初級翻訳・鉄人Q 第13話

江戸川 乱歩

警官たちは、鉄人Qとじいさんの体を、まるで軽いもののように持ち上げて、ぐるぐると振り回しているではありませんか。
「あっ、どうしたんだ。それは服だけじゃないか!」
警備艇から中村警部が怒鳴りました。
「ボートの中に棒を立てて、服と仮面を引っかけてあったんです。ボートには、誰もいません!」
警官が大きな声で答えました。
「それじゃあ、二人とも水の中へ飛び込んで逃げてしまったんだな」
中村警部はがっかりして言いました。
鉄人Qたちは、さっきサーチライトの外へ逃げたとき、服を脱いでこんな仕掛けを作っておき、水の中へ飛び込んでしまったのに違いありません。
それから一晩中、川のあたりを捜索しましたが、どうしても二人を見つけ出すことはできませんでした。
鉄人Qと人形じいさんは、一体どこへ逃げたのでしょうか。
そして次は、どこでどんな恐ろしいことを企むのでしょうか。

バラバラ人形

それからひと月ほどは、何事もなく過ぎ去りました。
あやしいおじいさんの家で、ロボットの鉄人Qが初めて動き出すのを目撃した北見菊雄少年は、あの事件のあとに友達になった小学校六年生の中井明君と、ある日銀座通りを歩いていました。
中井君は少年探偵団員です。
その胸には、団員のしるしであるB・Dバッジが光っています。
北見少年も中井君に頼んで少年探偵団に入れてもらうことになっていましたが、まだ小林団長の許しを得ていないので、バッジはつけていません。
もう午後遅い時間でしたが、銀座通りにはきれいな服を着た男の人や女の人が、ぞろぞろと歩いていました。
立ち並ぶ商店のショーウィンドーの中には、いろいろな美しい品物が並んでいます。
中井君と北見君の二人は、銀座四丁目から五丁目、六丁目へと歩いていきました。
ふと見ると、そこの角に一人の妙なサンドイッチマンが立っていて、通りかかる人に広告のチラシを配っていました。
それを見た北見君が、
「あっ!」
と言って、その場に立ち止まってしまいました。
「おい、どうしたんだよ。顔が真っ青だよ。おなかが痛いのかい?」
中井君がびっくりして尋ねました。
「ちょっと、こっちへ……」
北見君は小さな声で言うと、中井君をショーウィンドーの影へと連れていきました。
「あのサンドイッチマンを見てよ。ほら、背中に大きな広告の板を背負ってビラを配っているだろう。あいつ、鉄人だよ。あの真っ白な顔に見覚えがあるんだ。あの顔は、鉄でできているんだよ」
中井君はショーウィンドーのガラス越しに、そのサンドイッチマンをじっと見つめました。
なるほど、変です。
顔を真っ白に塗り、真っ赤な唇をしていますが、その顔がまるでお面のように、少しも動かないのです。
「だって、あいつが鉄人Qなら、みんなが黙っているはずがないよ」さっき、おまわりさんが、あいつの前を通っていったじゃないか。
でも、あいつを、つかまえやしなかったよ。
中井君が、ふしぎそうにいいました。
「そりゃ、だれも鉄人Qを見た人がいないからだよ。
まさか、広告ビラをくばっているサンドイッチマンが、あの大怪物鉄人Qだとは、思わないからね」
「それじゃあ、あいつが鉄人Qに、まちがいないね」
「うん、まちがいないよ。
ね、きみ、どうすればいいだろう。
おまわりさんに、知らせようか」
「うん、それもいいけど、もうすこし、見はっていて、あいつがどこへ帰るか、あとをつけてみようじゃないか」
中井君は少年探偵団で尾行の練習をしていましたから、あとをつけるのは大とくいです。
そこで、ふたりは、ショーウィンドーのかげに立ったり、そのへんを、ぶらぶらしたりして、あやしいサンドイッチマンを、三十分ほども、見はっていました。
やがて、あたりに、夕やみがせまってきましたので、サンドイッチマンは、広告ビラの残りを、こわきにかかえて、どこかへ、歩きだしました。
二少年は、それを見ると、おたがいに、目くばせして、そのあとをつけていくのでした。
サンドイッチマンは、しばらく歩くと、そこにある地下鉄への階段をおりていきます。
二少年も、あとから、おりていきました。
地下鉄のプラットホームにおりると、そこに、渋谷行きの電車がとまっていました。
サンドイッチマンは、それに乗りこみ、二少年も、相手に気づかれぬように、同じ電車に乗りました。
電車はこんでいて、すわる席はありません。
サンドイッチマンは、電車のまん中の、しんちゅうの棒をにぎって、たちはだかっています。
あたりの人たちは、このまっ白な顔をした、ふしぎな男を、じろじろ、ながめましたが、せなかの広告の板を見て、サンドイッチマンと思いこんでいるので、これがあの有名な怪物の鉄人Qだとは、だれも気がつかないのでした。
電車が渋谷につきますと、怪人は、大ぜいの人にまじって、電車をおり、駅を出て、にぎやかな大通りを、北の方へ、どんどん歩いていきます。
そして、しばらくすると、さびしいやしき町へ、さしかかりました。
もう日がくれかかって、あたりはうすぐらく、いけがきや、コンクリートべいばかりの町には、人通りもありません。
こんな人通りのない町では、すぐ相手に気づかれてしまうので、昼間だったら、とても尾行はできないのですが、あたりがうすぐらいので、二少年は、やっと、怪物のあとをつけることができるのでした。
しばらく行きますと、ふるい赤レンガのへいがつづいて、やがて、鉄のとびらのついた門の前に出ました。
サンドイッチマンにばけた鉄人Qは、そのとびらをひらいて、中へはいっていきます。
二少年は、門の石の柱に身をかくして、Qのうしろ姿を、見つめていました。
向こうに、赤レンガの二階だての西洋館がそびえています。
Qはそこのげんかんに、近づくと、ドアをひらいて、スーッと、中へはいっていきました。
「どうしようか」
北見少年が、中井君の顔をみて、ささやきました。
「ぼくたちもはいってみよう。
そして、このうちがどんなうちだか、しらべるんだよ」
中井君は、そういって、さきにたって、門の中へ、はいっていきました。
北見君も、そのあとにつづきます。
ふたりは、げんかんのドアの外で、耳をすましましたが、家の中からは、なんの物音も、聞こえません。
まるで、あき家のように、静まりかえっているのです。
「横手へまわって、窓をさがそう」
中井君は、そうささやいて、足音をたてないように、西洋館の横の方へ、まわっていきました。
どの窓も、みんな、まっくらでしたが、ひとつだけ、一階の窓が、ぼんやりと、うす明るくなっていました。
中井少年は北見君を手まねきして、その窓へ近よっていきました。
しかし、窓が高いので、せのびをしても、中を見ることができません。
中井君はそのへんをさがしまわって、どこからか、大きな木の箱をひきずってきました。
そして、それを窓ぎわにおくと、その上に乗って、窓の中をのぞきました。
旧式なせまい窓で、ガラス戸はあげ戸になっています。
それが、ぴったりしまって、その向こうに、カーテンがさがっているのですが、すこしすきまができていて、部屋の中がよく見えるのです。
中井君は、北見君といっしょに、木の箱の上に乗って、窓の中をのぞきました。
部屋の向こうがわは、まっくらでした。

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