」
ぼくはかいてみた。
ぼうやは、しょうがないなあというふうにわらった。
「見てよ……これ、ヒツジじゃない。オヒツジだ。ツノがあるもん……」
ぼくはまた絵をかきなおした。
だけど、まえのとおなじで、だめだといわれた。
「これ、よぼよぼだよ。ほしいのは長生きするヒツジ。」
もうがまんできなかった。
はやくエンジンをばらばらにしていきたかったから、さっとこういう絵をかいた。
ぼくはいってやった。
「ハコ、ね。きみのほしいヒツジはこのなか。」
ところがなんと、この絵を見て、ぼくのちいさなしんさいんくんは目をきらきらさせたんだ。
「そう、ぼくはこういうのがほしかったんだ! このヒツジ、草いっぱいいるかなあ?」
「なんで?」
「だって、ぼくんち、すごくちいさいんだもん……」
「きっとへいきだよ。あげたのは、すごくちいさなヒツジだから。」
その子は、かおを絵にちかづけた。
「そんなにちいさくないよ……あ! ねむっちゃった……」
ぼくがあのときの王子くんとであったのは、こういうわけなんだ。
3
その子がどこから来たのか、なかなかわからなかった。
まさに気ままな王子くん、たくさんものをきいてくるわりには、こっちのことにはちっとも耳をかさない。
たまたま口からでたことばから、ちょっとずつ見えてきたんだ。
たとえば、ぼくのひこうきをはじめて目にしたとき(ちなみにぼくのひこうきの絵はかかない、ややこしすぎるから)、その子はこうきいてきた。
「このおきもの、なに?」
「これはおきものじゃない。とぶんだ。ひこうきだよ。ぼくのひこうき。」
ぼくはとぶ、これがいえて、かなりとくいげだった。
すると、その子は大きなこえでいった。
「へえ! きみ、空からおっこちたんだ!」
「うん。」と、ぼくはばつがわるそうにいった。
「ぷっ! へんなの……!」
この気まま王子があまりにからからとわらうので、ぼくはほんとにむかついた。
ひどい目にあったんだから、ちゃんとしたあつかいをされたかった。
それから、その子はこうつづけた。
「なあんだ、きみも空から来たんだ! どの星にいるの?」
ふと、その子のひみつにふれたような気がして、ぼくはとっさにききかえした。
「それって、きみはどこかべつの星から来たってこと?」
でも、その子はこたえなかった。ぼくのひこうきを見ながら、そっとくびをふった。
「うーん、これだと、あんまりとおくからは来てないか……」
その子はしばらくひとりで、あれこれとぼんやりかんがえていた。
そのあとポケットからぼくのヒツジをとりだして、そのたからものをくいいるようにじっと見つめた。
みんなわかってくれるとおもうけど、その子がちょっとにおわせた〈べつの星〉のことが、ぼくはすごく気になった。
もっとくわしく知ろうとおもった。
「ぼうやはどこから来たの? 〈ぼくんち〉ってどこ? ヒツジをどこにもっていくの?」
その子はこたえにつまって、ぼくにこういうことをいった。
「よかった、きみがハコをくれて。よる、おうちがわりになるよね。」
「そうだね。かわいがるんなら、ひるま、つないでおくためのロープをあげるよ。それと、ながいぼうも。」
でもこのおせっかいは、王子くんのお気にめさなかったみたいだ。
「つなぐ? そんなの、へんなかんがえ!」
「でもつないでおかないと、どこかに行っちゃって、なくしちゃうよ。」
このぼうやは、またからからとわらいだした。
「でも、どこへ行くっていうの!」
「どこへでも。まっすぐまえとか……」
すると、こんどはこの王子くん、おもいつめたようすで、こうおっしゃる。
「だいじょうぶ、ものすごおくちいさいから、ぼくんち。」
それから、ちょっとさみしそうに、こういいそえた。
「まっすぐまえにすすんでも、あんまりとおくへは行けない……」
4
こうして、だいじなことがもうひとつわかった。
なんと、その子のすむ星は、いっけんのいえよりもちょっと大きいだけなんだ!
〈しょうわくせいB612の王子くん。〉
といっても、大げさにいうほどのことでもない。
ごぞんじのとおり、ちきゅう、もくせい、かせい、きんせいみたいに名まえのある大きな星のほかに、ぼうえんきょうでもたまにしか見えないちいさなものも、なん100ばいとある。
たとえばそういったものがひとつ、星はかせに見つかると、ばんごうでよばれることになる。〈しょうわくせい325〉というかんじで。
ちゃんとしたわけがあって、王子くんおすまいの星は、しょうわくせいB612だと、ぼくはおもう。
前にも、1909年に、ぼうえんきょうをのぞいていたトルコの星はかせが、その星を見つけている。
それで、せかい星はかせかいぎ、というところで、見つけたことをきちんとはっぴょうしたんだけど、みにつけているふくのせいで、しんじてもらえなかった。
おとなのひとって、いつもこんなふうだ。
でも、しょうわくせいB612はうんがよくて、そのときのいちばんえらいひとが、みんなにヨーロッパふうのふくをきないと死けいだぞ、というおふれを出した。
1920年にそのひとは、おじょうひんなめしもので、はっぴょうをやりなおした。
するとこんどは、どこもだれもがうんうんとうなずいた。
こうやって、しょうわくせいB612のことをいちいちいったり、ばんごうのはなしをしたりするのは、おとなのためなんだ。
おとなのひとは、すうじが大すきだ。
このひとたちに、あたらしい友だちができたよといっても、なかみのあることはなにひとつきいてこないだろう。
つまり、「その子のこえってどんなこえ? すきなあそびはなんなの? チョウチョはあつめてる?」とはいわずに、「その子いくつ? なんにんきょうだい? たいじゅうは? お父さんはどれだけかせぐの?」とかきいてくる。
それでわかったつもりなんだ。
おとなのひとに、「すっごいいえ見たよ、ばら色のレンガでね、まどのそばにゼラニウムがあってね、やねの上にもハトがたくさん……」といったところで、そのひとたちは、ちっともそのいえのことをおもいえがけない。
こういわなくちゃ。
「10まんフランのいえを見ました。」すると「おおすばらしい!」とかいうから。
だから、ぼくがそのひとたちに、「あのときの王子くんがいたっていいきれるのは、あの子にはみりょくがあって、わらって、ヒツジをおねだりしたからだ。ヒツジをねだったんだから、その子がいたっていいきれるじゃないか。」とかいっても、なにいってるの、と子どもあつかいされてしまう!
でもこういったらどうだろう。
「あの子のすむ星は、しょうわくせいB612だ。」そうしたらなっとくして、もんくのひとつもいわないだろう。
おとなってこんなもんだ。
うらんじゃいけない。おとなのひとに、子どもはひろい心をもたなくちゃ。
でももちろん、ぼくたちは生きることがなんなのかよくわかっているから、そう、ばんごうなんて気にしないよね!
できるなら、このおはなしを、ぼくはおとぎばなしふうにはじめたかった。
こういえたらよかったのに。「むかし、気ままな王子くんが、じぶんよりちょっと大きめの星にすんでいました。
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