初級翻訳・魔法人形 第14話

江戸川 乱歩

」
 ふとそんなことを考えると、宝物が金庫の中にあるかどうかを、たしかめてみなければ安心ができないような気持になってきたのです。
それでおかあさんをよんで、ふたりきりで、そっと金庫から宝物をとりだしてみました。
大きな四角い、皮の箱です。
神山さんは、それをちゃぶ台の上において、しずかにふたを開きました。
すると、皮箱の中のビロードの台座の上に、目もくらむような宝冠が、さんぜんとかがやいていました。
「ああ、やっぱりわしの思いすごしだった。
人形がこれを盗みにくるなんて、ばかなことがあるはずはないのだ。
」
 神山さんは、安心したようにつぶやきました。
「まあ、いつ見ても美しいこと! でも、ぶじでようございましたわね。
」
 おかあさんも、うっとりと宝物をながめながら、胸をなでおろすのでした。
それは神山さんが、ついこのごろ、ある外国の宝石商会から買いいれた、むかしヨーロッパのある国の女王さまの持ち物であった、黄金の冠でした。
ダイヤモンドやルビーや、そのほかいろいろの宝石がちりばめてあって、五色のほのおが燃えたっているように見えるので、だれいうとなく、「ほのおの宝冠」と名づけられていました。
神山さんは、こんなりっぱなものを店へおいてはあぶないと思って、自分の家の金庫の中へ、たいせつにしまっているのです。「しかし、念のために、金庫のダイヤルの暗号をかえておこう。そうすれば、おまえとわしのほかには、だれもこの金庫を開くことができないのだからね。」
 神山さんは、そういって、しばらく考えていましたが、
「そうだ、サナエという暗号にかえよう。これなら、むすめの名だから、わしもおまえも、わすれるはずがないからね。」
といって、皮箱のふたをしめ、それを金庫の中にもどし、とびらを閉めると、ダイヤルをまわして暗号をかえるのでした。
そのとき、障子の外で、かすかなもの音がしましたが、神山さんたちは、すこしもそれに気づかなかったのです。
障子の外には、ユリ子人形が立ちぎきをしていました。
ああ、やっぱりユリ子人形は生きていたのです。
あれほどしらべても人形としか見えなかったのに、またしても人形部屋をぬけ出して、こんな遠い部屋まで立ちぎきにやってきたのです。
それはまだお昼まえでしたが、進一君とサナエちゃんは学校へいっていますし、女中さんたちは、台所やせんたく場にいて、広い家の中が、からっぽになっていたのです。
ユリ子人形は立ちぎきをしてしまうと、だれに気づかれる心配もなく、人形部屋へもどることができました。
それにしても、人形がどうして動きだすのでしょう。
これには、なにか秘密があるはずです。
ひょっとしたら、ユリ子人形を売りにきた、あの西洋悪魔のようなやつが、遠くから魔法をつかっているのではないでしょうか。

少女探偵

 進一少年は、中学校の帰りに電車にのって、千代田区の麹町のアパートへいきました。
そこの明智探偵事務所をたずねて、少年探偵団長の小林君に相談をするためです。
進一君は、夕べのふしぎなできごとを、夢だったといいきることは、どうしてもできないので、団長の小林少年の知恵を、かりようとしたのです。
ところが、事務所へいってみると、明智探偵も小林少年も、どこかへ出かけていて、少女助手のマユミさんが、るすばんをしていました。
マユミさんは、一年ほどまえに明智探偵の助手になった十八歳のむすめさんで、少年探偵団員たちから、「探偵団のおねえさま」とあがめられ、したしまれていました。
マユミさんは、探偵助手になるとまもなく、「妖人ゴング」(この全集三十七巻)のために恐ろしい目にあいましたが、その事件もおわって、いまでは、勇敢な少女名探偵になっていました。
あの事件で、知恵もからだも、きたえられたので、もう、どんな男にも負けないほどの、すばしっこい、冒険ずきな女探偵になっていました。
進一君は、この「探偵団のおねえさま」と仲よしなので、すこしも気がねはありません。
小林団長はどこへいったのかとたずねますと、明智先生といっしょに、ある事件のために名古屋方面へ出かけて、あさってでなければ帰らないということがわかりました。
それではというので、進一君は夕べのできごとを、すっかりマユミさんに話して、どうすればいいかと相談をしました。
「おかしいわね。あなた、ほんとうに夢を見たんじゃないの?」
「ぼくのおとうさんも、夢を見たんだろうというんだけれど、ぼくは、夢だとは思えないのです。たしかに、起きていたんです。」
「なにか秘密があるのね。その人形を売りにきた、西洋悪魔みたいな顔の人が、あやしいわ。きっと、なにかたくらんでいるんだわ。神山さん(進一君のこと)は、人形じいさんの事件、知ってるでしょう? 甲野ルミちゃんという子がさらわれた事件よ。その西洋悪魔みたいな男は、あの人形じいさんと、なにか関係があるんじゃないかしら。あたしには、なんだかそんなふうに思われるわ。」
「そうでしょうか。そうすると、妹のサナエがさらわれるんじゃないでしょうか?」
 進一君はひどく心配になってきました。
「そうともきめられないわね。もっとほかに目的があるかもしれないわ。あなたのうちに、なにか、どろぼうにねらわれるようなものが、あるんじゃないの?」
「ああ、そういえば、西洋の女王さまの宝冠があるんです。おとうさんは、お金にかえられないたいせつな宝物だといって、うちの金庫にしまっているのです。」
「じゃあ、それをねらっているのかもしれないわね。でも、そんなとりこしぐろうばかりしていてもしかたがないわ。だれか少年探偵団の人を電話でよんで、相談してみましょう。」
 マユミさんは、そういってしばらく考えていましたが、
「ああ、すっかりわすれていた。いまに、ふたりの団員が、ここへ遊びにくるのよ。井上一郎君と、ノロちゃんよ。ノロちゃんは、おくびょうものでたよりにならないけれど、井上君は、知恵も力もあって、たのもしいわ。井上君のくるのを待って、相談してみましょうよ。」
「井上君ならいいですね。ぼく、あの人すきですよ。」「それに、ノロちゃんだって、愛嬌(あいきょう)ものだし……。」
 進一君も、それに賛成するのでした。
 やがて、井上君とノロちゃんがやってきました。
 そこで、四人が探偵事務所の客間のテーブルを囲んで、相談をはじめました。
「やっぱり、いつものやり方がいちばんいいよ。神山君の家のまわりを、そっと見はっているんだ。そして、あやしいやつが出てきたら、あとをつけるんだよ。」
 井上少年が、すっかり話を聞いたあとで、自分の意見を言いました。
「夜もかい? 夜中もかい?」
 ノロちゃんが心配そうにたずねます。
「おそくなると、うちでしかられるって言うんだろう? ぼくだってそうだよ。だから、夜の九時ごろには、チンピラ隊と交代するのさ。チンピラ隊は、夜中だってへいきだからね。」
 チンピラ隊というのは、小林団長が上野公園などで集めた浮浪少年たちのことです。
 明智探偵はそれらの少年に、すりやかっぱらいを働かぬようによく教えて、「ありの町」という労働者の会の会長をやっている友だちに頼んで、そこに住まわせ、くず拾いなどをやらせてあるのです。

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