初級翻訳・少年探偵団 第30話

少年探偵団

その静けさをやぶったのは、五人のうちのだれかがはげしい勢いで動きだしたのと、それから、少女の洋服を着ている小林少年が、
「アッ、先生、二十面相が!」
 とさけぶ、けたたましい声とでありました。
さすがの二十面相も、ほんものの門野支配人があらわれては、もう運のつきでした。
いかにあらそってみても勝ちみがないとさとったのでしょう。
彼はやにわに畳をあげたままになっていた床下へとびおりました。
そして、そこにかがんで何かしているなと思ううち、とつじょとして、まったく信じがたい奇怪事がおこったのです。
ふしぎ、ふしぎ、アッと思うまに、にせ支配人の姿が、まるで土の中へでも、もぐりこんだように、消えうせてしまいました。
またしても、二十面相は魔法を使ったのでしょうか。
彼はやっぱり、何かしら気体のようなものに化ける術をこころえていたのでしょうか。
逃走

「ハハハ……、何もおどろくことはありませんよ。「ハハハ……、何もおどろくことはありませんよ。二十面相は土の下へ逃げたのです。」

明智小五郎は、少しもあわてず、びっくりしてポカンとしている人たちを見まわしながら説明しました。

「えっ、土の中へだって? いったいどういうことかね?」
大鳥氏が目を丸くして聞きかえします。

「土の中に、秘密のぬけ穴がほってあったのさ。」
「えっ、ぬけ穴が!?」

「そうですとも。二十面相は黄金塔をぬすみだすために、あらかじめここの床下にぬけ穴をほっておいたのです。そして、屋敷の支配人に化けて、いかにも忠義ぶった顔をしながら、あなたにほんものの塔をこの床下へうずめるようにすすめたのさ。
そのあと、部下のものがぬけ穴からこっそりしのび込んできて、ちょうど穴の入り口のすぐそばにあった塔を、なんの苦もなく持ちさっていったというわけです。
あとを追おうにも、賊の足あとがどこにも見つからなかったのはあたりまえですよ。地上の土の上を歩いたのではなくて、地下をはってきたのですからね。」

「しかしだな、わたしはあの塔を床下へうずめるのを自分の目でしっかり見ていたが、べつにぬけ穴らしきものなど見えなかったぞ。」

「それは、ふたがしてあったからですよ。さあさあ、ここへ来てよくごらんなさい。大きな鉄板で穴の上がふたされていて、その上に土がかぶせてあったのです。
今、二十面相はその鉄板を自分でひらいて、穴の中に飛び込んだのさ。まるでかき消したように姿が見えなくなったのは、そういうわけなんですよ。」

大鳥氏も門野老人も小林少年も、いそいでそばへ駆け寄り、床下をのぞきこみました。すると、そこには言われた通り一枚の鉄板が無造作に投げだされていて、そのすぐそばに古い井戸のような大きな穴が、まっ黒な口をぽっかりと開けていました。

「いったい、この穴はどこへ続いているのだろう?」
大鳥氏があきれ返ったようにたずねると、明智はすぐさま答えました。何から何まで、すべてお見通しなのです。

「この裏手に空き家があるでしょう。あのぬけ穴は、ちょうどその空き家の床下へぬけているのさ。」

「では、はやく追いかけないと、犯人に逃げられてしまうじゃないですか! 先生、いそいでその空き家のほうへ回ってください!」
大鳥氏は、もう気が気ではないといった様子です。

「ハハハ……。そんなぬかりを私がすると思いますか。
その空き家のぬけ穴の出口には、中村捜査係長の部下が五人も見はりをしていますよ。今ごろは、あいつをしっかり取り押さえているころでしょう。」

「おお、そうでしたか! そこまで完璧に準備をしていてくれたとは……ありがとう、ありがとう! おかげで私も、今夜からはぐっすり安心して眠れそうです。」
大鳥氏は心底ほっとしたように胸をなでおろし、名探偵のぬけめない作戦に心から感謝するのでした。

しかし――。
はたして、二十面相は明智の読みどおり、五人の警察官たちにすんなり逮捕されてしまったでしょうか?
なにしろ、あの名高い魔術的な大怪盗のことです。もしかすると、思いもよらない悪知恵を働かせて、名探偵の計画の裏をかいてしまうなんてことはないでしょうか?
ああ、なんだかどうしても気がかりでなりません。

そのころ、暗い地下のぬけ穴の中では、いったいどんなことが起こっていたのでしょうか。

門野老人に化けた二十面相は、みんなが油断しているすきを狙って、パッとぬけ穴の中へ飛び込みました。そして、せまい穴の中を手足をついてはうようにしながら、まるで一匹のもぐりのような格好で、反対側の出口へと急いだのです。
時計店の裏通りにあるその空き家までは、奥座敷から小さな庭と塀をはさんですぐの距離なので、ぬけ穴の長さも二十メートルほどしかありませんでした。
二十面相は、あらかじめその空き家をこっそり借りきったうえで、部下に命じて誰にも気づかれないよう大急ぎでこのぬけ穴をほらせていたのです。
そのため、穴の内側を立派な石垣やレンガできちんと補強するヒマなどなく、まるで昔の古い炭鉱のように、丸太の枠組みだけで土が崩れるのをどうにか支えているだけの、とてもみすぼらしいぬけ穴でした。
広さも、大人がやっと一人はいずり回れるほどの狭さです。

二十面相は体中を土だらけにしながら、必死になってそこをはい進んでいきましたが、空き家側の出口の真下までやってきて、ヒョイと外の様子をうかがった瞬間、ギョッとしたような顔で慌てて首をひっこめました。

「くそっ、もう警察の手がまわっていたのか!」
彼はいまいましい様子で舌打ちをすると、しかたなく、すごすごと元の道をひきかえし始めたのです。
なぜなら、穴の外の暗がりの中に、大勢の黒い人かげが見えたからです。しかも、それらはみんな制服を着た警察官たちのようで、暗闇の中でも制帽のひさしや拳銃のグリップがかすかにピカピカと光って見えたのでした。

ああ、二十面相はついに、完全に袋のネズミになってしまいました。
いや、穴の中の行き場のない「もぐら」になってしまったのです。
さすがの恐ろしい凶賊も、もはやこれでおしまい、運のつきです。
前へ進めば五人の警察官が待ちかまえ、うしろへもどれば、誰よりも恐ろしい明智名探偵が待ちかまえているのです。
前に進むことも、うしろへ引き返すこともできません。
かといって、本当のもぐらではない二十面相が、こんなジメジメしたまっ暗な穴の中に、いつまでもじっと隠れているわけにもいきません。

しかし、不思議なことに、この怪盗はなぜかそれほど困った様子を見せていないのでした。彼はやみの中を、ぬけ穴の中ほどまで引きかえしますと、そこの壁のくぼみになった個所から、何かふろしき包みのようなものを、とりだしました。
「ヘヘン、どうだい。
二十面相はどんなことがあったって、へこたれやしないぞ。
敵が五と出せばこちらは十だ。
十と出せば二十だ。
ここにこんな用意がしてあろうとは、さすがの名探偵どのも、ごぞんじあるまいて。
二十面相の字引きに不可能の文字なしっていうわけさ。
フフフ……。」
 彼は、そんなふてぶてしいひとりごとをいいながら、ふろしき包みらしいものをひらきました。
すると、その中から、警官の制服制帽、警棒、靴などがあらわれました。

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