文子はただ、一刻も早く父の無事な姿が見たい一心で、自動車の中でも心を急かしていました。
すると、車が横浜を通り過ぎ、程ヶ谷、戸塚とさしかかった時のことです。
運転席に乗っていた助手の一人が、突然文子の席の方へ飛び込んできました。
「あら! 何をするんです!」
びっくりして文子が身を起こそうとしたその瞬間、怪しい助手は虎のように文子に飛びかかって肩を抱え込むと、鼻に嫌な匂いのするハンカチを押し当てました。
「ああ、騙された……。嘘の電話でおびき出されたんだわ、なんて悔しい!」
そう思って文子はなんとか逃げ出そうと身をもがきましたが、鼻に当てられたハンカチの厭な匂いを吸い込むうちに、いつしか頭がぼうっとして、まるで海の底へ引きずり込まれるように意識が遠のいていきました。
「ちびっ子のくせに、手間をかけさせやがって」
悪漢はそう吐き捨てると、麻酔剤で眠り込んだ文子をそこに寝かせ、叫びました。
「さあ、全速力で走らせろ!」
自動車は暮れかかる街道を、矢のように疾走していきました。
骸骨島の罠
それから何時間かが過ぎました。
文子はふと我に返りました。辺りを見ると、小さな真っ暗な部屋に一人で寝かされています。
跳ね起きて出口を探そうと手探りで這い回ると、幸いにも扉のようなものを見つけました。
そこで静かに扉を開け、暗い廊下へと出ました。
しめっぽく冷たい風が吹いてくるので、きっとそちらに出口があるはずだと、文子は足音を忍ばせて風の吹いてくる方へ急ぎました。
三十メートルほど進んだころでしょうか、どこからか人の話し声が聞こえてきました。
立ち止まって耳を澄ますと、すぐ左にある部屋の中からのようです。
そっと身を寄せると、中の会話が手に取るように聞こえてきました。
「龍介の小僧は海狼に巻き込まれたから、もう今ごろは魚の餌食になっているだろうぜ」
「しかし、小僧の代わりに妹をさらってきたから、あの小娘をこの骸骨島へ生き埋めにしてやろうじゃないか」
「うん、それがいい」「なんしろ、午後二時十分になれば、島の底にある三百貫の火薬が爆発することになっているんだ。そうすればこの骸骨島も娘も、あの春田博士も粉微塵よ」
「で、おいらはメトラス博士にC・C・D潜水艦を売って、日本をずらかるんだ。ああ愉快だなあ、あはっはははは!」
一部始終を聞いていた文子は、思わずぶるぶると身震いしました。
「さてはここが悪漢の巣窟、骸骨島に誘拐されて来たんだわ。そしてメトラス博士というのは、実はC・C・D潜水艦の秘密を盗みにきた、外国の軍事探偵だったのね」
文子には、すべての事情が分かりました。しかし今となっては、もう何もかもおしまいです。兄の龍介は海狼(かいろう)に巻き込まれて死んでしまった。父と自分は、やがてこの骸骨島ごと、三百貫もの火薬のために粉々に砕かれてしまうでしょう。
「ああ、神様……」文子は思わず叫んで、その場に泣き伏してしまいました。
その時です。廊下のかなたから、一人の悪漢が気違いのように罵りわめきながら駆けてきました。
「みんな大変だ! 海軍が押し寄せて来たぞ! 駆逐艦が来たぞ! 大変だ! 大変だあっ!」
大襲撃
その時、横須賀沖を二隻の駆逐艦が、戦時武装をして静かに南へ進んでいました。
先頭の駆逐艦の甲板では、我らが春田龍介少年が、双眼鏡を片手に艦長と並んで立っていました。空には、海上の駆逐艦を護るように二機の飛行艇が飛んでいます。
「干潮は何時ですか?」龍介が尋ねました。
艦長は腕時計を見て答えました。
「丁度二時十分前じゃ。今は一時三十分だから、あと二十分で干潮になる!」
龍介はうなずくと、例の骸骨島の地図を広げ、羅針盤とにらめっこを始めました。駆逐艦はやがて三崎を回り、外房州の方へ進路を向けました。
進むこと二十分。潮は丁度いま、干潮の絶頂を迎えています。地図と羅針盤を見比べていた龍介は、やがてうなずくと、信号兵に一枚の伝令書を渡しました。信号兵は直ちに、空を飛ぶ二機の飛行艇へ合図を送りました――「例の場所へ爆弾を投下せよ!」
飛行艇は見る間に高度を下げ、低く輪を描き始めました。
「艦長!」龍介は艦長を振り返って言いました。
「機関砲の発射準備をさせてください。もうすぐ奴らが現れますから」
「よし、分かった!」艦長の命令一下、二隻の駆逐艦に備えられた各二門の機関砲には実弾が込められ、今にも射撃せんばかりに構えられました。
この時、飛行艇が投下した爆弾は、渦巻く海狼の中へ落ち、山のような水煙を上げて爆発しました。
そら、また爆発! そら! もう一つ、そら! そら!
見る見るうちに海上は水煙に覆われ、海水は湯がたぎるように泡立ちました。駆逐艦の上で砲を構える乗組員たちは、今にも怪物が現れるかと、片唾を呑んで海面を見つめました。
メトラス大狼狽
「大変だ! 大変だあっ!」喉も裂けよと絶叫しながら駆け込んできた手下の声を聞いた骸骨島の悪漢一味は、足元から火がついたように、上を下へと慌てふためきました。
その混乱の中、黒い覆面をした一人の外国人が声高く叫びました。
「みんな騒ぐな! この島は海の上からは見えないはずだ。奴らに知れるわけがない。静かにしろ!」
ところが、その言葉が終わらぬうちに、みんなの頭上で「ずずずずずん」と、天でも砕けるような物凄い音が鳴り響きました。
「やっ!」「やっ!」「来たっ!」悪漢たちが真っ青になってわめくとともに、再び恐ろしい響きが「ずずずずずん」と轟きました。
「外へ出ろ!」と誰かが叫びました。
「そうだ、外へ出ろ! 奴らは爆弾を落としている。このままここにいれば、爆弾で島が崩されてしまうぞ!」と別の悪漢も叫びます。
浮き足立っていた荒くれ男たちは、その言葉で一斉に崩れ立ち、「わあーっ」と喚声を上げながら廊下の外へ走り出しました。覆面の外国人は狼狽して声を限りに皆を止めようとしましたが、その時、息せき切って駆け込んできた少年を見ると、覆面を脱ぎ捨てて喚きました。
「チャアリイ、これはどうしたことだ!」
覆面をとると、それはあのメトラス博士でした。
駆け込んできた混血児のチャアリイは叫びました。
「畜生! またあの龍介の奴ですよ。あいつは海狼にやられなかったんです。今、駆逐艦二隻と飛行艇二機を指揮して襲撃してきたんです。もう逃げるすべはありません!」
「よし!」メトラス博士は頷きました。
「では、あの分捕ったC・C・D潜水艦で、逃げられるだけ逃げてみよう。来い!」
そう言うと、メトラスは先頭に立ってチャアリイを導きました。
大襲撃
駆逐艦の上では、龍介が片手を挙げて、鋭い眼差しで海面を睨みつけていました。乗組員たちは手に汗を握り、龍介の片手が今にも振り下ろされるのではないかと待っていました。
「用意!」龍介が叫びました。
見よ、海水がにわかに泡立ったと見る間に、意外! なんとそこへ、一町四方もあろうかと思われる島が、ぬーっと浮上してきたではありませんか。
人々は思わず「あっ!」と驚嘆の声を上げました。
とたんに島の木陰から、にょきりと二門の機関砲が現れました。
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