路地を出るやいなや、さっき地面を蹴って駆け上がっていった蒸気ポンプ車が、目の前でじっと止まっていました。
ポンプ車はなんとかここまで馬を進めましたが、二、三メートル先の曲がり角に行く手を阻まれ、どうすることもできずに炎を見つめています。
炎は鼻の先から燃え上がっています。
そばに押し詰められた人たちは、口々に「どこだ、どこだ」と叫んでいます。
聞かれた人は「そこだ、そこだ」と答えます。
けれども、どちらも火の燃えている場所までは行くことができません。
炎は勢いを得て、静かな夜空をあおるように、すさまじい勢いで立ち上っています。
……
翌日の午後、散歩のついでに、火元を確かめたいという好奇心から、例の坂を上ってみました。昨日の路地を抜けて、蒸気ポンプ車が止まっていた組屋敷へ出て、二、三メートル先の曲がり角を曲がってぶらぶら歩いてみましたが、冬の間は閉まっているような家々が軒を並べて、ひっそりと静まり返っているだけです。
焼け跡なんてどこにも見当たりません。
火が上がったはずの場所と思われるところには、きれいな杉の垣根が続いているだけで、その中の一軒からは、かすかに琴の音が聞こえてきました。
霧
昨夜は、夜中に枕元でパチパチという音がするのを聞きました。
これは近所に「クラパム・ジャンクション」という大きな駅があるおかげです。
この駅には一日のうちに千以上の汽車が集まってきます。
細かく計算してみると、一分間に一列車くらいのペースで出入りしていることになります。
それぞれの列車は、霧が深いときには何かの仕組みで、駅に近づくと爆竹のような音を立てて合図を送るのです。
信号の明かりも、青か赤かも分からないほど暗くなってしまうからです。
ベッドから這い出して、北側の窓の日よけを巻き上げて外を見下ろすと、外は一面ぼんやりとかすんでいました。
下は芝生の地面から、三方をレンガの塀に囲まれた一メートルちょっとの高さに至るまで、何も見えません。
ただ、空っぽなものがそこらじゅうに詰まっているかのようです。
そして、それが静まり返って凍りついています。
隣の庭も同じ様子です。
この庭にはきれいな芝生があって、春先の暖かい時期になると、白いひげを生やしたおじいさんが日向ぼっこをしに出てきます。
そのときおじいさんは、いつも右手にオウムを乗せています。
そして、自分の目をオウムのくちばしで突かれそうなくらい近くまで、鳥のそばに顔を寄せるのです。
オウムは羽をパタパタさせて、しきりに鳴き立てます。
おじいさんがいないときは、娘さんが長いスカートの裾を引きずりながら、絶え間なく芝刈り機を転がしています。
この思い出がいっぱい詰まった庭も、今はすっかり霧に埋もれてしまい、荒れ果てた自分の下宿の庭と、境目もなくずっと続いているように見えます。
裏通りを挟んだ向こう側には、高いゴシック式の教会の塔があります。
その塔の灰色に空を突き刺す頂上で、いつも鐘が鳴ります。
日曜日は特にひどいものです。
今日は、鋭く尖ったてっぺんはもちろんのこと、石を不揃いに積み上げた塔の真ん中あたりさえ、どこにあるのか全く分かりません。
かと思えば、かすかに黒いようにも見えますが、鐘の音はちっとも響いてきません。
鐘の形すら見えない濃い霧の影の中に、深く閉じ込められてしまったようです。
表へ出ると、二メートルくらい先までは見えます。
その二メートルを歩ききると、また次の二メートル先が見えてきます。
世界が二メートル四方に縮まってしまったかと思うと、歩けば歩くほど新しい二メートル四方が現れるのです。
その代わり、今通り過ぎてきた過去の世界は、歩くままに霧の中へと消えていきます。
四つ角でバスを待っていると、鼠色の空気が切り裂かれて、急に目の前に馬の首が現れました。
それなのに、バスの屋根に乗っている人は、まだ霧の中から抜け出せずにいます。
こちらから霧をかき分けてバスに飛び乗り、下を見下ろすと、馬の首はもう薄ぼんやりとしています。
バスとすれ違うときは、その瞬間だけ「きれいだな」と思います。
そう思う間もなく、色のついたものはみんな濁った空の中に消えてしまいます。
ただただ、何色もない霧のなかに包まれていきました。ウェストミンスター橋を渡っているとき、白いものが一、二度、目の前をひらひらと通り過ぎました。
目を凝らしてその行方を追ってみると、閉じ込められた空気の中に、カモメが夢のようにぼんやりと飛んでいました。
そのとき、頭の上でビッグ・ベンの鐘が、きっかり十時を告げました。
見上げても、空の中では音だけが響いています。
ヴィクトリアで用事を済ませ、テート美術館のそばを通って川沿いにバタシーまで来ると、それまで鼠色に見えていた世界が、突然、四方八方からバタンと閉ざされたように暗くなりました。
泥炭(でいたん)を溶かしてドロドロにしたものを、体中に流し込まれたような、黒く染まった重たい霧が、目や口や鼻へと押し寄せてきます。
着ているコートは、ギュッと押さえつけられたかと思うほど湿っています。
まるで薄い葛湯(くずゆ)を吸い込んでいるみたいで、息が詰まりそうです。
足元は、言うまでもなく穴蔵の底を踏んでいるのと同じです。
私はこの重苦しい茶褐色の霧の中で、しばらく呆然と立ち尽くしました。
すぐそばを大勢の人が通っているような気配はします。
でも、肩がぶつかりでもしない限り、本当に人が通っているのかどうか、疑わしくなってしまいます。
そのとき、この立ち込める霧の大海の一点が、豆粒くらいの大きさで、どんよりと黄色く光って流れました。
私はそれを目印にして、四歩ほど歩いてみました。
すると、ある店先の窓ガラスの前に顔が出ました。
店の中ではガス灯が点(つ)けられています。
中は比較的明るいようです。
店の人たちは、いつも通りに過ごしています。
私はやっとホッとしました。
バタシーを通り過ぎて、手探りしなくてもいいように向こうの丘へ向かいましたが、丘の上は空き家ばかりです。
同じような横道がいくつも並んでいて、晴れた日でも迷いそうな場所です。
私は左から二番目の角を曲がったような気がしました。
それから二町(約200メートル)ほど真っ直ぐ歩いたような気がします。
そこから先は、もうさっぱり分からなくなりました。
暗闇の中にたった一人で立ち、首をかしげて考え込みます。
右の方から靴音が近づいてきました。
そうかと思うと、四、五メートル手前で止まりました。
それから、だんだんと遠ざかっていきます。
しまいには、全く聞こえなくなりました。
あとは静まり返っています。
私はまた暗闇の中に一人立ち、考えました。
「どうすれば下宿へ帰れるんだろう?」
懸物(かけもの)
大刀(だいとう)老人は、亡くなった妻の三回忌までには、どうしても立派な石碑を立ててやろうと決心していました。
けれど、息子のお給料を頼りに、今日を生き延びるのがやっとという暮らしで、貯金なんて一銭もできません。そうこうしているうちに、また春がやってきました。
「お母さんの命日も三月八日だからね」と、訴えるような顔をして息子に言うと、息子は「はあ、そうでしたっけ」と答えるだけです。
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