初級翻訳・銀河まつり 第9話

吉川 英治

七は煙草を吸いながら、戸狩の若者七人ばかりと一緒に、草むらに腰を据えていました。
いるな。
来たな!
両方の感覚が、無言のうちに研ぎ澄まされます。慎吾は少し硬い態度のまま、一同と一緒に歩み寄って声をかけました。
「七、たいそう早かったな」
「おいでなさいまし」
七は柔和に挨拶をしました。そして介添えの者たちにまで、「今日は、ご苦労様でございます」と、いつになく慇懃(いんぎん)に頭を下げます。
「そっちの支度はできているのか」
「へえ。いつでも」
「うむ、そこが打ち上げ場か。幕の代わりに素縄を張ったな」
「死縄(しになわ)のつもりでございますよ」
「なあに、勝敗は時の運だ。半分は天意に任せるつもりでいなきゃあな」
「そうかもしれませんね」
「お互い、恨みは残すまいぞ」
「私は、負けたら恨みを残しますよ。残さずにはいられない性分ですから」
「はははは」
と笑いましたが、両者の笑い声は空虚なものでした。さっきから互いに言い出そうとしていることが、どちらの口からも出てきません。ついに七が言いました。
「ところで、お芳は?」
「む、お芳か」
「おまえさんのほうで、今夜ここへ連れて来るということになっていたはずですが」
「連れてはきているが、実は、打ち上げ場に女は不浄と考えてな。怪我でもさせてはいかんから、戸倉の宿に残してきた」
「そうですか」
七は案外素直に受け入れて言いました。
「ようがす。異存はありません。――じゃ、打ち上げ場へ分かれましょう」
きりっと言って七が立ち上がると、慎吾は反対に、どっかりと石に腰を据えました。
「まあ、あわてるな。拙者は武士だから果し合いの作法もある。戸倉で調えてきた土器がここにあるから、お互いに千曲川の水でも酌み合って、ゆっくりと腹を据えてかかろうではないか」
と、七の出鼻を折ったのです。しかし、その態度のわりには、慎吾の瞳は四方の闇に対して、決して落ち着いてはいませんでした。

十四

これが本当の一国対一国の煙火陣(はなびじん)ならば、鯨幕を引き、押太鼓を鳴らし、陣羽織をまとって、まるで戦場のような空気が漂うところです。しかし今夜は、藩の次席家老の息子と一介の煙火師との果し合い。暗い夜の大河に人影はほんのわずかで、寂寞(せきばく)としており、用意の足音もいたく静かでした。
そのかわりに、もし敗れれば恋も命も失う。必死の場です。しめっぽい川辺の夜風も、山々に挟まれた初秋の空も、墨のような闇の中に鬼気を含み、なんとも言えない切なさと悲しさが、今夜のほうがより強く感じられました。

雑草が茂る河原で、水際から離れ、お互いに五間ほどの距離をとって立ちました。筒の埋め込みはすでに終わっています。八寸玉もその脇に用意されていました。立会役に代わった藩士の一人が、芒(すすき)の葉を二本ちぎって籤(くじ)にし、二人に引かせました。短いほうが先打ち、長いほうが後打ち。――七が先攻となりました。

「いざ!」
と、五間先の闇から、慎吾の緊張した声が促しました。七は短い脇差を差し、素わらじに紺の脚絆姿。藍みじんの袖を革だすきで締めこんで、筒の前に膝を折りました。自分の命を預けるように、そろりと玉を仕込みます。後ろへ下がって火縄を持ちました。

――口火を落とすことの重要さは言うまでもありません。技と言うかコツと言うか、ポンと筒へ火を落とした瞬間の呼吸ひとつで、満天に開くはずの名花も台無しに崩れてしまうことがあるのです。また「黒玉」といって、殻が割れずにそのまま落ちてしまう例もあります。黒玉を打ち上げたら、煙火師はその土地にいられなくなる。それほど絶大な恥辱とされていました。

さあ、いくぞ!
七は呼吸を整えて、火を筒に落としました。そして、サッと身を退きました。――驚くべき速さで。
シュッと、手元の黄煙を突いて、細い火光がまっすぐに宙へ駆け上がりました。同時に、退いた姿勢のまま、七の瞳もそれを追って空を走ります。
どうだ!
――睨むように宙天を見つめ、彼は息の音を止めていました。だが、どうしたのだろう。一瞬、また一瞬と時間が過ぎても、宙へあがったはずの八寸玉は、まるで雲の中にでも吸い込まれてしまったかのように、いつまでたっても何の光も放たない。

どかあ――ん。

まるで間抜けなような音が、真っ暗な空の奥底に響き渡った。

「黒玉だッ!」

誰かの口からそう絶叫が飛び出すと、唖然としていた一同は、あまりのことに舌をもつれさせながら叫んだ。

「ど、どうしたんだ七!」
「くろ、くろ、黒玉だぞ七!」

泣くように吃りながら、地団駄を踏む。
七は青ざめた顔で、筒のそばに腕を組んで立っていた。

「静かにしろ。まだ勝負はついていねえ」
「だ、だって、兄貴……」
「ええ、うるせえな。――おいッ、どうした! そっちの組は!」

七は、やけっぱちのように怒鳴りつけた。
相手のまさかの失敗にじっと静まり返っていた慎吾たちの組は、七のやけな声を聞くと、いっせいに侮蔑を込めた笑いを爆発させた。

「何と申したのか、もう一度言え」
「こっちは済んだぞ」
「ううむ、見事だった」
「なぜすぐに打ち上げねえのだ。ことによったら、てめえのほうも黒玉かもしれねえぞ」
「馬鹿を申せ。今、慎吾の腕を見せてやるから、胆を潰すな」
「オオ」

七は闇に目を澄ました。
そして慎吾が、野袴の裾をからげて筒へ火を落とした瞬間、七の唇から不意に声が飛び出した。

「しまった!」

慎吾はハッとしたらしい。
咄嗟に退くべき体を反対に、思わずひょいと首を突き出して、その筒の口を覗き込んだのである。

異様な音がした。
火と、血と、筒が裂けるような音!
とたんに、慎吾の首は形を失い、宙天へと飛んでいった。

胸の広がるような爆音が、同時に初秋の夜空をいっぱいに「どかあ」と鳴らした。
五つの銀色の光星が、北斗七星のように斜めに浮遊することしばらく。やがてその五つの星がそれぞれバラバラと炸裂すると、鮮やかな光の傘を重ね合わせ、冠(かんむり)や鏡台、姥捨(うばすて)の山々を真っ青に浮かび上がらせた。かと思うと、その一つの星の色が、臙脂(えんじ)色から出た人魂のように、ぽかあ、と瞬間――ほんの一瞬、真っ赤な光を千曲川の水面に映した。

――夢だ。夢を見ているような気持ちなのだ。
誰も何も言わない。
上を向いたまま。
腕を組んだまま……。

なんと素晴らしい火の美しさだろう。恐ろしい魔術だろう。瞬間の光焔(こうえん)の中には、見上げた者たちの魂がみんな燃やされてしまったかのようだった。
特に彼らは、かつてない真紅の光に目を射抜かれて、茫然と我を忘れていたが、疲れた網膜をふと足元へ戻した時、ほとんどすべての者が同時に叫んだ。

「大変だッ!」

我に返ったのだ。
慎吾の胴体には、首がなかった。
――七は、もうそこにはいなかった。

十五

千曲川の暗い水面を、七は白い波影を上げながら泳いでいた。
彼が向かっている丘に、夕方から人影が潜んでいるのを見ていた七は、今夜の果し合いで慎吾が何か卑劣な策をとることを予期していた。
そして、あえてなすがままにさせて眺めていたのである。
案の定、慎吾は暗闇に紛れて、自分の製作したものを七のものとすり替えたのだ。

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