初級翻訳・ちいさこべ 第2話

ちいさこべ

そうした立地が幸いしたのか、隣町のお屋敷の一角と、この福田屋だけは奇跡的に焼け残った。
「一面の焼け跡で不用心だからと、奥の方たちはまだ目白の親戚のところにいるそうですが、店はもう開けていましたよ」
「そいつはよかった」茂次は言った。
『大留』の焼け跡にも、仮の小屋が建てられていた。
火事では留造夫婦と一緒に、倉太と銀二という二人の弟子が亡くなったが、くろは助二郎の家へ手伝いに行っていたため助かった。
助二郎は通いで『大留』の帳場を任されており、四十五歳で、妻のおろくとの間に子供が三人いる。
家は下谷の御徒町にあり、くろはその家の勝手口を直すために泊まり込んでいたのだという。
出入りの職人にも二人ほど焼死者が出たが、ほかの者はすぐに駆けつけて来て、木場の「和七」と相談のうえで『大留』の再建に取りかかっていた。
和七の先代の主人は和泉屋七兵衛といって、亡くなった留造に潰れかかった木場の店を二度も救われたことがあり、生涯その恩を深く感じていた。
今の七兵衛はその息子だが、父親の遺志を継ぐつもりなのだろう。自らやって来て「材木のことは手を打った。必要ならいくらでも回す」と言ってくれ、とりあえず仮小屋を建てることになったのだという。
三度目に戻ってきた大六は、すでに三件の建築依頼が入っており、助二郎が指揮を執って職人や木材の割り当てを済ませた、と報告した。
それから、仮小屋にはくろのほかに、焼け出された弟子筋の職人が三人、仕事の都合で泊まり込んでいること、その世話をするために女を一人雇ったことなどを告げた。
茂次は「うん、うん」と聞くだけだったが、大六はそこで少し頭をかきながら口ごもった。
「なんだ?」茂次が不審そうに聞いた。
「おりつっていう娘を知ってますか」大六が言った。「炭屋の裏長屋にいて、おふくろがうちの店へ手伝いに来ていた子です」
「知ってるよ」茂次は言った。「雇ったのは、あの娘だったのか」
茂次は大六の顔をじっと見た。「……あいつ、どこかの茶屋に奉公に出てたんじゃなかったのか?」

「並木町の『天川』という店だったそうですが」と大六は答えた。「それが実は、例の大火事で母親まで焼け死んでしまいましてね。すっかり途方に暮れていた様子だったものですから」

「おいくも焼け死んだのか……」茂次は遠くを見るような目つきをした。「それは可哀想なことをしたな」

「ええ。それで、もう茶屋奉公を続ける張り合いもなくなってしまったそうで、『もしできるなら、生まれ育ったこの町内で、まっとうな暮らしがしたい。みんなの食事の支度や洗濯などを引き受けるから』と頼み込んできたもんで」

「わかった。おりつならいいだろう」

「あっしもそう思ったんですがね」

茂次は再び大六の顔を見た。「……何か言いそびれていることがあるんだろう」

「言いそびれているというほどでもないんですが」と大六はまた頭を掻いた。「実はこのあいだ行ってみると、あの娘が子供たちを集めて面倒をみているんですよ。火事で親兄弟をなくした子供たちをですね」

「それで?」と茂次がじれったそうに促した。

「それで、つまり……一人や二人ならまだしも、いつの間にか十二、三人にもなってしまっていましてね」

「だめだ」と茂次は首を振った。「そんな馬鹿なことができるわけがない。すぐに追い出せ」

大六は困り果てた様子で、それがなかなかそうもいかないのだ、と説明した。娘なりに理屈があって、どうしても首を縦に振らないのだという。

「あいつは昔からおせっかいなやつだった」と茂次が言った。「よし、今は放っておけ。おれが帰ったらきっちり片づけてやる」

波津音の普請(家屋の修繕)は十月のはじめに終わった。
この間に、高輪の「大伊」と浅草あべ川町の兼六という二人が、川越まで弔問に訪れた。
大伊の伊吉は亡き留造の弟分で、茂次は小さい頃から「高輪のおじさん」と呼んでいた相手だ。
兼六は「大留」から独立した職人で、弟子の中では一番の古参であり、もう六十歳に近かった。
二人は留造夫婦の死を悼み、茂次がしっかりと仕事場を守り抜いたことを褒めた。そして、葬儀のことや「大留」の再建について相談に乗ろうと申し出た。
茂次はもともと口下手で、何かを言うにしても、まるで枯れ枝を折るような、ぶっきらぼうな物言いしかできない。その時もいつもの通りで、弔問には礼を述べたものの、相談に乗るという申し出はきっぱりと断った。

「葬式は当分出すつもりはありません」と茂次は言った。「そんな金もありませんし、もしあるのなら仕事のほうへ回すのが先ですから」

「だからこそ、その相談に来たんだ。金のことならなんとでもしてやるから」

「いいえ、葬式は当分出しません」と茂次は頑固に首を振った。「それに、大留を建て直すにしても自分の腕でやってみるつもりです。どうか私のことは放っておいてください」

二人は茂次の気性をよく知っていたので、「それなら、江戸へ戻ってから改めて話すことにしよう」と言って帰っていった。
大六はこのやり取りをはらはらしながら聞いていたが、二人が去るとすぐに、あんな挨拶はないと怒った。
「相手にもよるでしょう。高輪とあべ川町は親類も同然ですぜ。わざわざこんな川越の遠くまで来てくれて、力になろうと言ってくれているのに、それをあんな言い方で……」

「うるせえ」と茂次が遮った。「おれにはおれの考えがあるんだ。はっきり言っておくが、これからは仕事のこと以外で余計な口出しはするな」

大六は黙って頭を垂れた。

「わかったのか」と茂次が言った。

「わかりました」と大六は答えた。

普請がすべて終わり、茂次はみんなを連れて江戸へ戻った。
板橋で日が暮れ、本郷台から外神田へ下りる頃にはもう真っ暗で、周りの様子はよく見えなかった。しかし、湯島から下は一面に黒く、灯りもまばらで、言葉にできないほど荒涼とした景色だった。
和泉橋を渡って岩井町へ着くまで、どちらを見ても焼け跡ばかりだった。表通りにぽつぽつと建っている家も、みな仮小屋か、それに近い粗末な建物ばかりだった。
「大留」の店は元の場所にあったが、本建築をするための土地を空けて、二丁目のほうへ寄った端に建てられていた。
板を打ち付けて作った完全な仮小屋で、横に長く、佐久間町のほうへ向かって戸口があり、「大留」と書かれた提灯が、周りの焼け跡に明るい光を投げかけていた。
松三の先触れで、戸口の前に立っていた出迎えの者たちが、われ先にと挨拶するのを聞きながら、茂次は口の中でそっと呟いた。
「お父っつぁん、おっ母さん、いま帰りました」

三

明くる朝、茂次は子供たちの騒ぐ声で目を覚ました。
横に長いその小屋は三つに区切られていた。
東の端が茂次、西の端がおりつの部屋で、勝手が付いている。
その真ん中が職人たちの部屋で、十二畳ほどの広さだった。
――前の晩はそこで酒盛りをしたのだが、子供たちの姿は見えなかった。
おりつも酒や肴を運んだり下げたりするだけで、少しも席に落ち着いておらず、自然と話をする機会もなかった。そのため子供たちのことはすっかり忘れていたのであるが、その騒ぎで目を覚ますと、いきなりはね起き、障子をあけて「うるせえ」とどなった。

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