まだ自分の順番が来ていないお客さんたちは、箱をのぞきこみながら、「猫の声はするのに、姿がまったく見えないぞ!」と、ワクワク感をますますふくらませていきました。
「これは何か特別な魔術にちがいない!」と、箱の中を隅から隅まで手で探るお客さんもたくさんいました。
そんな人たちは、怒った透明猫に手を引っかかれたり、ご丁寧に指先をガブリとかみつかれたりして、「わあ、びっくりした!」「すごい本物だ!」と感心しながら、満足して引き下がっていきました。
初日のチケット売上はなんと四十五万円もあり、六さんの事前の皮算用をはるかに飛び越える大成功でした。
「よし、とりあえず一万円はお前のお小遣いだ、おれも一万円もらっておこう。
これらは今夜のうちに自由に使っていい金だ。
残りの四十三万は、しっかり銀行に預けておこう。
毎日こんなに儲かるんじゃあ、大金を札束のままで持っていたら、強盗に狙われちまうからな。
そして貯金が千万円くらいになったら、ここにすごい立派な常設の劇場を建てて、すごい大魔術とサーカスと透明猫の三つを目玉にして、ここに遊びに来る人たちの金をぜーんぶ巻き上げてやるんだ!」
六さんは、鼻息をフガフガと荒くして大興奮していました。
そしてその夜、青二を連れて近所の奥まったところにある料理屋へ行き、すごいごちそうを注文し、お酒を持ってこさせて大宴会を開きました。
六さんの体にアルコールが回ってくると、だんだんとろれつが回らなくなり、言葉がからんできました。
「おいおい、坊や。
なんだってお前は、いつまでもその帽子をかぶったままなんだ。
おれのことを舐めてかかると、ただじゃおかねえぞ!
おい、その帽子をとれ!
てめえはこの総裁六さん……いや、何だっけ、村越六麿(むらこしろくまろ)さまのことを、いったい何だと思っているんだ!」
そばにいた女の人たちが慌てて六さんを止めましたが、六さんは酔いにまかせてついに青二へ飛びかかり、その帽子を力任せにひったくってしまいました。
「あっ――!」
「きゃあ――!」
テントの中にとんでもない大絶叫が響き渡りました。
六さんは一気に酔いがさめてしまい、女の人たちはキャーキャーと悲鳴をあげながら座敷から逃げ出していきました。
なぜなら――。
青二の帽子の下には、**何もなかった**からです。
頭の消えた青二の体が、ただそこに困った様子でポツンと動いているだけでした。
六さんはびっくり仰天してその場で腰を抜かし、口をパクパクと魚のように開けたまま、一言もしゃべることができませんでした。
さて、その夜の大騒ぎもどうにかこうにか片づき、六さんと青二はその場所を引き払いました。
そのとき六さんは、今回の秘密を守ってもらうための口止め料として、その家へ五万円を支払いました。
二人はホテルに泊まりました。
六さんはベッドの上で、青二に真剣な相談をもちかけました。
「なあ青二、お前が透明な人間なら、透明猫の見世物よりも『透明人間あらわる』のほうが、もっともっとたくさんの人が集まるにちがいない! だから、思い切って青二、お前が透明人間の見世物になってくれよ」と強くすすめたのです。
「いやです!
ぼくは絶対にそんなのいやです!」
「バカだなあ、お前さんは!
こんなにすばらしくて儲かる話は二度とないんだぞ。
どう安く見積もっても、億単位のビッグビジネスなんだ。
それを逃す手はないだろうが!
さあ、頼むから透明人間としてやってくれよ!」
六さんは床に手をつきそうになるほど低い姿勢で、必死にお願いしました。
しかし、青二は絶対に首を縦に振りませんでした。
その夜はそのまま過ぎていき、次の日の朝がやって来ました。
青二はベッドから起き上がって大きく背伸びをしましたが、ふと隣のベッドを見て、思わずぎょっとしました。
信じられないことに、たしかに昨日までそこにいたはずの六さんらしき人物がベッドで眠っていたのですが、その顔も手足も、なんだかぼんやりとして霞んで見えていたのです。
そして、大きな二つの眼の玉だけがギラギラと光っていました。
どうやら、六さん自身も透明人間になりかかっているらしかったのです。
この異変の噂は、その日のうちに街中へと一気に広がっていきました。
あっちでもこっちでも、人間の体がだんだん薄くなり、ついには姿が消えて見えなくなってしまうという奇怪な事件が次々と発生し、街は大パニックに陥りました。
あとから詳しく調べてみると、そんなふうに体が消えていった人たちはみな、その前の日に「透明猫」の見世物小屋へ行き、あの不思議な猫に実際にさわった人たちばかりでした。
しかし、その因果関係がはっきりとわかるまでには、それから五日もの日数がかかりました。
その恐ろしい空白の期間のあいだにも、街中の透明人間はどんどん数を増やしていき、増え続けていきました。
そしてついに、完全に透明になってしまった者が、ほかの誰かの体にうっかりさわってしまうと、さわられたその人の体もやがて同じようにもやもやと霞みだし、透明になってしまうことが判明したのです。
つまり、この不可解な現象には「強い伝染性」があったのです。
計り知れない大きな恐怖が、街全体へと静かに、しかし確実に広がっていったのでした。だが、この大さわぎは、事件が起きてから七日目に、突然すっきりと解決することになった。
というのも、はじめにあの「透明猫」をつくりだした羽根木(はねぎ)博士というえらい学者が、警察などの関係する役所に名乗り出たからなんだ。
博士の研究は、生き物の体をすっかり透明にすることにあった。
生き物の肉体を、空気と同じくらいの光の反射のしかたや、光の曲がりかたにすることにあったんだよ。
博士はある種類のかびが、そういう不思議な変化を起こすのにものすごく強い働きがあることを見つけ出して、自分の研究室でそのかびを育てては、いろんな虫や実験用のモルモット、そして猫に植えつけて試していたんだ。
あの話題の猫も、じつは前足と後ろ足をそれぞれひもでしばられて、かびを植えつけられたばかりだったんだ。だけど、途中で後ろ足のひもがほどけてしまったものだから、研究室から外へと逃げ出してしまい、崖(がけ)の下へと落ちてしまったというわけ。
そのときにたまたま青二が通りかかって、その猫を拾ったというわけなんだね。
だけど、青二は透明猫にさわってしまったから、青二の体まで透明になってしまった。
見世物小屋の中で、この猫にさわった人たちも、みんなまったく同じ理由だったんだ。
そこで、博士はそのかびをやっつけて殺してしまうお薬を用意してくれた。それを注射してもらうことで、透明になってしまった人たちはみんな、もとのすき通らない体にもどることができたんだよ。
青二も、今ではすっかりもとに戻って、うれしそうに自分の家へと帰ることができた。
六さんも心をすっかり入れ替えて、見世物で儲けたお金を青二とちゃんと半分ずつ山わけにしたんだ。
青二のお母さんも、青二が無事にもどってきたので、うれしくて大喜びだったよ。
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