました。山のふもとには、川が勢いよく流れています。
欧陽※の一行は、岩の角をつたったり、木の根っこにつかまったりして山の中へ入っていきました。進んでいくうちに、女の人が笑い楽しむ声が聞こえてきました。

欧陽※は不思議に思いながら、その声をたよりに登っていくと、大きな洞窟の入り口がありました。その前の、花が咲き乱れる木の下で、何十人もの美女たちがまるで蝶のように舞い、歌い遊んでいました。
欧陽※の一行が近づいても、女たちは驚く様子もなく、「何をしに来たの?」と聞きました。
欧陽※がわけを話すと、女たちはこう言いました。
「その奥さんならここに来て三ヶ月になるわ。今は病気になって寝ているの」
そう言って、欧陽※を洞窟の中へ案内しました。
病床にいた妻は、夫の顔を一目見るなり、手を振って「ここへ来たら危ないわ、早く逃げて!」と叫びました。

欧陽※を案内した美女たちは言いました。
「私たちも、あなたの奥様と同じように、鬼神にさらわれてきたの。長い人は十年もここにいるわ。この鬼神はとても強くて、百人が剣を持って一度にかかっても勝てないのよ。今は出かけているから、帰ってくる前に早く逃げたほうがいいわ。もし鬼神を倒したいのなら、上等の酒を一斛(いっこく)、犬を十頭、麻を数十斤用意してきなさい。そして、次は午後の時間に来るのよ。今日から数えて十日後、また来る約束にしましょう」

欧陽※は喜び勇んで山を降りました。約束の日を間違えないように、すべての物を用意して鬼神のすみかへ向かいました。
すると美女の一人が外へ出てきて、こう教えました。
「鬼神はお酒が大好きよ。酔っぱらうと、五色の練り絹で手足をベッドに縛らせるの。ふつうなら、力を込めて飛び上がれば絹なんてすぐ切れてしまうわ。でも、絹を三枚重ねて縛れば切れないし、絹の中に麻を混ぜて縄にして縛れば、どんなに暴れても絶対に切れないわ。それに、鬼神の体は鉄のように固いけれど、へその下五、六寸のところだけは、いつも自分で隠しているの。そこなら刃が通るはずよ」
さらに、そばの大きな岩を指さして言いました。
「ここは鬼神が食べ物を貯めておく場所よ。お酒を花の下に置いて、犬をあちこちの木の下につないで、時間までここに隠れていなさい」

欧陽※はその言葉通りに、酒を置き、犬をつないで岩の陰に隠れて待ちました。
申の刻(午後四時ごろ)になると、白い練り絹の塊のようなものが、どこからともなく飛んできて洞窟の中へ入りました。
しばらくすると、ひげを生やした立派な男が白い絹の服を着て、杖をつき、美女たちを連れて出てきました。男は犬を見つけると、次から次へと飛びかかって引き裂き、おいしそうに食べました。
犬を食べ終わると、美女たちは花の下に置いてあった酒を取り上げ、我先にと男にすすめました。
男は上機嫌で酒を飲み、六、七升も飲むとひどく酔っぱらいました。美女たちはその手を取って洞窟の中へ連れて行きました。中からは楽しげな笑い声が聞こえてきました。

岩の陰で合図を待っていた欧陽※に、美女の一人が出てきて「早く、早く!」と招きました。
欧陽※は兵士たちを率いて洞窟の中へ突進しました。
四本の手足をベッドに縛られた大きな白猿が、敵が来たと思って起き上がろうとしましたが、絹の中に麻縄が混ざっているため、どうしても引きちぎることができません。白猿は電光のように目を怒らせて、もだえ苦しみました。
兵士たちは競い合って刀を振り下ろしましたが、まるで岩や鉄のように固く、刃が通りません。
そこで欧陽※は、美女が言っていたことを思い出し、そのへその下を突き刺しました。鬼神は、「これは天が私を滅ぼそうとしているのだ。お前たちの力でどうにかなったわけではない」と言い、さらに「お前の妻はすでに私の子を身ごもっている。その子を殺さずに育てれば、必ずや賢い王に仕えて家を盛り立てるだろう」と言い終えると、息を引き取りました。

欧陽※はすぐに兵士たちに命じて、鬼神がこれまでに奪い集めてきた財宝をすべて回収させました。美女たちの数を数えてみると、全部で三十人いました。

美女たちは、鬼神の様子について詳しく話してくれました。
「鬼神にさらわれてきた女たちの中で、年をとって美しさが衰えた者は、いつの間にか姿を消していました。鬼神は毎朝、手を洗い、帽子をかぶり、白い服の上にさらに白い薄絹の衣を羽織ると、まるで古代の文字のようなものが書かれた木札を読んでいました。読み終えるとそれを石の下にしまい、今度は剣を振るって踊るのですが、その動きはまるで電光のように速いのです。決まった食事はなく、普段は果物を食べていましたが、犬をひどく嫌っていました。犬を見ると、一滴の血もこぼさないようにして食べてしまうのです。午後の時間を過ぎると別の山へ飛んでいき、夜になると帰ってきましたが、欲しいと思ったものは必ず手に入れてきました。私たち女に対しては、言葉遣いもとても丁寧でした。この鬼神は、もう一千年の寿命が尽きかけていて、自分の死期が近いことを予感していたのでしょう」

欧陽※は財宝と美女たちを連れて山を降りました。

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