これも日頃、気疎ましいと思っていた黄金丸という奴を亡き者にしたので、胸にわだかまっていた雲霧が一時に晴れたからだろう……。それにしても、なんとよく照る月か。私がもし狸であれば、腹鼓でも打つところだ」
と、あの黒衣の真っ赤な嘘を、それとも知らずに聴水が軽々しくも信じ込んでいるのは、長年積み重ねてきた悪業の天罰がここに報いとなって現れたもの。今照っている空の月影こそが、その身の運の尽きであるとは悟ることもできず、ひたすらに浮かれているのは愚かなことです。
折しも、微かに吹く風のままに、どこからともなく、とても良い香りが漂ってきました。怪しいと思って改めて嗅いでみると、それはまさに自分の大好物、鼠の天麩羅の匂いです。聴水はたちまち目を細めて、
「なんと甘く、うまそうな匂いか。どこぞの誰が私のためになど、このようなご馳走を用意したのか。さっそく行ってご馳走になろう」
と、道なき茂みを踏み分けながら、香りを頼りに辿っていきました。いよいよその物が近く感じられ、香りがしきりに鼻を突くので、心も魂も今や上の空です。あちらこちらと探すと、小笹が一叢茂っている中に、ついに見つけました、鼠の天麩羅を。
「しめた!」と飛びついて噛みつこうとした瞬間、パッと音がして、その首が何かに縛り付けられました。
「南無三、罠だったか! なんとも鈍く、釣られてしまったことが悔しい。だが、人間が来ないうちに逃げられるだけ逃げてみよう」
と力の限り暴れ回りましたが、どうにもなりません。それどころか喉は次第に締め付けられていき、苦しいことこの上ありません。そんなところへ、左右の小笹がザワザワと音を立てて、出てくるものがありました。
「さては、いよいよ猟師か」
と見れば、それは人間ではなく、とてもたくましい二匹の犬でした。この時、右側にいた犬が進み出て、「おい、聴水。私を見覚えがあるか」と言いました。聴水は覚束ない足取りでその犬を見やると、なんと、昨日黒衣に射殺させたはずの黄金丸ではありませんか。再び大きく驚いて何か言おうとしましたが、声は出ず、ただ目を見開いて悶えるばかりです。
犬はなおも言葉を続けました。
「どうだ、苦しいか。さもありなん。だが耳があるならよく聞くがいい。お前はよくも私の父を騙して、金眸に噛み殺させたな。私もまたお前のせいで、罪もないのに人間に打たれて、足をひどく傷つけられたのだから、重なる恨みはとても深い。それなのに、お前はその後、私を恐れて里の方へは少しも姿を見せないから、恨みを晴らすこともできず、とても本意なく思っていた折、朱目(しゅもく)殿の教えに従って、今宵ここに罠を掛けて、密かにお前が来るのを待っていたのだ。先に私のために命を捨てた阿駒の真心が通じたのか、鈍くもお前は釣られて罠に落ちた。これも逃れられぬ天命だ。今こそお前を思いのままに、肉を破り骨を砕き、寸断に噛み裂いて私の恨みを晴らしてやる。思い知ったか、聴水!」
と言い終えるか終えないかのうちに、左右から掴みかかって噛みつこうとした、その時です。思いがけず背後から、「黄金丸、しばらく待て。私に少し考えがある」という声が響きました。「この者の命は今しばらく、助けてやってくれ」と声をかけながら、ゆっくりと姿を現す者がいました。
二匹は驚いて、何者かと月明かりに透かしてみれば。
いつの間にやって来たのか、それは黄金丸の育ての親である、牡牛の文角(ぶんかく)でした。
「これはこれは」とばかりに、二匹は再び魂を消さんばかりに驚きました。
第十三回
このような場所に文角が現れるとは思いも寄らないことだったので、黄金丸の驚きようは並大抵ではありません。
「珍しいですね、文角の主(ぬし)。いったいどうしてここへ来られたのですか。それはさておき、その後はお元気そうで何よりです」と一礼すると、文角は頷き、「その驚きはもっともだが、これには少しばかり事情がある。さて、そこにいる犬殿は」と、鷲郎を指して尋ねました。
黄金丸も振り返って、「こちらは鷲郎の主といって、先日のあのような出来事から図らずも兄弟の誓いを交わした、世にも頼もしい勇犬です。そして鷲郎、この牛殿こそが、私が日頃から話していた育ての親、文角の主です」と互いに紹介すると、文角も鷲郎も恭しく一礼し、初対面の挨拶を交わしました。
黄金丸は改めて文角に向かい、「それにしても文角の主、どのような事情があって今宵ここへ来られたのですか」と急いで尋ねました。
すると文角は、「それならよく聞いておくれ。わし自身、お前たちと今宵ここで出会うことなど、夢にも思っていなかった。今日、主人の家の使いに引かれて、この辺りの市場へ塩鮭や干鰯(ほしか)、米などを車に積んで運んできたのだが、あの大藪の陰を通ったとき、一匹の狐が物陰から現れて、わしの車の上に飛び乗り、肴を取って投げ落としたのだ。
『こら、憎い野良狐め』とよくよく見れば、日頃から憎らしいと思っているあの聴水ではないか。あいつはまだ黄金丸の牙にかからず、この辺りを徘徊してこんな悪事を働いていたのか。すぐに一突きにしてやろうと気は焦ったが、どうにも車に繋がれている身では、思うように動くこともできない。主人に知らせようとしたが、悲しいかな言葉が通じないため、主人は少しも気づかず、せっせと肴を盗み取られてしまった。
やがて市場に着いたあと、積み荷の三分の一がなくなっていることに初めて気づいた主人はひどく狼狽し、散々罵り狂っていた。途中で落としたのかと引き返して探したが、影も形も見当たらないので、今はもう仕方がないとあきらめた。
だが、あきらめきれないのはわしの心の中だ。あの聴水の仕業であることを目の前で見て知っていただけに、無念でたまらない。とりわけ、あいつは黄金丸にとって不倶戴天の敵なのだから、恨みはひとしおだ。よし、今宵は捕まえて、後で黄金丸に会ったときの手土産にしてやろうと心に決めて、先ほど牛小屋を忍び出し、あちこちと探し回っていたところ、偶然この場所に行き着いた。思いがけずお前たちと出会えたことも不思議だが、憎き聴水がこうして捕まっているのを見られたのは嬉しい限りだ」と語りました。
それを聞いた黄金丸は、「それは文角の主にまでひどい悪戯をしたものだ。返す返すも憎い聴水め、今に思い知らせてやる」と噛みかかろうとしましたが、文角は再び「しばらく待て」と押し隔てました。
「そんなに焦るな黄金丸。あいつはすでに罠に落ちたのだから、俎板(まないた)の上の魚も同然、殺すも生かすも思うがままだ。しかし、あの聴水は金眸(こんもう)の腹心なのだから、あいつを責めれば自ずと金眸の洞窟の様子も分かるはずだ。しばらくわしのやり方を見ていろ」と言いながら進み寄り、聴水の襟首を引掴んで罠を緩めると、自分の膝の下に引き据えました。
「おい、聴水。こうして我ら二匹の計略に落ちた以上、お前の悪運もこれまでだとあきらめろ。もともと貴様は稲荷大明神の神使なのだから、その役割をしっかり守っていれば、人も尊んで傷つけたりはしなかっただろうに。性根が邪悪で欲深いために、供え物の煎豆腐くらいでは満足できなかったのだな。
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