初級翻訳・銀の匙 第11話

中 勘助

――お国さんのお父様は阿波の藩士で、当時有名な志士だったということを、近頃になって初めて知りました。
――伯母さんはいつのまにか、お国さんが体が弱くておとなしいことや、頭痛持ちであることまで聞き出し、これこそ最高の友達だと思ったのです。
ある日、伯母さんは私をおぶって、お国さんたちが遊んでいる門の中の空き地へ連れて行き、
「ええお子だに、遊んだってちょうだいも」
と言いながら、嫌がる私をそこへ下ろしました。
みんなは少ししらけて見えましたが、すぐにまた元気よく遊び始めました。
私はその日は顔見せだけにして、伯母さんの袂(たもと)につかまって、しばらくそれを眺めてから帰りました。
その翌日も連れて行かれました。
そうして三日、四日と経つうちに、お互いにいくらか親しみがわいてきて、向こうで何かおかしいことがあって笑ったりすれば、こちらもちょいと笑顔を見せるようになりました。
お国さんたちはいつも「蓮華(れんげ)の花ひらいた」をして遊んでいます。
伯母さんはそれから家で根気よくその歌を教え、下稽古(したげいこ)をやらせて、それが立派にできるようになったある日、また私をお向かいの門の中へ連れて行きました。
そうして、もじもじしているのを無理やりお国さんの隣へ割り込ませましたが、意気地のない二人は決まりが悪くて手を出そうとしません。そこで伯母さんは、なにかと上手に言いくるめながら二人の手を引き寄せ、手のひらを重ねさせ、指を曲げさせて上からギュッと握ってやり、ようやく手をつながせました。
これまで一度も人に手など取られたことのない私は、なんだか怖いような気がして、それに伯母さんに逃げられてしまわないかという心配もあり、伯母さんのほうばかり見ていました。
新しくこの調和しがたい新参者が加わったために、子供たちはすっかり興を削がれて、いつまで経っても回り始めません。
それを見て取った伯母さんは、輪の中へ入って景気よく手を叩き、
「あーひーらいた、ひーらいた、なんのはなひーらいた」
と歌いながら、足拍子を踏んで回ってみせました。
子供たちはいつしか釣られて小声で歌い出し、私も伯母さんに促されて、みんなの顔を見回しながらこっそりと歌のあとにつきました。
「ひーらいた、ひーらいた、なんのはなひーらいた、れんげのはなひーらいた……」
小さな輪がそろそろ回り始めたのを見て、伯母さんはすかさず囃し立てます。
歌の声がだんだん高くなって、輪がだんだん速く回ってきます。
平生ろくに歩いたことのない私は動悸がして、目が回りそうです。
手を離したくても、みんなは夢中になってグングンと人を引きずり回します。
そのうちに、
「ひーらいたと思ったら、やっとこさとつーぼんだ」
と言って、子供たちは伯母さんの周りへ一度にすぼんでいったもので、伯母さんは、
「あやまった、あやまった」
と言って輪から抜け出しました。
「つーぼんだ、つーぼんだ、なんのはなつーぼんだ、れんげのはなつーぼんだ……」
つないだまま突き出している手を、拍子に合わせて揺らしながら歌います。
「つーぼんだと思ったら、やっとこさとひーらいた」
すぼんでいた蓮華の花はパッと開いて、私の腕は抜けるほど両方へ引っ張られます。
五、六回そんなことをやるうちに、慣れない運動と気疲れでへとへとにくたびれてしまい、伯母さんに手をほどいてもらって家へ帰りました。

二十七

お国さんは、友達というものの最初の人でした。
はじめのうちは私も伯母さんがそばについていなければ遊べませんでしたし、伯母さんも、いわばポッと出の子供の身の上を気遣ってそばを離れませんでした。ですが、ここは神田あたりとは違って、まったく私のような子のための世界と言ってもいいくらい静かで安全なところであることを見届けて、車がきたら門の中へ入りなさい、溝の端へは寄るなのと細かい注意をくどくどと言い聞かせたのち、一人置いて帰るようになりました。
二人が差し向かいになったとき、お国さんは子供同士が親しくなるときの礼式に従って、父の名、母の名から、こちらの生年月日まで尋ねました。
そして「何の歳だ」と聞かれたので、おとなしく「酉(とり)の歳だ」と答えたら、
「あたしも酉の歳だから仲よくしましょう」
と言って、いっしょに「こけっこっこ、こけっこっこ」と言いながら、袂で羽ばたきをして歩きました。
同じ年は、何となく嬉しく、懐かしいものです。お国さんは、自分の家族が自分のことを「痩せっぽち」だとか「ガリガリ」だとか言うのが悲しいとこぼしていましたが、私もみんなから「タコ坊主」と言われるのがとても悔しかったので、心からお友達の気持ちに寄り添うことができました。
いろいろと語り合ってみれば、意見が驚くほど一致して、私たちはすぐに仲良しになりました。
お国さんは浅黒い肌で、鼻筋の通った痩せた子でした。前髪を下げて、赤い布で結んだおさげ髪をしていました。
私たちは虫に食われた門柱にもたれかかったり、しゃがみ込んで泥遊びをしたりして、頭がくっつきそうなほど顔を寄せ合いながら、「昨日どの歯が抜けた」とか「どの指にトゲが刺さった」なんていう他愛のない話を喋り合っては、お互いに話が合うと、なんとなく「あはははは」と笑い転げました。
お国さんはちょうど糸切り歯が一本抜けていて、笑うたびにそこが洞穴みたいに見えるのが面白かったです。
家では伯母さんばかりを相手にしていた私でしたが、お国さんと友達になってからは、良いことも悪いことも急に知恵がついてきました。それでも、同じ歳とはいえ、お国さんの方がずっとしっかりしていたので、私はなんでも彼女の言うことを聞いて一緒に遊んでいました。
近所には、私たちより一つ年上のお峰ちゃんという子がいました。
お峰ちゃんは意地悪なうえにひどい焼きもち焼きで、みんなから嫌われていました。でも、毎日顔を合わせるので、子供同士の付き合いとして、時にはどうしても一緒に遊ばなければならないことがありました。
ある日のこと、またお国さんと歳の話になって「こけっこっこ、こけっこっこ」と言いながら羽ばたきをして遊んでいたら、お峰ちゃんは「あたしは申年だから!」と言って、キャッキャと私たち二人をひっかいてきたのです。

二十八

お国さんの櫛は赤く塗られていて、菊の花の蒔絵が施されていました。
緋色と水色の縮緬(ちりめん)で作った、薬玉(くすだま)の形の簪(かんざし)も持っていました。
お国さんは、何か新しいものを買ってもらうと自慢げに見せびらかしておきながら、いざこちらがよく見ようとすると袖の中に隠してしまい、私をじれったがらせるのです。
私はそんなものを見るたびに、自分が女の子に生まれなかったことを悔やみ、「どうして男の子は女の子みたいに綺麗にしないんだろう」と思ったりしました。
お国さんは、かくれんぼをしようとするときはいつも、「昨日、裏の藪から三つ目小僧が出たのよ」とか「山カガシという蛇がとぐろを巻いていたわ」などと私を怖がらせておいてから、李(すもも)の木の陰で目を閉じさせ、どこかへ隠れてしまうのでした。
私は家をぐるりと一周して、裏庭のほうへ探しに行きます。

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