初級翻訳・負けない少年 第2話

吉田 甲子太郎

「悪魔なんかじゃない、優しい精霊が手伝っているのかもしれないぞ。
あの子のお父さんは立派な狩人だった。
だから父親の精霊が、自分の子供を立派で、がまん強くて、賢い人間に育てようと思って、手伝いに現れているのかもしれないじゃないか」

  四

 それはともかくとして、キーシュの狩りはその後も大成功を続けました。
気弱な村人たちは、彼が次々と獲ってくる肉を村へ運ぶだけで大忙しという状態でした。
彼は、かつて父親がそうしていたように、自分が獲ってきた肉をみんなに分けるとき、この上なく公平でした。一番力の弱いおばあさんや、年老いたおじいちゃんたちが、きちんと平等な分け前を確実に受け取れるようにしっかりと気を配り、自分たちに必要な分以上のお肉を勝手に取っておくようなことは決してしませんでした。
こうした理由から、そして狩人としてのあまりにも優れた実力から、彼はだんだんと村人たちから深く尊敬され、時には恐れられさえするようになりました。
ついに村の人々の間では、彼を次のリーダー(頭)にしようという話さえ持ち上がってきたのです。
こうなってみると、みんなは彼に、また昔のように村の集まり(寄合)に出てきてほしいと思うようになりました。
しかし、彼はどうしても出席しようとしません。
村の人々の方としては、以前に自分たちが冷たくした手前があるので、「出てきてほしい」と自分から頼むこともできず、困っていました。
ある日、キーシュは村のリーダーや男の狩人たちに向かってこう言いました。
「僕は、新しく雪小屋を建てたいと思っているんです。
僕とお母さんが心から心地よく暮らせる、大きな雪小屋じゃなくちゃいけないんです」
「う、うん……」
みんなは真剣な顔つきでうなずきました。
「でも、僕には暇がないんです。
僕の仕事は狩りだから。
狩りで忙しくて、ちっとも時間がありません。
だから、僕が獲ってくるお肉をいつも食べている村の男の人や女の人たちが、代わりに僕たちの雪小屋を建ててくれないでしょうか?」
こうして、村の長老の家よりもずっと立派で大きな雪小屋が見事に完成しました。
キーシュとお母さんはそこへ引っ越しました。
それはお母さんにとって、夫を亡くして以来、初めての心からの幸せと満足でした。
しかし、大きな家に住めるということだけが、彼女の喜びのすべてではありませんでした。
彼女は、自慢のすばらしい息子のおかげで、いつの間にか村で一番の女性として尊敬されるようになっていたのです。
村の女たちは、ひっきりなしに彼女の家を訪ねてきました。
いろいろな相談事を持ってくるのです。
女たちの間や、あるいは男たちとの間で言い争いが起きたときには、「そんなこと言ったって、キーシュのお母さんはこうおっしゃっていたわよ!」とピシャリと言い放つことで、相手を完全にギャフンと言わせるのでした。
五

 しかし、村の人たちが一番気になってしかたがなかったのは、なんと言ってもキーシュの「不思議な狩りの秘密」でした。
そこで村の集まりの席で、ある晩、長い話し合いの末についにこう決まりました。
キーシュの狩りの方法を突き止めるために、彼がまた狩りに出かけるとき、こっそり忍びの者を後につけさせようということになったのです。
やがて、彼が次の狩りに出発する日、ビムとバウンという足音を立てないのが得意な二人の若者が、見つからないように注意しながら、彼の後をこっそりとつけ始めたのでした。二人とも腕利きの、頼りになる狩人でした。
しかし、五日ぶりに戻ってきた二人は、目を見開き、疲れ果ててフラフラの状態でした。
そして、自分たちが目撃してきた出来事を語るとき、二人の舌は恐怖と驚きでブルブルとふるえていました。
「みんなの衆! 言いつけられた通り、わしらはキーシュの後をこっそりつけていったよ。あいつに気づかれないように、うまくやったんだ。
最初の日の昼頃まで歩いたとき、あの子は大きなオスのクマに出くわしたんだ。
それは本当に、とてつもなく大きなクマだったよ」
「あんなにデカいクマは、めったにお目にかかれない代物さ」
バウンがそう言って相槌を打ち、話を続けました。
「だが、そのクマは最初からこちらに向かって戦う気なんかなかった。
むしろ体をクルリと向きを変えて、氷の上を静かに向こうへ立ち去ろうとしたんだからな。
わしらはその様子を、岸の岩かげからじっと見ていたんだ。
クマが向こうへ歩いていくと、キーシュはそのすぐ後ろにピタッとくっついていった。でも、あの子はちっとも怖がっている様子なんかない。
それどころか、あの子はクマの後ろから、とてつもなく大きな声でわめき立てたんだ。
両手をぐるぐると激しく振りまわして、やたらに大騒ぎしたもんさ。
すると、ついにクマも頭にきちゃって、ぬっと後ろ足で立ち上がった。
ところがキーシュは、そんなおそろしいクマに向かって、ぐんぐんと平気で近づいていくじゃないか」
ここで、ビムが話をバトンタッチしました。
「お構いなしに、どんどんクマのそばまで歩いていくんだ。
そこでクマがキーシュにつかみかかろうとすると、あの子はすばやく身をかわして逃げ出した。
だが、その逃げるときに、小さな丸い球を一つ、ぽとりと氷の上に落としたんだ。
クマはそこで立ち止まり、その球のにおいをクンクンとかいで、それから、なんとそれをグッと飲み込んじまったのさ。
キーシュは逃げながら、また小さな丸い球をおっこ落とす。
クマは何度も何度も、それをごくりと飲み込んじまうんだ」
「そんな信じられない、おかしな話があるもんか!」と、一座からどよめきの声が上がりました。
それを聞いていた一人の男は、「そんなバカなことがあってたまるか!」と大声で言い出しました。
「わしらは、この目でしかと見て来たんだ!」
ビムはしっかりとそう保証しました。
すると、バウンもすぐに言葉を添えました。
「そうだとも、この目でハッキリと見て来たんだ!
で、そんなことを続けているうちに、急にクマがまっすぐに突っ立ったかと思うと、まるで弓のように体をグニャリと曲げ、あまりの痛さにうなり声をあげて、まるで気がおかしくなったかのように前足を激しく振りまわし始めたんだ。
キーシュは氷の上をすっ飛んで逃げ、クマの手が絶対に届かないところまで下がると、まるで平気な顔をしてその様子を眺めているんだ。
だが、もうクマはあの子にかまっている余裕なんかない。あの小さな丸い球のせいで、体の中で起こるものすごい苦しさに、もう夢中になって暴れまわっているんだからな」
ビムがそこで、さらに言葉を挟みました。
「そうだ、たしかに体の中が痛むらしかった。
自分の体を自分で引っかきむしり、まるで頭のおかしくなった小犬のように氷の上を転がり回るんだからな。
うなったり、キューキューと鳴いたりする様子を見ていると、どう考えたってふざけてるんじゃない、痛くて痛くてたまらないにちがいないんだ。
あんなにクマが苦しがっている姿なんて、いまだかつて一度も見たことがないよ!」
「そうだとも、おれだってあんなの見たこたねぇよ。
それに、あんなにデカいクマだっていうのにさ」
バウンもそう言って調子を合わせました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました