鉢かつぎはそれを見て涙を流しながら、これも亡くなったお母さまが、いつも長谷の観音さまを熱心に信じていたおかげに違いないと思い、もう一度西の方を向いて観音さまを拝みました。
四
こうなっては、もう「嫁合わせ」を恥ずかしがって屋敷を抜け出す必要もありません。
宰相は鉢かつぎに嫁合わせに出るための支度をさせ、静かにその時を待ちました。
乳母をはじめとする屋敷のみんなは、
「まあ、嫁合わせをすると言ったら、さすがに恥ずかしがって逃げ出すだろうと思っていたのに。どこまで図太い女なのでしょう」
と、いっそう鉢かつぎを憎らしく思っていました。
いよいよ嫁合わせの時刻になると、支度の整ったお座敷へ、上のお兄さんたちから順々に、お嫁さんたちが座っていきました。
一番上のお嫁さんは二十三歳で、白い小袖(こそで)に赤い袴をはいていました。
二番目のお嫁さんは二十歳で、紫の小袖に桃色の袴をはいていました。
三番目のお嫁さんは十八歳で、赤い小袖に紅梅色の袴をはいていました。
三人とも甲乙つけがたいほど、みんな美しい女性ばかりでした。
その三人の席からずっと離れた板の間に、ボロボロの畳を敷き、鉢かつぎをそこに座らせて恥をかかせてやろうと、みんなは待ち構えていました。
それでも、お父さまの中将とお母さまは、今さらこんな嫁合わせをして鉢かつぎに恥をかかせるのはかわいそうだと感じ、「どうして逃げていってくれなかったのだろう」と、かえってうらめしく思っていました。
やがて何度か促された後、宰相が鉢かつぎを連れて現れました。
みんなは「あの鉢かつぎがどんな格好で出てくるのか」と、半分は気の毒に、半分はいじわるな気持ちで待っていました。しかし、どうでしょう。そこへしずしずと歩いてきたのは、いつもかまどの灰や炭にまみれた醜い下働き女ではありませんでした。まるで天女が舞い降りたかと思うほど気高く、十五、六歳の美しいお姫さまだったのです。
赤や紫、桃色といった色鮮やかな小袖を何枚も重ね、緋(ひ)の袴をはいた姿は、目が覚めるほどまぶしく、部屋全体がパッと明るくなったかのようでした。
みんなは「あっ」と言ったまま、驚いて言葉も出ませんでした。
そんな美しい姿のまま、鉢かつぎは気にすることなく、縁側の汚い破れ畳の上に座ろうとしました。すると、お父さまの中将があわてて立ち上がり、鉢かつぎのそばへ駆け寄ってその手を取り、
「とんでもない。天人のようなお方を、そんな所に座らせることなどできるはずがない」
と言いながら、上座へ連れて行き、自分の隣に座らせました。
鉢かつぎはその時、持参した二つの箱を、お父さまとお母さまの前に差し出しました。
金の杯に金の橘、そして錦の布が十反と絹が五十疋(ひき)。これはお父さまへの贈り物でした。
さらに銀の長柄に銀の梨、綾織物の小袖が三十着。これはお母さまへの贈り物でした。
その二つの品だけでも、三人のお嫁さんたちの贈り物と比べて、決して見劣りするようなものではありませんでした。
これまで三人のお嫁さんをとても美しいと思っていた人たちも、鉢かつぎと並ぶと、まるで仏さまと人間ほどの違いがあるように感じました。
お父さまもお母さまも心から喜び、あらためて鉢かつぎと、嫁と姑の杯を交わしました。
三人のお嫁さんたちは、嫁合わせで鉢かつぎに完敗したことが悔しくてたまりません。なんとかして鉢かつぎを困らせてやろうと企みました。
そこで、お嫁さんたちみんなで楽器を合わせて遊ぼうと言い出し、鉢かつぎには一番難しい「やまと琴」を弾かせることにしました。
一番上のお嫁さんは琵琶(びわ)を弾き、二番目のお嫁さんは笙(しょう)を吹き、三番目のお嫁さんは鼓(つづみ)を打ちました。
鉢かつぎも最初は断りましたが、昔、お母さまが一生懸命教えてくださったのは、きっとこういう時に恥をかかないためだったのだと思い返し、琴を手に取りました。
言うまでもありませんが、鉢かつぎの弾く琴の音色は、誰よりも気高く美しく響き渡りました。みんなは「あっ」と言って驚き、言葉を失いました。
三人のお嫁さんたちは、音楽の勝負でも負けてしまったので、今度は硯と紙を出して、
「春と夏と秋の花を、一首の歌の中にすべて詠み込んでごらんなさい」
と言いました。
鉢かつぎは、
「毎日お風呂の火を焚くばかりしておりました下働きの身に、どうして歌なんぞが詠めましょう」
と言って断りましたが、みんなはどうしても聞き入れようとはしませんでした。
そこで、鉢かつぎは悪びれる様子もなく筆を手に取ると、
「春は花、
夏はたちばな、
秋は菊、
いづれに露は
おかんとすらん」
(春には花に、夏には橘に、秋には菊に、いったいどこに露を置こうというのでしょうか)
と、美しい文字でさらさらと書き上げました。
みんなはまたもや「あっ」と言ったまま、それ以上は何も言えず、黙り込んでしまいました。
お父さまとお母さまは、宰相と鉢かつぎのために立派な御殿を建て、たくさんの田畑を分けてやって、二人で豊かに暮らせるようにしてあげました。
五
それから幾年かが経ちました。
宰相と鉢かつぎの間には、何人ものかわいらしい子供が生まれました。
しかし鉢かつぎは、時折、別れてしまったお父さまのことを思い出し、このかわいらしい孫たちを、なんとかしてお父さまに見せてあげたいと願っていました。
ある時、宰相は天子さまの御用を務めて大きな手柄を立てたので、ご褒美として大和、河内、伊賀の三カ国を賜りました。
そのお礼参りとして、日頃から信心している長谷の観音さまへ、家族全員を連れて、にぎやかに参詣することにしました。
その時、お堂の隅に、ボロボロの衣を着たみすぼらしいお坊さんが座って、熱心に何かを祈っていました。
家来たちがそのお坊さんを邪魔に思って退けようと、ガヤガヤと騒ぎ立てました。
その声を聞いて鉢かつぎがふとそちらを見ると、見る影もなくやつれてはいるものの、間違いなく昔のお父さまでした。
鉢かつぎはびっくりして、転がるようにしてそばへ駆け寄り、
「まあ、お父さま、鉢かつぎでございます」
と声をかけました。すると、そのお坊さんは長い夢からふと覚めたような、きょとんとした目つきをしていましたが、やがて、
「ああ、姫か。よく忘れずにいてくれた」
と言うなり、しっかりと姫の手を握りしめて、涙をはらはらとこぼしました。
お父さまは鉢かつぎを追い出した後、次第に運が悪くなり、貧乏になっていました。
たくさんいた家来たちも、奥方が意地悪な振る舞いをするので、みんな逃げていってしまったのです。
お父さまは日増しに鉢かつぎが恋しくなり、なんとかしてもう一度会いたいと願って、お坊さんの姿になり、あちこちとその行方を尋ねて迷い歩いていました。
さんざん諸国を巡り歩いた末、最後には「長谷の観音さまは、亡くなったお母さんが信心していた仏さまだから、ここで願えばきっと娘に会わせてくださるだろう」と思い、ここまでやって来たのでした。
そして、まさに観音さまのおかげで、親子はもう一度会うことができたのです。
お父さまはそれからというもの、鉢かつぎの所へ引き取られ、大勢の孫たちを相手に、楽しく幸せに暮らすようになりました。
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