初級翻訳・大金塊 第4話

大金塊

探偵小説にでも出てきそうな、正体のわからない怪事件です」
「ぼく、さっきから考えているんだけど、これは名探偵の明智小五郎さんにでも頼まないと解決できないような事件だね」
不二夫くんは、名探偵の名前をちゃんと知っていて、すまし顔でパジャマの腕を組みながらつぶやいていたのでした。
さて読者のみなさん、このなんとも説明のつかない、怪談のような出来事はいったい何を意味しているのでしょうか。
大勢の泥棒が入ってきたことは間違いありません。
しかも家の中の品物は一つもなくなっていません。
まさかそんな、馬鹿げたことが本当にあるでしょうか。
それとも、不二夫くんや喜多村は、何かとびきり大切なものが奪い去られた瞬間を見落としているのでしょうか。
もしかしたらそれは、客間の額縁や装飾品などとは比べものにならない、びっくりするほど重大な品物なのではないでしょうか。
獅子のあご

そうしているところへ、ちょうどタイミングよく表に自動車の音がして、不二夫くんのお父様が帰ってこられました。
朝早く東京駅に着く汽車で、旅行からお帰りになったのです。
不二夫くんと喜多村は玄関へとびだしていってお父様を迎えましたが、不二夫くんはお帰りなさいの挨拶もそこそこに、息を切らせながら昨夜の奇妙な出来事をお父様に伝えました。
お父様の宮瀬鉱造(みやせこうぞう)氏は今年四十歳、ふっくらと太った赤ら顔に、よく似合う口ひげをたくわえた、まさに働き盛り実業家といった感じの方でした。
ある大きな貿易会社の支配人を務めていらっしゃるのです。
宮瀬氏は不二夫くんの話を聞くと、なぜかひどく驚いた様子ですぐさま客間に入り、そこにある品物を念入りにお調べになりましたが、やはり何一つ紛失していないことが分かりました。
「ねえお父様、いったいどういうことなんでしょう? ぼく、不思議でしかたがないんです」
「うーん、私にもわけがわからないな。だがね、ひょっとすると……」
宮瀬氏は、不二夫くんがめったに見たことのないような、ものすごく心配そうな顔をして、何かしきりと考え込んでいらっしゃるのです。
「えっ、ひょっとすると、なに?」
「我が家にとっては、何よりも大切なものを盗まれたのかもしれないのだよ」「たいせつなものって、なんですか?」
「ある書類なのだよ」
「じゃあ、その書類をしらべてみたらいいじゃないですか。なくなっているかどうか」
「ところがね、おとうさまも、その書類がどこにしまってあったか知らないのだよ」
「えっ、おとうさまも知らないんですって? 忘れちゃったんですか?」
不二夫くんは、なんだか変だなというような顔をして、じっとおとうさまの顔を見つめました。
「いや、忘れたんじゃない。はじめから知らないのだよ。しかし、この家のどこかに、その書類がかくしてあることはわかっていたのだ。この家を建てたおじさんが、そのかくし場所をわしにいわないで亡くなってしまわれたのでね。あんなふうに急な病気で、遺言をするひまがなかったものだからね」
「じゃあ、そんなたいせつなものが、この客間のどこかにかくしてあったのですね。それを、どろぼうがさぐりだしてぬすんでいったのでしょうか」
「どうもそうとしか考えられない。あんな大さわぎをして、何もぬすんでいかなかったはずはないからね」
それ以上は、いくらたずねても、おとうさまは何もおっしゃいませんでした。
何か秘密があるのです。
子どもの不二夫くんなどには、うっかり話せないほどの、大きな秘密があるのにちがいありません。
宮瀬氏はさも心配そうなようすで、しきりと考えごとをしながら、客間の中をあちこちと歩きまわっていらっしゃいましたが、やがて、何か妙案がうかんだらしく、大きな両手をパチンとたたいて、そこにいた書生に話しかけられました。
「おい、喜多村くん、きみは明智小五郎っていう名探偵を知っているだろうね」
「ええ、名前は聞いています。さっきぼっちゃんと、その明智探偵のことを話していたのです」
喜多村は明智と聞いて、何かうれしそうに答えました。
「うん、不二夫も知っていたのか。不二夫、おまえはどう考えるね。おとうさまは、このわけのわからない事件を、あの明智探偵にたのんだらと思うのだが」
「ええ、ぼくもそう思っていたのです。明智さんならきっと、なぞを解いてくださると思います」
不二夫くんもうれしそうに目をかがやかせて、おとうさまを見あげました。
「ふん、ひどく信用したもんだね。小学生のおまえにまで、そんなに信用されているとすると、よほどえらい男にちがいない。よし、たのむことにしよう。おい、喜多村くん、明智探偵事務所の電話番号をしらべるんだ。そして、明智さんに電話に出てもらえ。用件はわしが直接お話するからね」
そして、電話がかけられ、明智小五郎は、宮瀬氏のていねいな依頼を承諾して、すぐ不二夫くんのおうちへやってくることになったのでした。
一時間ほどのち、明智探偵の西洋人のように背の高い洋服姿が、客間にあらわれました。
よく光る目、高い鼻、引きしまったかしこそうな顔が、今、不二夫くんたちの前にあらわれたのです。
頭はもじゃもじゃにみだれています。
ちょうど絵にある古代ギリシアの勇士のような頭なのです。
宮瀬氏は明智探偵をイスに招いて、ていねいあいさつをしたうえ、昨夜のできごとをくわしくお話しました。
「よくわかりました。それだけの手数をかけて、何もぬすまないで帰ったとは考えられません。わたしもこの部屋の中に、かならずなくなったものがあると思います。では、さっそくこの部屋をしらべてみたいと思いますから、しばらくのあいだ、わたしをひとりきりにしておいてくださいませんでしょうか」
明智はにこにこ笑いながら、はぎれのよい口調で言いました。
そこで、宮瀬氏は不二夫くんや書生の喜多村をつれて別の部屋にしりぞきましたが、三十分もたったころ、客間の呼びリンが鳴って、しらべがすんだという知らせがありました。
宮瀬氏と不二夫くんとが急いで客間へはいっていきますと、明智は手に小さな紙切れを持って、部屋のまん中につっ立っていました。
「これをごぞんじですか。むこうの長イスの下にこんな紙切れが落ちていたのです。わたしは部屋のすみからすみまで一センチも残さずしらべたのですが、賊はよほどかしこいやつとみえて、なんの手がかりも発見することができませんでした。ただ、こんな小さな、みょうな紙切れのほかには」
宮瀬氏はそれを受け取ってしらべてみましたが、いっこうに見おぼえのないものでした。
それは長さ五センチ、はば一センチほどの、小さな紙切れで、それに左のようなみょうな数字が書いてあるのです。
5+3・13-2

「不二夫、おまえじゃないか、こんなものを落としておいたのは」
「いいえ、ぼくじゃありません。ぼくの字とまるでちがいます」書生も知らないと言いますし、女中たちを呼んでたずねても、だれもおぼえがないという答えでした。
「みなさんが、だれもごぞんじないとすると、これはゆうべの賊が、うっかり落としていったものと考えるほかはありませんね」
「そうかもしれません。

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