初級翻訳・こがね丸 第5話

こがね丸

近づいてよくよく見てみると、耳が尖って口元も鋭く、間違いなく狐なのですが、その尾の先の方の毛が抜けていて、なんとも見苦しい姿でした。
この時、黄金丸はこう思いました。
「以前、文角(ぶんかく)という犬が話してくれた物語に、聴水(ちょうすい)という狐は、かつてわが父・月丸の主人のために、尾の先を噛み切られたと聞いた。今この狐を見ると、尾の先がなくなっている。恐らくあれは聴水に違いない。ああ、なんとありがたいことか。ここで出会えたのは天の恵みだ。一噛みで……」
そう思いましたが、黄金丸は義を知る獣です。寝ている相手を噛み殺すのは潔いことではありません。それに、もし人違いで他の狐であったなら、無益な殺生をしてしまうことになります。
そこで、少し近くまで忍び寄ってから、一声高く「聴水!」と呼びかけました。件の狐は驚いて、目も開けぬまま、ひと間ほど飛びのくと、慌てふためいて逃げ出しました。
「逃がすものか!」と黄金丸は叫びながら追いかけます。
相手の狐も必死で、畑の作物を蹴散らして里の方へ走りました。やがてある民家の外側に、ぐるりと巡らされた生垣を、ひらりと飛び越えて家の中に逃げ込みました。
続いて黄金丸も生垣を越え、家の中を通り抜けようとした時、六歳ほどの子供が夢中で遊んでいるのを誤って蹴倒してしまいました。子供が「ああっ」と泣き叫ぶと、その声を聞きつけた親らしき三十歳ほどの大男が、裏口から飛び出してきました。
今まさに走り出ようとする黄金丸を見るや否や、男は「さてはこいつが子供を噛んだな」と勝手に思い込み、激しい怒りに任せて、そばにあった手頃な棒を掴み、黄金丸の真上から骨も砕けよとばかりに打ち下ろしました。黄金丸は肩を打たれ、「うっ」と一声あげる暇もなく、後ろへバタリと倒れ込みましたが、なおも続けざまに打ち据えられ、やがて太い麻縄でぎゅうぎゅうと縛り上げられてしまいました。
その隙に、あの聴水は危うい命を拾い、どこへともなく逃げ去ってしまいました。
黄金丸は無念さに耐えかね、歯を食いしばって吠え立てます。
「この野郎、人間の子を傷つけておきながら、まだ飽き足らずに暴れるのか。憎たらしい狂犬め、今に思い知らせてやる!」
男はそう罵りながら、黄金丸を裏手にある槐(えんじゅ)の木に繋ぎつけました。
親の仇であるはずの聴水を見つけ出し、討ち取ろうとした矢先に、仇は逃げ失せ、あまつさえ自分は身に覚えのない罪で縛られ、理不尽な杖の痛みを受けるという悲しさ。
いくら猛々しい黄金丸でも、人間に牙を向くわけにはいきません。じっと無念をこらえますが、悔し涙で地面は掘れ、悶え踏みしめる足に木も揺れ動くほどでした。

一方、鷲郎は、今朝から黄金丸が「用事がある」と言って里へ出たまま、日が暮れても戻らないため、次第に不安を感じていました。
何度も門の外へ出てはあちらこちらを眺めますが、それらしい影さえ見当たりません。
万一、誰かの手にかかって怪我でもしているのではないか――そう思うものの、「あいつは元よりただの犬ではないし、無闇に犬打ち師に叩かれるようなこともないだろう。とはいえ、心細いことだ」と、しきりに気を揉みながら、自分も里の方へ呻くような声で呼びかけながら歩いていました。
ある民家のそばを通りかかった時、ふと垣根の中で苦しげな呻き声が聞こえました。
耳を澄ませて聞き耳を立てると、どうも黄金丸の声に似ています。
鷲郎はもう迷いません。生垣の穴から中へ入ろうとしましたが、あいにく枳殻(からたち)の鋭い針が腹に刺さります。それを辛うじてくぐり抜け、声のする方へ忍び寄りました。
太い槐の木に括り付けられて蠢いているのは、間違いなく黄金丸でした。
鷲郎はさっと走り寄って黄金丸を抱き起こし、耳元で「おい、黄金丸。しっかりするんだ! 私だ、鷲郎だぞ」と呼びかけました。その声が耳に届いたのか、黄金丸は苦しげに頭をもたげ、「これは鷲郎か。……嬉しい」と言うのが精一杯で、息も絶え絶えです。鷲郎は急いで縄を噛み切り、体に負った傷を舐めながら、「どうしたんだ黄金丸、苦しいのか。一体どうしてこんな姿に……」と、心配しながら尋ねました。
黄金丸は身を震わせながら、こうして縛られた経緯を言葉短かに語り聞かせ、「とにかくここを立ち去ろう。見つかれば命が危ない」と言うと、鷲郎もそれを心得て、深い傷に苦しむ黄金丸を背負い、元来た穴を抜けて、自分たちの棲家へと急ぎました。

第七回

鷲郎に助けられて、黄金丸はなんとか棲家へ帰りついたものの、それからというもの体中が痛んでたまりません。
おまけに右の前足の骨を挫いてしまい、何の役にも立てないため、悔しさといったらありません。
「自分はこのまま不具の犬となってしまうのか。長年の宿願はいつ叶うというのか。この宿願を果たせねば、育ての親である文角殿にも、合わせる顔がない」
そう言っては歯を食いしばり、自分を責めるのでした。鷲郎もその心中を察して、共に無念の涙に暮れましたが、「そう嘆くな。世の中には七転び八起きという言葉があるだろう。心静かに養生すれば、そのうち必ず癒える。私がそばにいるのだから、心強く持て」と、時には厳しく、時には励ましながら、一生懸命に介抱しました。しかし、目に見えるほどの回復の兆しは見えず、黄金丸はひたすらに心を焦がすのでした。
ある日、鷲郎は食料を得るために午前中から猟に出かけ、黄金丸だけが寺に残っていましたが――。折しも小春日和の空は穏やかで、斜めに差し込む日差しがぽかぽかと暖かく、黄金丸は床をすべり出て、縁側に座り込んで一人でうつうつとしていました。
すると突然、天井裏で物音がして、助けを求めるネズミの鳴き声がやかましく聞こえてきました。
やがて黄金丸のそばに一匹の雌ネズミが走り寄ってきて、足の下に隠れ込み、まるで救助を乞うているようです。
黄金丸はたいそう不憫に思い、その雌ネズミを小脇に隠して、一体何者に追われているのかと辺りを見渡すと、破れた板戸の影に身を潜めてこちらをうかがう一匹の黒猫がいました。
よく見れば、先日鷲郎とあのキジを争った際、隙を狙ってキジを盗み去ったあの猫ではありませんか。
黄金丸は大いに怒って一飛びに食いかかり、慌てて柱を登る黒猫の尾をくわえて引きずり下ろしました。
そのまま踏みつけて噛み裂き、その場ですぐに息の根を止めてしまいました。
この時、雌ネズミは恐る恐る黄金丸の前へ這い寄り、丁寧に前足を合わせて、何度も頭を垂れて命を救ってくれた恩を感謝しました。黄金丸はにっこりと笑って、「お前はどこに住むネズミなのか。また、あの猫はどうして、お前を傷つけようとしたのだ?」と尋ねました。
ネズミは少し膝を進めて、「はい、殿、お聞きください。私の名は阿駒(あこま)と申して、この天井裏に住むネズミでございます。また、この猫は烏円(うえん)といい、この辺りに住む無頼猫ですが、以前から私に思いを寄せ、無理やり言い寄ってきました。私には決まった相手がいるので、決して承知するはずもなく、いつもきっぱりと断って相手を窘めていたのです。

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