初級翻訳・鉄塔の怪人 第23話

江戸川 乱歩

しかし、道なき真っ暗な森の中ですから、何度も方向を間違えてしまい、ようやく鉄塔が見える場所へたどり着くまでに三十分もかかってしまいました。
そこは森に囲まれた広い空き地です。闇の中とはいえ、空のほのかな明かりのおかげで、黒い巨人のような鉄の城のシルエットがクッキリと浮かび上がっています。
空き地に出ると、小林君は懐中電灯を消して、城の方へと近づいていきました。
頭から足の先まで体にピッタリとフィットした真っ黒な姿ですから、たとえ城の中から敵がのぞいていたとしても、気づかれる心配はありません。
城の鉄の塀のそばまで来ると、小林君は腰のベルトから、あの絹糸の縄ばしごを取り出しました。
はしごといっても、これは細い黒い絹糸をたくさんより合わせた、細いけれどとても丈夫な一本の紐なのです。
その紐には、四十センチ間隔で大きな結び目が作られていて、そこに足の指をかけて登る仕組みになっています。
さらに、この絹紐の端には、鉄でできた不思議なカギのようなものがついていて、どんな場所にも引っかかるよう工夫されていました。
小林君はその絹紐を伸ばし、鉄のカギに近い部分を右手に握って、高い城の塀を見上げました。
塀の高さは五メートルもあります。その頂上を目がけて狙いを定め、「ヤッ!」と声を上げて鉄のカギを投げ上げました。
すると、カギが塀の裏側の出っ張りにガチッと引っかかり、いくら引っ張っても外れなくなりました。
小林君の真っ黒な小人のような姿は、その絹紐を伝ってスルスルと鉄の塀を登り、あっという間に頂上にたどり着きました。
そして、カギをかけ替えて絹紐を塀の内側に垂らすと、それをつたって城内の地面に降り立ちます。たくみに紐を操って塀の上のカギを外すと、それを手元にたぐり寄せ、小さく丸めて腰のベルトの中へ押し込みました。
十メートルもある絹紐ですが、丸めるとたったひと握りになってしまうのです。
城の中は真っ暗で、シーンと静まり返っていました。
しばらくあたりを見回していると、ずっと向こうの方に、ぼんやりと四角い赤っぽい光が見えました。
どうやら建物の窓の中に明かりが灯っているようです。
小林君は足音をしのばせながら、その明かりの方へと近づいていきました。

カブトムシ大王

城の中には、大きな建物が真っ黒な怪物のようにそびえ立っていましたが、近づいてみると、それは大きな石を積み重ねて作られた石造りの建物でした。
光が漏れていた窓の戸は開いたままです。城のまわりにこれほど高い鉄の塀が巡らされているのですから、中の建物は戸締まりをする必要もないのでしょう。
小林君はその窓枠に飛びついて両手で体を支えながら、そっと中をのぞいてみました。そこは大広間とでも呼ぶべきガランとした広い部屋で、向こう側の壁の柱には石油ランプが吊り下げられています。その赤茶けた光が、部屋の中をぼんやりと照らしていました。
しばらく待っても誰も入ってくる様子がないので、小林君はそのまま窓を乗り越えて部屋の中に侵入しました。
部屋の向こう側にあるドアへ行って押してみると、これも難なく開いたので、そのまま暗い廊下を奥の方へと進んでいきました。
長い廊下は右に左に何度も曲がりながら、ずっと奥の方へと続いています。
廊下の両側にはたくさんのドアが閉まっていて、その中では誰かが寝ているようでした。
鍵のかかっていないドアをそっと細めに開いて中をのぞいてみましたが、真っ暗で何も見えません。しかし、確かに人が寝ているような気配が感じられました。
そうして廊下の奥へと進んでいくと、突き当たりに縦にスーッと、糸のような細い光が漏れていました。
ドアがピッタリと閉まっておらず、その隙間から部屋の中の明かりがこぼれているのです。
小林君は忍び足でそこへ近づき、ドアの隙間に目を当てて中をのぞいてみました。
そこは非常に立派な広い部屋でした。
部屋の飾り付けはすべて金色にピカピカと光り輝いています。天井からは宝石をちりばめたようなガラス玉の飾りのあるシャンデリアが下がっていて、十数本のローソクが燃えていました。
その光が無数のガラス玉を通し、キラキラと輝きを放っていたのです。部屋の真ん中には、真っ赤なビロードが張られた大きな安楽椅子が置かれていて、そこに不思議な人物が腰掛けていました。
それは、見覚えのある「のぞきじいさん」でした。
このお話の初めに小林君に、のぞきカラクリで鉄塔王国の景色を見せてくれた、あの魔法使いのようなじいさんでした。
頭の毛は真っ白で、胸まで垂れたフサフサとした白髭のあるあのじいさんが、やはり派手な縞模様の洋服を着て、その立派な椅子に腰掛けていたのです。
椅子の前の真っ赤なじゅうたんの上には、二匹の巨大なカブトムシが横たわっていました。
一匹は、人間の大人よりも大きなやつで、それはぐったりと寝そべっているように見えました。
中には人間が入っておらず、ただビニールのカブトムシの抜け殻だけがそこに置かれているようです。
もう一匹のカブトムシはそれよりも小さく、中には人間の子どもでも入っているらしく思われましたが、この方はモゾモゾと動いています。
本当に子どもが入っているのかもしれません。

「ワハハハ……」

とつぜん、安楽椅子にかけているじいさんが大きな口を開け、白髭を震わせて、びっくりするような声で笑いました。
「おい、どうだ、くたびれたかね。おまえに言っておくが、おまえは今日から鉄塔王国の兵隊だ。カブトムシ軍の新兵だ。わかったか。今日はその訓練の第一日だ。これから毎日、激しい訓練を受ける。そして、だんだん偉い兵隊になるのだ。兵隊を卒業すると、将校になる。将校になると、わしの事業の手助けをさせる。東京へも、大阪へも、いや、もっと遠くまで、わしと一緒に遠征するのだ。そしてカブトムシ軍隊の力を、世間のやつに見せてやるのだ。わかったかね。わしは、この鉄塔王国のカブトムシの威力を日本中に見せつけてやりたいのだ。わしは鉄塔王国の国王だ。カブトムシ大王さまだ。わかったか。おまえの親父は、わしの命令に従わなかった。軍用金を出さなかった。その罰として、おまえをわしの国のカブトムシ軍の兵隊にしたのだ。わしの命令に従わぬやつへの見せしめにするのだ。カブトムシ軍隊の訓練は激しいぞ。わしは新兵が入隊した第一日にこうした訓示を与え、それから、わし自らカブトムシの動き方をやってみせることにしている。今夜は少し遅くなった。もう九時半だ。しかし、いちおうやってみせることにする。こういうものを着て、虫のように走ったり跳んだりするんだから、なかなか難しい。この鉄塔王国の将校のうちにも、わしだけの働きのできるやつは一人もいないのだ。さあ、よく見ておくがいい」

白髭のじいさんはそう言って立ち上がると、赤いじゅうたんの上に置いてあったビニールの大きなカブトムシの殻をひっくり返し、腹の方の出入り口を開き、服を着たまま足の方からその腹の裂け目へ入り込んでいくのです。
そして、頭まですっかり入ってしまうと、中から腹の裂け目を閉じ、仰向けになっていたのをクルッとひっくり返り、ガサガサと這い出すのでした。
それから、実におそろしいカブトムシの運動が始まりました。

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