初級翻訳・銀の匙 第12話

中 勘助

庭へ曲がる角には竹矢来(たけやらい)で囲われた場所があり、鵞鳥(がちょう)が二羽飼われていて、それが怖くてたまりません。
そっと通り抜けようとするたびに、恵比寿様の冠みたいな頭を突き出して「ガワガワ!」と追いかけてくるのです。
やっとの思いでそこを通り抜けて茶畑のほうへ行くと、隣の乳牛が柵の向こうから首を伸ばして「メェー」と鳴きます。
それが怖いので、茶畑の中は適当に切り上げて庭を探します。
大きな木がたくさんあるので、なかなか見つかりません。
あたりを見回しても誰もいないし、帰り道には牛と鵞鳥が待ち構えていると思うと心細くなって、「もういいかーい」と呼んでみます。
しんかんとした庭に、自分の声ばかりが響いて何も聞こえません。
「お国さんは僕を騙してどこかへ行ってしまったんじゃないか」と思うと、ますます寂しくなって、「早く伯母さんが迎えに来ればいいのに」と願いながら、もう一度「もういいかーい」と叫びました。
我ながら涙声になっているのがわかりました。
すると、竹藪のあたりから「もーいいよ」と小さな声が聞こえます。
「いるな」と思って竹藪の入り口まで行っても、垣根の向こう側にはお寺の銀杏(いちょう)の木が真っ黒にそびえ立っているし、竹の間には椿やサイカチの木がごちゃごちゃと繁っていて、やけに薄暗いのです。
「三つ目小僧が出たっていうのは本当かな」などと思って立ちすくんでいると、奥のほうでクスクスと笑い声がします。
それでようやく勇気を出して入っていくのですが、竹の切り株や根っこがいたるところに出ているうえに、チクチクする草が一面に生えていて、普段は石ころ一つにも伯母さんがやかましく世話を焼いてくれる私にとっては、まるで針の山を歩くような気持ちで、足の踏み場もありません。
おまけに、そこらじゅうに山カガシがとぐろを巻いているような気がして、気味が悪くて仕方ありません。やっとの思いで一歩ずつ踏み込んでいき、いよいよ見つかりそうなところまで行くと、お国さんは隅の暗いところから「おばけー!」と白目をむいて飛び出してくるのです。
それがお国さんだとわかっていても、私は総毛立って「いやだ、いやだ!」と言って逃げ出すのですが、彼女はそれが面白くて、どこまでも追いかけてきます。
今度は私が隠れる番になります。
けれども、私は藪の中へは隠れられませんし、お国さんはこのあたりをよく知っているので、すぐに私を見つけてしまいます。
でも、どうにか隠れてなかなか見つからないとき、お国さんは家へ上がってお菓子を食べているのです。それとは知らず、いくら待っても来ないので「もうよし、夜が明けた!」と言って出ていくと、彼女は口をもぐもぐさせながら出てきて、「あなたにもひとつあげるわ」と言って、金華糖のかけらなどをくれるのでした。

二十九

私たちは、うつし絵が大好きでした。あの油っぽい匂いをかぐときの、なんとも言えない気持ちといったらありません。
「早くついた方が勝ちだ!」と言いながら、貼り付ける場所にベトベトと唾をつけて、「早くくっつけ、早くくっつけ」と呪文のように唱えながら、指でこすりつけているのです。
いろんな色の鳥や獣の絵が転写された手の甲を並べて、いたずらに皮を伸ばしたり縮めたりするのが面白くてたまりません。
少し経って乾いてくると痒くなるのを、周りをそっと掻きながら我慢しています。
時にはお揃いの絵を二の腕に貼り、「いつまでも取っておこうね」と言って着物にこすれないよう大事にしているのですが、明るい朝に見ると、絵はバラバラになって何が描いてあるのか分からないものになっていました。
朝ご飯を済ませるやいなや、お国さんのところへおそるおそる行って、「こんなになっちゃったから、許してね」と言うと、彼女はわざとつんとして、これ見よがしに袖をまくって見せるのです。
すると、彼女の腕の絵もやっぱりメチャクチャになっていて、二人で目を丸くして、「あたしのもこんなになっちゃった」と言い合い、なんだか可笑しくて笑い転げました。
桜の花が散る頃には、花びらを糸に通して、どちらがたくさん集められるかを競ったりしました。
ある日、お国さんの家の玄関の前で、赤のまんまの花を茶碗に盛り、かたばみ草の実をキュウリに見立ててままごとをしていたら、お峰ちゃんが「混ぜてよ」と言ってやってきました。
お国さんは「憎らしいからいじめてやろう」と耳打ちをして、垣根に生えているホウレ草をこっそりと摘みに行き、いきなり「おまえにホウレた、ホウレ草!」と言って投げつけました。
お峰ちゃんも負けない気になって投げ返してきます。
お国さんが手にいっぱい持っているのを半分分けてくれたので、私も日頃の意趣返しとばかりに、思う存分ぶつけてやりました。
「おまえにホウレた、ホウレ草!」
「おまえにホウレた、ホウレ草!」
「おまえにホウレた、ホウレ草!」
不意打ちだったうえに、多勢に無勢で逃げ出したお峰ちゃんを追いかけてメチャクチャにぶつけたら、見る見るうちに背中一面が草だらけになりました。
お峰ちゃんは怖い顔をして睨みつけておいて、ホウレ草をぶら下げたまま帰っていきます。仕返しをされるんじゃないかと怖々見送っていたら、ふいっと振り返って、憎たらしい顔で舌をペロッと出してかけていきました。
蚕豆(そらまめ)の葉を吸うと、雨蛙のお腹みたいに膨らむのが面白くて、畑の葉をちぎっては叱られたりもしました。
山茶花(さざんか)の花びらを舌に乗せて息を吹けば、まるで篳篥(ひちりき)のような音がします。
春になると、お儒者さんのような玄関の前にある李(すもも)の木が、雲のように花をつけます。その青白い花がまばゆい日に照らされて、ツーンとした香りが辺りに漂うのです。
近所の子どもたちはみんなその木陰に寄ってきて、いろんな遊びをします。
子どもたちの声が聞こえると、伯母さんは私を連れて行って、みんなに何やら耳打ちをしてから帰っていきます。
彼らはみんな私より三つ四つ年上でしたが、子煩悩な伯母さんになついて、「〇〇ちゃんちのおばさん、〇〇ちゃんちのおばさん」と呼ぶようになり、自然と私をかばってよく遊んでくれ、子どもらしい世話も焼いてくれました。
おかしなことに、彼らは私よりずっと大きいくせに、何をしてもすぐに負かされてしまうのです。
鬼ごっこをすれば誰も私を捕まえられず、独楽を回せば誰のものも不思議と当たりません。
そして、何がなんだか分からないうちに、こちらが勝ってしまうのです。
家に帰って鼻を高くして話すと、みんなは「えらい、えらい」と言って褒めてくれました。
このぼんやりした自分が、自分の味噌(知恵)をすりつぶされていることに気づくのは、そう簡単なことではありませんでした。

三十

やはりこの辺りに住んで、百姓と商いを半分ずつやっている水飴屋の親父さんがいました。
彼は天気さえ良ければ、必ずチャルメラを吹き吹き、車を引いてやってきます。
あの、すべてのものの調和を打ち壊してしまうような響きが、妙に子どもの胸をときめかせるのです。家にいる者は飛び出し、遊んでいる者は遊びをやめて飛んできて、棒切れを刀に差した奴や、泥だらけの独楽を懐へ押し込んだ奴が車を取り囲んでワイワイと騒ぎます。

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