初級翻訳・ちいさこべ 第3話

ちいさこべ

そこは板敷で、薄縁(うすべり)を敷いた上に、夜具を並べて寝るようになっている。
切り窓の障子が明るんでいて、隅のほうでくろが一人、掛け布団を頭までかぶって寝ており、まん中の広いところでは、十何人もの子供たちが、くちゃくちゃにした夜具の上で暴れていた。
高い怒鳴り声と、茂次の姿を見て、子供たちは取っ組み合いをやめ、ぴたっと沈黙した。
「原っぱじゃあねえ、静かにしろ」と茂次はまたどなった。
そこへ、向こうの障子をあけて、前掛けで手を拭きながら、おりつが出てきた。
頭に手拭いをかぶり、襷(たすき)を掛けていて、茂次に目礼しながら、子供たちを叱った。
茂次は子供たちを見た。
十三歳くらいになるのが一人、小さいほうは五歳くらいだろう、数えてみると十二人いた。
「話があるから来てくれ」と茂次がおりつに言い、そしてくろに向かってどなった、「いつまで寝ているんだくろ、起きろ」
正吉と松三は見えなかった。
ゆうべ酒盛りのあとで遊びに出かけたのだろう。
倉太と銀二もいない、と思ったが、すぐに、二人が焼け死んだことに気づき、胸を締め付けられるように感じながら目をそらした。
「いまご飯の支度をしているんですけれど」
とおりつが言っていた、「朝ご飯のあとじゃいけないでしょうか」
茂次は頷いて障子を閉めた。
彼が着替えをしていると、おりつが来て夜具をたたみながら、井戸端に支度がしてあると言った。
茂次は裏へ出ていった。
前には内井戸だったのが、家が焼けたのでいまは外になっている。
井戸端も新しく、流しも新しい。
彼は水の汲んである半桶(はんどう)を置き直し、房楊枝(ふさようじ)を使いながら、ここが勝手の土間だったと思い、慌てて首を振り、目をそむけた。
「おい」と茂次は自分に言った、「こんなことは二度と考えるなよ」
焼け跡の端に「福田屋」が見えた。
植え込みの松の枝や、黒板塀の一部は焦げているが、二階造りの住居も、三棟の土蔵も元のままであった。
よく残りやがった、茂次はそう思いながら、口の中でそっと呟いた。
「すぐに追いついてみせるぜ」
茂次の部屋には、仮の仏壇が作ってあり、晒(さら)し木綿で包んだ遺骨の壺が、その中に二つ安置してあった。
蝋燭立て、鉦(かね)、線香立て、花立てなども、安物だがひと通り揃っていた。
しかし茂次はそれらの仏具をすっかり取り除いてしまった。
ちょうど盛り物を持って来たおりつが、それを見て不審そうに言った。
「それは源心寺のお住持(じゅうじ)さんが持って来てくれたんですけれど」
茂次は「みんな返してくれ」と言った。
それからおりつの持っている盛り物を受け取り、自分で仏壇に供え、明日からは自分がするから、仏壇のことに手を出さないでくれ、と言った。
「若棟梁のお膳はいま持って来ます」とおりつが言った、「あっちはごたごたしていますからこちらで召し上がってください」
茂次は不機嫌に頷いた。
おりつに何か言われたのだろう、子供たちは静かにしていた。
茂次の食事が終わりかけたとき、正吉と松三が帰ったようで、くろとこそこそ話すのが聞こえ、それから障子の向こうへ来て、三人で朝の挨拶をした。
茂次は茶を啜(すす)ると、すぐに立って外へ出た。
町内をぐるっと見てから、堀を越して白かね町、本町、一石橋のほうまで行き、戻ってきて福田屋へ寄った。
まだ店は開いておらず、住居のほうを覗くと、息子の利吉が庭を掃いていた。
「いまひと回りして来たんだ」と茂次が言った、「知っているうちはみんなやられちゃったな」
「一石橋の枡屋へ行ったか」
「土蔵まで焼け落ちてた」
「大野屋がやられ、新石町がやられた」と利吉が言った、「友達のところはみんな焼けてうちだけ残ったもんだから、なんだか悪いことでもしたようで、肩身が狭くていけないよ」
そして、焼けた友人たちはみな立ち退いてしまい、残っているのはこの二人だけらしい。
ほかの者はもう戻っては来ないようだ、と付け加えた。
茂次が訊いた、「おばさんたちはまだ目白のほうか」
「まわりがこのとおりで物騒だからね」
「うん」と茂次は頷き、ちょっと口ごもってから、「お前に断わることがあって来たんだ」と言った、「俺はこれから、やり直さなくちゃあならない、それで、大留がすっかり立て直るまで、いっさいの付き合いをやめるつもりだ」
「それはおかしいよ、こんなときにこそ付き合いが役に立つんじゃないのか」
「付き合いは対等でやりたいんだ」と茂次は言った、「意固地(いこじ)かもしれないが、性分だからしようがねえ、頼むよ」
利吉は口をつぐんだ。
「親父やお袋のことを言わずにいてくれて、――」と茂次が言った、「ありがとう」
そしてさっさとそこを去った。戻ってゆくと、小屋のうしろの空き地で、子供たちが遊んでいた。茂次の姿を見るやいなや、みんな急に静まり返った。
遊びを中断し、体を強張らせて、じっと茂次のほうを見つめている。
どの顔にも、恐れと不安の色がはっきりと浮かんでいた。
茂次は立ち止まって彼らを見た。
大きいほうの子供たちは目をそらし、じりじりと後ろへ下がっていく。
茂次がなおも見つめていると、五歳くらいの男の子が、そばにいたもっと小さい女の子を抱き寄せ、泣き出しそうな笑顔を作りながら、「棟梁のおじさん」と呼びかけた。
「棟梁のおじさん、この子、あっちゃんていうんだよ」
女の子を抱き寄せたその様子は、まるで茂次から何かされるのを防ごうとしているようで、泣きべそよりもなお悲痛なその作り笑いは、まともに見ていられないほどだった。
茂次は目をそらし、戸口のほうへ回っていくと、おりつが表を掃いていて「お帰りなさい」と声をかけた。
「ちょっと来てくれ」
そう言って茂次は家の中へ入った。

四

茂次の部屋で、おりつは事情を話した。
大きな火事のあとには、多かれ少なかれ孤児が生まれる。
親類や田舎がある者はそちらへ引き取られていくが、それ以外の者は救助小屋に集められ、やがて元の町内に預けられることになっていた。
たいていはそれで解決するのだが、条件が悪かったり、他人の厄介になるのを嫌がったりする者は、浮浪児になってしまう。
いま家にいるのもそういう子供たちで、元の住所がわかっている子は、すべておりつがその町内へ連れて行ってみた。
しかし子供たちは「死んでもあんな所へは帰らない」と言い張り、町内側でも引き取りたがらない。
中には「あんなガキはまっぴらだ」などと言う者さえいた。
話を聞きながら、茂次はおりつの様子を観察していた。
彼女は十八歳になる。
父親の平六は左官の手間取り(日雇い労働者)だったが、おりつが七歳のときに仕事先で梯子から落ち、背骨を痛めて寝たきりのまま、まる八年も病んで亡くなった。
そのあいだ、母親のおいくはあらゆる仕事をして稼いだ。
人夫仕事までやったそうで、平六が死んだあとは、彼女もすっかり弱り切っていた。
それを聞いた茂次の母が、勝手仕事の手伝いに雇ったのだが、その少し前、おりつは茶屋奉公に出ていた。
医薬代が溜まっていて、普通の内職などではどうにもならなかったからだろう、浅草並木町の「天川」という、かなり大きな料理茶屋へ住み込みで入っていたのだ。
――茂次は、ずっと前からおりつを知っていた。

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