森の奥深くへ進むと、もう人が通ったような道もありません。
それに、険しい崖や急な坂道がいくつもありました。
エキモスは一生懸命に歩きましたが、やがて疲れ果てて、足が動かなくなってしまいました。
すると、大きな角を生やした鹿が、エキモスの前にひざまずいて、その背中を差し出しました。
エキモスはその背に乗って、しっかりと角にしがみつきました。
鹿は走るように早く歩き出しました。
開けた場所に出たり、森の中を抜けたり、坂を上ったり、谷川を渡ったりしました。
どれくらい来たのか分かりませんが、山深い場所で、ふいに谷川のそばの平地へ出ました。
やわらかな草が一面にはえていて、何ともいえないよい香りの花が咲いています。
そして、たくさんの鹿たちがエキモスを出迎えていました。
その平地の奥、崖の下の場所で、エキモスは鹿の背から降ろされました。
そこを見ると、草の上に、あの金色の鹿が横たわっていました。
エキモスは声を上げて駆け寄りました。
金色の鹿は、そこに横たわったまま、身動き一つすることができません。
途切れ途切れに、かすかな息をして、じっとエキモスの方を見つめているだけでした。
調べてみると、肩のあたりから血が流れています。
どうやら鉄砲で撃たれてしまったようです。
もう、手当てのしようもありません。死にかけているのです。
エキモスは悲しみに涙ぐみながら、そのそばに座り、鹿の頭を膝の上に乗せてやりました。
鹿はうれしそうに目を閉じました。
エキモスは、その獅子のように長い金色のたてがみをなでてやりました。
それから白い葦笛を取り出し、最後のお別れに、その音色を聞かせてやりました。
エキモスが心を込めて吹く葦笛は、言葉では言い表せないほど美しい響きを奏でました。
谷川の水さえも、しばらく流れを止めて聞き入っているようでした。
エキモスが笛を吹き終えたとき、金色の鹿はすでに息を引き取っていました。
エキモスはそのまま、長いあいだそこに座っていました。
それから、金色の毛皮を少しだけ、形見として切り取りました。
そして鹿の体を、その崖の下に丁寧に埋めてやりました。
エキモスが帰ろうとすると、また多くの鹿たちがお供をしてくれ、角の大きな鹿がエキモスを背中に乗せてくれました。
そして、崖や坂や谷川や森を越えて、もとの野原へと戻ってきました。
羊の群れは、静かに草を食べています。
蝶はひらひらと舞い、小鳥たちはさえずっています。
けれど、エキモスの心は晴れることがありませんでした。
金色の鹿の形見の毛皮で大切なものを入れる袋を作り、腰に下げましたが、悲しさはちっとも紛れません。
笛を吹く気にも、どうしてもなれませんでした。
――いったい、誰が、あの鹿を鉄砲で撃ったのだろう。そう思うと、くやしい気持ちやさびしい気持ちがこみあげてきて、どこか遠くへ旅に出たくなりました。
羊たちももちろん可愛いのですが、金色の鹿が死んでしまった悲しみの方が、ずっとずっと大きかったのです。
エキモスはついに決心して、主人のところへ行き、仕事を辞めさせてほしいとお願いしました。
主人はエキモスをひきとめようとしましたが、その悲しそうな顔と、固い決意を見て、願いを聞き入れてくれました。
「それなら、都でも見物してくるといい」と主人は言いました。
「都には面白いことがたくさんあるから、きっと気晴らしになるだろう。ただ、面白いのは外見だけで、ずるい人間もたくさんいるから、気をつけなさい。もしまた戻ってきたくなったら、いつでもおいで。また雇ってやるからね」
エキモスはお礼を言って、主人からもらったお金を毛皮の袋に入れ、白く銀色に光る葦笛を持って、他には何一つ荷物も持たず、連れもいないまま、ぼんやりと旅に出ました。
しばらく歩いてから、エキモスは道端の木陰でひと休みしました。
そして初めて、これからどこへ行こうかと考えました。主人が言った通り、都へ行くのもいいかもしれないと思いました。
――でも、都へ行けばお金がたくさんかかるだろう。これだけで足りるかしら。
エキモスは皮袋を開いて、主人からもらったお金を数えようとしました。
すると、びっくりしてしまいました。袋の中のお金が、すべて金貨になっていたのです。
そんなはずはありません。主人からもらった時は、確かに銀貨や銅貨もまじっていたはずです。それが、全部金貨に変わっているのです。
エキモスには、どうしてなのかさっぱり分かりませんでした。不思議そうに皮袋をながめました。
――もしかして、あの金色の鹿の毛皮のせいだろうか……。
試しに、道端の小石を拾って、皮袋の中に入れてみました。
取り出してみると、なんと、それが黄金に変わっていました。
エキモスは驚いて立ち上がりました。いくら小石を入れても、取り出すと黄金になっています。それが面白くて、やたらに小石を黄金に変えては、四方八方に投げ散らしました。
――なんて不思議な皮袋なんだろう。あの金色の鹿の毛皮で作ったからに違いない。
これさえあれば、都に行っても不自由することはないぞ。
エキモスは都へ行くことを決めました。不思議な皮袋と、不思議な葦笛。エキモスは急に元気が出てきて、都を目指して歩き出しました。
三
まだ自動車や飛行機などない時代の話です。
エキモスは、いく日かのんびりした旅をして、ようやく都に着きました。
そこには大きなりっぱな家が立ち並んでいました。お店には美しい品々がたくさん飾られています。そして何よりも、人の多さにエキモスは驚きました。まるでアリの巣をつついた時のように、たくさんの人が忙しそうに行き交っていました。
夕方になると、町じゅうに明かりがともって、景色はいっそうきらびやかになり、美しく着飾った人々がいっそう増えていきました。
エキモスはお腹がすいてきたので、ある立派なホテルに入ってみました。ピカピカ光るガラスのドアの向こうに、白い服を着た男が立っていました。その男はエキモスの姿をじろじろと眺めてから、言いました。
「ここは、お前さんのような者が来るところじゃない。食事がしたいなら、他を当たりなさい」
エキモスは外に出ました。しばらく歩くと、また美しく着飾った人たちが出入りする、立派なホテルがありました。そこに入っていくと、ガラスのドアの向こうの白い服の男が、やはりエキモスを見下ろすようにして言いました。
「ここは、お前さんのような者が来るところじゃない。食事がしたいなら、他を当たりなさい」
エキモスはがっかりして外に出ました。ぼんやり歩いていると、他にもいくつも立派なホテルが並んでいましたが、もう入ってみる気力もわきませんでした。
――どうして、食事をさせてくれないんだろう。
そう思うと、ますますお腹がすいてきて、悲しくなりました。
いつの間にか、大きな川のほとりに出ていました。川面には向こう岸の明かりがちらちらと映ってきれいでしたが、川沿いは人通りも少なく、薄暗くてひっそりとしていました。
しばらく歩くと、少し広くなった場所に大きな木が四、五本植わっていて、その中に小さな噴水がありました。
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