初級翻訳・かめれおん日記 第6話

かめれおん日記

反省なんてせずに、図々しく(それが自然に従うということだ)粗野な常識を大切にして、盲目的な「生きる意志」だけに突き動かされていろ。
夕方、吉田が訪ねてきた。
ひどく怒った様子だ。
以前から彼とトラブルの絶えなかった体育教師が、今日「ちょっと顔を貸せ」と、吉田を雨天練習場の控室に呼び出し、乱暴な言葉で彼をなじって脅してきたという。
怒った吉田がすぐに校長のところへ報告に行ったところ、校長ももちろん体育教師の乱暴を非難はしたものの、それでも暗に「喧嘩両成敗」という考えをほのめかしたそうで、彼は非常に不満なのだ。
「辞めてもええんや」と繰り返して言っている。
たしか以前にも二、三回、彼は同じようなことで「辞める」と騒ぎ出し、職員全員に言いふらして回ったが、結局辞めなかった。
時間が経つとケロリとしているのだ。
ただ、カッとなると皆のところへ行って騒ぎ立て、何度も何度も愚痴を聞かせ、自分の正当さと相手の不当さを認めてもらわないと気が済まないだけなのだ。
しかし、彼はいくら腹を立てたときでも、決して自分が損をすること(殴り合いをしたり、思い切って辞職したり)はしない。
今日だって、ただ私のアパートが学校の近くにあるという理由で、帰りに立ち寄っただけだ。それほど親しくもない私ではあるが、それでも一人でも多くの人に自分の正しさを認めてもらおうとしただけなのだ。
彼が辞める心配は絶対にない。
あまり騒ぎすぎると後で引っ込みがつかなくなって、恥ずかしい思いをすることになるだろう……なんて心配も、彼にはないのだ。彼は、恥ずかしがるということを知らないからだ。
ただ、どんな時でも自分が損をしないように振る舞うのが、彼に染みついた本能なのだろう。
一通り怒りをぶちまけると、すっかり気が済んだという顔で、今度は昨日、ある先輩から紹介されて県の学務部長に会いに行った話を始めた。
学務部長がとても親切にしてくれて、また遊びに来なさいと肩を叩きそうな勢いだったこと、だからこれからも時々伺おうと思っていること、この学務部長さん(彼は「さん」付けで呼び、こんな偉い人に心から尊敬を抱かない人間なんて想像もつかないようだ)は従四位(じゅうしい)で勲章も持っていて、まだ若いからもっと出世するだろうこと、この人の奥さんのお父さんが内閣の偉い人であることなど、恐縮しきった様子で話した。
まったく、さっきまでの怒りなどすっかり忘れてしまったような、幸せそうな顔つきだ。
吉田が帰ったあと、私は「幸福」というものについて少し考えてみた。
必死になって騒ぎ立て、他人に自分の立場を理解してもらうことが彼にとっての幸福であり、役人と親しくなることが彼の最大の喜びなのだ。
それを笑う資格は私にはない。
笑ったところで、私に一体どんな幸福があるというのだろう。
「世間の人たちはみんな楽しそうで、まるで豪華なご馳走を食べているみたいだ。春の日に高い台に登って遊んでいるみたいだ。僕だけは怖がって、まだ笑うことも知らない赤ん坊みたいに、どこへ帰ればいいのかも分からず、ただフラフラしている。世間の人たちはみんなキラキラして賢そうだけど、僕だけはぼんやりしている。世間の人たちはみんな細かくてしっかりしているけれど、僕だけは悶々としている……」
学務部長に感動の涙を流す吉田の姿が、急に、皮肉でも何でもなく、心からうらやましいものに思えてきた。
夜、布団に入ってから、さっきの吉田の「脅迫された」という話を思い出し、気が強いわりに腕力のない吉田が、その時どんな態度をとったのか想像したら、おかしくなってきた。
もし自分だったらどうするだろうと考えてみる。
本当に情けない話だが、私は暴力や腕力に対して、どう対処すればいいのか全く分からない。
もちろん、相手の言いなりになるようなことは意地でもしないが、例えば殴られたとき、どんな態度をとればいいのだろう。
こちらには腕力がないから、殴り返すわけにはいかない。
口で相手の非を鳴らす? そんなときの自分の惨めさ、女々しい泣き言のような言い訳をするのは御免だ。
それくらいなら、いっそ超然と相手を無視したほうがましだ。
しかし、そんな場合でもやはり、負け惜しみのような弱者の強がりが(他人からは見えないとしても)、自分自身で意識されていてちっとも立派だとは思えない。
というより、私は他人との間で暴力的な関係に陥った、というその事実だけで、もう心の中がひどくかき乱され、動揺してどうしようもなくなってしまう。
暴力への恐怖は動物的な本能だとか、暴力に意味はないとか、暴力を使うやつなんて軽蔑する、といった議論は今の私には何の役にも立たない。私の体は震え、心はただわけもなく泣きべそをかいてしまうのだ。
暴力という侵害(腕力だけでなく、予期せぬ悪意や誤解も含む)に打ち勝つ力を備えているのは素晴らしいことだが、相手に対抗する腕力や権力を持たないまま(あるいは持っていても使わずに)、ただ精神的な力だけで堂々と立派に対処できる人がいるなら、尊敬してもいいと思う。
それは一体どんな方法なのか、私には想像すらできない。
色々な有名人を考えてみても、その社会的地位という背景を取り払って、暴力の前に放り出したときに立派に対処できそうな人は、なかなか思い当たらないものだ。

五

 カメレオンはますます弱ってきたようで、後ろ足の付け根の傷も、気のせいか昨日より広がったように思える。
体は魚よりも薄いぐらいで、細い肋骨が外から透けて見え、時々喉のあたりをふくらませるのも、寒そうで痛々しい。
やはり動物園へ連れて行こうと決心する。
動物園は好きな場所だが、「寄付する」とか「預ける」といった話になると、きっと東京市の役人が出てきて、書類を書かせたりするのではないか。
役人と役所の手続きほど、やりきれないものはない。
実際は簡単だと言う人もいるが、役所への届け出や手続きとなると、私は頭から面倒だと感じてしまい、考えることすら嫌になってしまう。
仕方がないから、東京から通っている地理の教師のY君に頼んで、上野まで持っていってもらおうと思う。
学校側はもうこんな虫のことなんて忘れているだろうから、わざわざ断る必要もあるまい。
元の通り、綿を敷いた箱に入れ、蓋に空気穴をあけて学校へ持っていく。
金曜日だから仕事の日だ。
Y君に会って事情を話して頼むと、快く引き受けてくれた。
今日の帰りにそのまま上野まで行くと言ってくれる。
昼休みに食事を済ませてしばらく職員室にいると、廊下で生徒たちが騒ぎ始めた。やがて扉が開いて、去年の春に結婚のため退職した音楽の先生が、赤ん坊を抱いて入ってきた。「あらっ」と、それを見た女の先生たちが一斉に声を上げました。
関西にお嫁に行ったはずですが、旦那さんが東京へ出張するのにくっついてきたついでに、顔を出してくれたのだそうです。
さて、それからの彼女たちの――特に、まだ独身の年上の先生たちの振る舞いや表情、つまり外見にまであふれ出る心理的な動揺は、本当に興味深いものでした。
『赤と黒』を書いた作家の筆をもってしても、おそらくその様子を表現するのは難しいと思われたほどです。

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