初級翻訳・遠野物語 第11話

柳田 国男

五六 上郷村(かみごうむら)のあるおうちでも、川童らしき生き物の子どもを産んだことがありました。
確かな証拠があるわけではありませんが、体中が真っ赤で、口が大きく、本当になんとも気味の悪い子どもでした。
あまりに縁起が悪いので捨てようということになり、子どもを連れて「道ちがい」の場所まで行き、そこにポンと置いてから一間(約1.8メートル)ほど離れてみました。けれど、ふと「もったいないことをするなぁ、これを売って見せ物にしたほうがお金になるかもしれないぞ」と思い直し、引き返してみたところ、子どもはあっという間にどこかへ隠されてしまっていて、もう見えなくなっていたということです。
○道ちがというのは、道が二つに分かれる場所、つまり「追分(おいわけ)」のことです。

五七 川の岸の砂の上には、「川童の足跡」というものを見ることは、決してめずらしいことではありません。
雨が降った次の日などは、特にこの足跡がよく見つかります。
サルの足と同じように、親指がまわりの指から離れていて、まるで人間の手のひらの跡によく似ています。
長さは三寸(約9センチメートル)に満たないくらいの大きさです。
指先の跡は、人間のようにハッキリとは見えないということです。

五八 小烏瀬川(こがらせがわ)の姥子淵(うばこぶち)の近くに、「新屋(あらや)」という名前の家があります。
ある日、淵へ馬の体を冷やしに連れていき、馬をひっぱる子どもがちょっと外へ遊びに行っている間に、川童がひょっこり現れてその馬を水の中に引き込もうとしました。ところが逆に、川童のほうが馬に引っ張られてしまい、そのまま馬小屋(厩)の前まで連れてこられ、馬槽(うまぶね=えさを入れる木製の箱)の下にすっぽりとかぶせられてしまいました。
おうちの人たちが、「なんだか馬槽がひっくり返してあるぞ」と怪しんで、少しだけ持ち上げて中をのぞいてみると、なんと川童の手がスーッと外に出てきました。
村中の人たちがわいわいと集まって、「このまま殺してしまおうか、それとも許してやろうか」と話し合いましたが、結局のところ、「これからは村中の馬にイタズラをしない」という固い約束をさせてから、川童を外へ逃がしてやったということです。
その川童は、いまは村を離れて、相沢(あいざわ)の滝の淵に住んでいるといわれています。
○こうしたお話などは、日本全国のいたるところにたくさんあります。
少しでも川童がいるといわれている国(地域)には、必ずこのお話があるのです。
いったい、どうしてなのでしょうか。

五九 ほかの地域では「川童の顔は青い」といわれているようですが、遠野の川童の顔の色は真っ赤(赭き=そそき)なのです。
佐々木氏のひいおばあさんが、まだ子どもだったころにお友達と庭で遊んでいたところ、三本ほど生えているクルミの木のすき間から、真っ赤な顔をした男の子の顔がひょっこり見えました。
あれこそが、本物の川童だったのだということです。
いまもそのクルミの木は、大木としてそこに残っています。
このおうちの屋敷のまわりは、すべてクルミの木で囲まれています。

六〇 和野村(わのむら)の嘉兵衛爺(かへえじじい)が、キジ小屋に入ってキジを待ち構えていたところ、キジを狙っているのか、それともからかっているのか、キジ小屋にキジを追い立てるようにキジを狙う狐がたびたび現れました。
があまりにも憎たらしいので、「この狐を撃ってやろう」と狙いを定めました。しかし、狐はすっかりこちらを向いて、なんとも気だるそうに、気にしていないような顔をしていました。
そこで、いざ銃の引き金を引いてみたのですが、なぜか火がうまく移りません。
胸がなんだかザワザワと騒ぐので、おかしいと思って銃を調べてみたところ、なんと銃の筒の先から手元のほうまで、いつの間にかすっかりと土がぎっしり詰め込まれていたのでした。

六一 同じ男が、今度は六角牛山(ろっこしさん)に入ったとき、真っ白なシカに出会いました。
「白いシカは神様である」という言い伝えがあるので、「もしうまく傷つけて殺すことができなかったら、絶対に神様の恐ろしいバチが当たるにちがいない」と心の中でよく考えました。しかし、彼はプライドの高い一流の猟師だったので、世間の人たちから笑われるのを嫌がり、思い切ってその白鹿をめがけて撃ってみました。すると、手ごたえはあるのですが、シカは少しも動きません。
このときも激しく胸がドキドキと騒ぎだし、普段は魔除けとして、いざという危ない時のために用意しておいた「黄金の丸(金色の弾丸)」を取り出し、それに蓬(よもぎ)の葉をグルグルと巻きつけてドンと撃ち放ちました。それでもシカはやっぱり動きません。あまりにもおかしなことだと思って、そっと近づいてよく見てみると、それはシカの形にそっくりな、ただの白い石だったのでした。
数十年の長い間、山の中で暮らしてきたプロの猟師が、本物のシカとただの石を見間違えるはずなんてありません。これは完全に、妖怪変化(魔障)の仕業にちがいないと気づき、「この時ばかりは、もう猟をすっぱりとやめてしまおうか」と思ったということです。

六二 また同じ男が、ある夜の山の中で、小屋を作る時間も余裕がなかったので、とある大きなおばあさんの木(大木)の寄りかかり、魔除けのサンズ縄(魔術的な縄)を自分でその木のまわりに三回グルグルと引きめぐらし、鉄砲をタテに抱えながらウトウトとまどろんでいました。
すると、夜の深まったころに何やら物音がするのに気づき、パッと目を覚ますと、大きな大きなお坊さんのような姿をした者が、真っ赤な衣をまるで鳥の羽のようにバサバサと羽ばたかせて、その木のてっぺんからフワッと覆いかぶさってきました。
「たいへんだ!」とすかさず銃を打ち放したところ、その怪物はまたバサバサと羽ばたきながら、夜空の中を飛んで逃げていきました。
このときの恐ろしさも、世の中のふつうの怖さではありませんでした。
前後に合わせて三回もこうした不思議な出来事に出会い、そのたびに「もう鉄砲の猟はきっぱりとやめよう」と心の中で固く誓い、氏神様にお願い事をしたりもするのですが、しばらくするとまた気が変わってしまい、年老いるまで猟師のお仕事をどうしてもやめることができなかったと、よく人々に語っていたということです。

六三 小国(おぐに)の三浦という人は、村で一番のお金持ちです。いまから二、三代前のおじいさんが主人のころ、その家はまだ貧乏で、奥さんは少しぼんやりとしたところがありました。
ある日、この奥さんが家の門の前を流れる小さな川のそばへふきを採りに行きました。ところが、めぼしいものがなかなか見つからないので、だんだん谷の奥の方へと登っていきました。
すると、ふと目の前に立派な黒い門のある大きなおうちが現れました。
「こんなところに、いったいどんなおうちがあるんだろう?」と不思議に思いながらも、門の中に入ってみました。すると、そこにはものすごく広い庭が広がっていて、赤や白の花が一面に咲き誇り、たくさんのニワトリが楽しそうに遊び回っていました。

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