いったい、この怪人物は何をしようとしているのでしょう。
となりの客間をガタガタいわせていた同類たちは、とっくに立ちさってしまったのに、こいつだけが、なんのためにいつまでも居残っているのでしょう。
外はだんだん明かるくなってきたらしく、カーテンの上のすきまから、ほの白い光がさしこんできました。
でも、カーテンの織り物が厚いのと窓の外に木がしげっていますので、賊の影がすいて見えるほどではありません。
カーテンのひだのふくらみで、それとわかるばかりです。
まくらもとの置き時計がもう六時十分まえをしめしています。
やがて、書生の喜多村が、不二夫くんを起こしにやってくるころです。
おお、廊下にそれらしい足音が聞こえてきました。
喜多村です。
喜多村らしい、かっぱつな歩き方です。
不二夫くんは、その足音を聞きつけて、あんどするよりも、かえってドキドキしました。
「もし喜多村がふいにはいってきたなら、カーテンのかげのやつは、まさか、じっとしていやしない。
逃げだしてくれればいいけれど、もし、いきなり喜多村めがけてピストルをうつようなことがあれば、それこそ、たいヘんだ」
そう思うと気が気ではありません。
しかし、何も知らぬ書生は、もう部屋の入り口まで来て、コツコツとドアをたたいておいて、いきなり寝室の中へはいってきました。
「喜多村、いけない!
はいってきちゃいけない!」
不二夫くんは、書生に、もしものことがあってはいけないと、何もかもわすれて、するどくさけびました。
「え、ぼっちゃん、なんです?」
喜多村は、びっくりしたように、戸口に立ちどまりましたが、目早いかれは、その瞬間、カーテンのうしろの人影を見つけてしまいました。
「あ、そこにいるのは、だれだ!」
逃げるどころか、喜多村は、いきなり賊のほうへかけよったではありませんか。
不二夫くんが喜多村を気づかうように、喜多村のほうでも、ぼっちゃんの一大事とばかり、われをわすれてしまったのです。
「喜多村、いけない!」
不二夫くんは思わずベッドをとびおりて、書生のうしろから、その手を取って、引きとめようとしました。
でも、喜多村は、もうむちゅうです。
ピストルのつつ先も目にとまらぬかのように、カーテンのほうへつめよっていきました。
喜多村は勇敢な青年でした。
それに柔道初段の免状を持っているほどで、腕におぼえがあるのです。
「やい、返事をしないか……さては、きさま、どろぼうだな。
うぬ、逃がすものか!」
喜多村は、まるで土佐犬のような勇ましいかっこうで、まっかな顔をしてどなりながら、パッとカーテンに組みついていきました。
「あ、あぶない、賊がピストルを……!」
不二夫くんは、今にもパンというピストルの音が聞こえ、喜多村が血を流してたおれやしないかと、息もできないほどでした。
ところが、ピストルの音ではなくて、バリバリというおそろしい音がしたかと思うと、おや、これはどうしたというのでしょう。
書生はカーテンにとびついた勢いで、そのむこうの窓ガラスをやぶってしまったのです。
そして、その場にころがってしまいました。
しばらくは、何がなんだかわけがわからず、喜多村も不二夫くんも、キョロキョロそのへんを見まわすばかりでしたが、やがて気がつきますと、今のさわぎでめくれたカーテンのはしに、一ちょうのピストルが、ひもでくくって、ぶらんぶらんとゆれながらさがっていました。
カーテンの下には、二つの長ぐつが、横だおしになってころがっていました。
不二夫くんはそれを見て、思わず顔をまっかにしてしまいました。
ひもでぶらさげたピストルと、長ぐつにおびえて、一晩中、息もたえだえの思いをしたのかと考えると、はずかしくてしかたがなかったのです。
「なあんだ。
人かと思ったら、長ぐつばっかりか。
まんまといっぱいくわされてしまった……これ、ぼっちゃんのいたずらですか?」
喜多村は、指をけがしたらしく、それをチュウチュウ口ですいながら、顔をしかめて、不二夫くんをにらみつけました。
「そうじゃないよ。
やっぱり、どろぼうなんだよ」
不二夫くんは、まだ赤い顔をしたまま、気のどくそうに書生をながめて、ゆうべからのできごとを、手みじかに話して聞かせました。
「え、なんですって?
じゃ、客間の家具を――」
「そうだよ。
あんなひどい音をたてていたんだから、きっと、何もかも持っていったにきまっているよ」
「じゃ、行ってしらべてみましょう。
ぼっちゃんもいらっしゃい」大学生服を着た喜多村と、パジャマ姿の不二夫くんは、まだ薄暗い廊下を通って客間へと急ぎました。
客間の入り口には、左右に開く彫刻の入った大きなドアが閉まっていましたが、ふたりはそのドアを開けるのさえ怖気が走るような気がして、しばらくの間、顔を見合わせたまま突っ立っていました。
やがて喜多村が思い切ったように静かにドアを開け、そのすきまからそっと中をのぞき込みました。
ところがどうしたことか、ほんの少しのぞいたかと思うと、喜多村はぎょっとしたような顔をして不二夫くんを見返しました。
「おや、ぼっちゃん、変ですよ。あなた、夢を見てたんじゃないですか?」
「えっ、なんだって? 夢なんかじゃないさ!あんなにはっきり聞いたんだもの。だけど、どうしたの、そんな変な顔をして」
「変ですとも。見てごらんなさい。客間のものは、なにひとつなくなってなんかいませんよ」
「えっ、そうかい?」
そこでふたりは急いで客間に入り、窓のカーテンを開けてあたりを見回しました。
本当に不思議でした。
壁の油絵も、暖炉の飾りだなの上の銀の花びんも、銀製の置き時計も、何もかもがすっかり元どおりそろっているのです。
イスやテーブルもいつもどおりにならんでおり、じゅうたんをめくったような跡もないし、第一、窓を開けた形跡すらないのです。
不二夫くんはぽかんと口を開けてしまいました。
あんなにお引越しのような大騒ぎだったのに、客間のものが何一つ動かされた様子もないなんて、まるでキツネにでも化かされたような気持ちです。
もしかすると客間ではなくてほかの部屋だったのかもしれないと思い、ふたりは部屋を一つ一つ巡り歩いてみましたが、どこにも異常はありません。
ふたりはまたもとの客間に戻り、ひじ掛けイスにぐったりと寄りかかって、「いったい何がどうなっているんだ」と、あきれ返った顔でお互いの顔を見つめ合うばかりでした。
「だってきみ、夢なんかであるはずがないよ。これを見てよ。こんな手紙がぼくのベッドの上へ飛んできたんだもの。これが夢じゃない証拠さ。たしかに悪者たちが大勢忍び込んできたんだよ」
不二夫くんは、あとで証拠に見せようと、大切にパジャマのポケットに入れていた昨夜の脅迫状を取り出して喜多村に見せました。
「そうですね……だからこそ、ぼくも不思議でしかたがないんです。ぼっちゃん、こりゃなんだか変な事件ですね。
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