初級翻訳・蟹のしょうばい 第1話

新美 南吉

あるカニが、いろいろと考えた末に、なんと「床屋さん」をはじめることにしました。
カニの考えとしては、それはもう大成功のアイデアのつもりでした。

ところが、このカニは、
「床屋さんっていう商売は、ものすごくヒマなものだなあ」
と思いました。
なぜなら、お客さんが一人もやってこないからです。

そこで、カニの床屋さんは、ハサミを持って海の方へ出かけていきました。
そこでは、タカが…ではなく、タコがお昼寝をしていました。
「もしもし、タコさん」
と、カニは声をかけました。
タコは目を覚まして、
「なんだい」
と言いました。
「床屋ですが、何かご用はありませんか?」
「よくごらんよ。ぼくの頭に髪の毛があるかどうかをさ」
カニは、タコの頭をじっくりと見ました。
なるほど、髪の毛は一本もなく、ツルンツルンでした。
いくらカニが腕利きの床屋さんでも、髪の毛のない頭を刈ることはできません。

そこでカニは、今度は山へやっていきました。
山では、タヌキがお昼寝をしていました。
「もしもし、タヌキさん」
タヌキは目を覚まして、
「なんだい」
と言いました。
「床屋ですが、ご用はありませんか?」
タヌキはいたずらが大好きなどうぶつなので、よからぬことを思いつきました。
「いいよ、髪を切ってもらおう。だけどさ、一つ約束してくれなきゃ困るな。それは、ぼくのあとに、ぼくのお父さんの髪も切ってほしいんだよ」
「へい、お安いご用でございます!」

さあ、ここでカニが腕をふるう番がやってきました。
ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん。
しかし、カニという生きものは、そんなに大きなものではありません。
カニと比べたら、タヌキはとんでもなく大きなからだをしています。
そのうえ、タヌキというものは、からだじゅうが毛むくじゃらです。
だから、仕事はなかなかはかどりません。
カニは口からあわをふきながら、一生懸命ハサミを動かしました。
そして、なんと三日もかかって、ようやく仕事が終わりました。
「よし、約束だから、ぼくのお父さんの髪も刈ってくれよ」
「お父さんというのは、いったいどれくらい大きなお方ですか?」
「そうだなあ、あそこの山くらいあるかな」
カニはびっくりして、目を白黒させました。
そんなに大きくては、とても自分ひとりでは歯が立ちっこないと思ったのです。

そこでカニは、自分の子どもたちをみんな床屋にすることにしました。
子どもばかりか、孫もひ孫も、これから生まれてくるカニはみんな床屋さんにしたのです。
だからこそ、私たちが道の端で見かけるような、本当にてのひらに乗るほど小さなカニでさえも、みんなちゃーんとハサミを持っているのです。

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