初級翻訳・負けない少年 第3話

吉田 甲子太郎

「やっぱり、あれは魔法にちがいない」
一人の男がポツリと言いました。
するとバウンが答えました。
「それは俺たちにも分からない。
ただ、おれはこの目で実際に見たことだけを話しているんだよ。
いいかい、そうこうしているうちに、クマはすっかりくたびれて弱ってきた。
そりゃそうだろうさ、あんなにひどく重い体をしているくせに、めちゃくちゃに暴れ回ったんだからな。
それからそのクマは、頭を右へ左へとフラフラさせ、時々その場に座り込んではキューキューと鳴き、まるで泣いているかのように海っぺたの氷の上を歩いていくんだ。
するとキーシュも、のろのろとそんなクマの後ろをついていく。
わしらも、さらにそのキーシュの後ろにピッタリとくっついていったのさ。
そうやって、その日一日と、そのあと三日ものあいだ、わしらは歩き続けたんだ。
クマはどんどん弱っていったけれど、そのあまりの痛さのせいかなかなか泣きやまなかったよ」
さっきの男が再び大声で叫びました。
「やっぱりまじないだ!
あれは絶対にまじないにちがいない!」
「そうかもしれないな。
だが、まあ話を聞いてくれ――」
そこでまた、ビムがバウンから話を引き継ぎました。
「クマはあちこちをうろつき回った。
こっちへ来るかと思うと、またあっちへ行く。
同じ道をいったり来たり、ぐるぐると輪を描いて歩き回るんだ。
そんなことをしているうちに、ついに、はじめてキーシュと出会った場所の近くへと戻ってきた。
この時にはもう、クマは這うことすらいきない状態だった。
そこでキーシュはクマのそばにスルスルと寄っていき、ズブリと槍で突き殺したんだ!」
「それからどうしたんだ!」
せき込むようにして、誰かが尋ねました。
「わしらは、キーシュがクマの皮を剥いでいるのには手をつけず、一刻も早くこの話をみんなに知らせようと思って、こうして走って戻ってきたのさ!」

  六

 その日の午後、女たちが次々と肉を運んでくる間、男たちは集まって深刻な相談をしていました。
キーシュが家へ戻るとすぐに使いの者がやってきて、今すぐ寄合の席へ出てくるようにとの言いつけを伝えたのでした。だが彼は、自分はお腹がすいて疲れている、それに自分の雪小屋は大きくて居心地がよいし、大勢の人を入れることができるのだ、という返事を持たせて使いをかえしてやりました。
寄合の席にいた男たちは、どうかして本当のところが知りたいという気持ちでいっぱいだったので、それをきくと一斉に立ち上がり、残らずキーシュの雪小屋へ出かけてゆきました。
キーシュは食事をしていましたが、礼儀正しく一同を迎え入れて、それぞれの身分に従って順序よく皆を席につかせました。
母親は得意な気持ちがしたり、きまりが悪いような気がしたりして落ち着きませんでしたが、キーシュは落ち着きはらっていました。
村の頭は、ビムとバウンが持ちかえった話をくりかえして、最後にいかめしい声で言いました。
「ところでお前の狩の仕方を明かしてもらいたいのだ、ええキーシュ。
お前はほんとに魔法を使っているのかな」
キーシュは目をあげて微笑しました。
「そんなことはありません、魔法などというものが子供に覚えられるでしょうか。
僕は魔法使いなんてものに知り合いはありません。
僕は楽に熊が殺せる手だてを考え出した、ただそれだけのことです。
頭の力です、魔法の力ではありません」
「誰にでもできることなのか」
「できますとも」
しばらくの間は物を言う者は一人もありませんでした。
男たちは顔を見合わせています。
キーシュは平気で食事をつづけていました。
とうとう村の頭がふるえ声で尋ねました。
「なア、キーシュ、それを教えてくれるわけにはいかないかな」
キーシュは熊の背骨をしゃぶり終って立ちあがりました。
「いいですとも、教えてあげましょう。
わけのないことです。
ごらんなさい」
彼は薄い鯨髭の長いのを一本拾いあげて皆に見せました。
両端は針のように鋭く尖らせてあります。
それを彼はていねいにぐるぐる巻いてゆきました。
紐のように長い鯨髭が、やがて彼の掌の中へかくれてしまいます。
それから急にはなすと、ぴんと前のように伸びました。
彼はこんどは鯨の脂肉のかたまりを一つ取りあげました。
「この小さな鯨の脂肉を、こんなふうに中をくぼませます。
この中へしっかり巻いた鯨髭を押し込んで、その上にもう一つ脂肉をぎゅっとくっつけるのです。
これをまるめて外へ出しておくと、一晩のうちにかんかんに凍りついてしまいます。
熊がこの小さな球を呑み込むと脂肉はとける、さきのとんがった鯨髭がしゃっきり突き立って、熊のはらわたに突き刺さります。
そこで熊は病気になるのです。
熊がすっかり弱りきるのを待って、槍で突き殺す。
まったくわけのないことですよ」
それを聞いていた一同は感心のあまり思わず声をあげました。
そして、すっかりキーシュの話をのみ込みました。
キーシュは魔法の力をかりず、頭の力を使ったのです。
そして一番みすぼらしい雪小屋から出て、村の頭になりました。
彼が生きていた間じゅう、彼の村人は栄え、夜、食べる肉がないと言って泣くものは一人もなかったということです。

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