初級翻訳・孫七とずんど 第7話

孫七とずんど

「あっぱれだな、柿ノ木!」「孫七、よくやったぞ!」「初めての戦いで一番乗りとは、さすがだな!」「国へ帰ったら、お前も隊長に出世だな!」
知っている人も知らない人も、みんな次々とやって来ては大喝采(だいかっさい)を送ります。それがひと段落したかと思うと、またすぐ別の人がやって来て「孫七やったな!」「あっぱれだな、柿ノ木!」と、さっきと同じお祝いの言葉を浴びせてくるのです。
「いや、そうじゃなくて……」と言い訳しようとしても、誰もまともに取り合ってくれません。どうしようもないので、孫七はただ首をかしげながら、困り果てて、恥ずかしそうに縮こまっているしかなかったのです。

「なあ、石原寸度右衛門……」
孫七は寸度を見ると、すっかり正直に本当のことを打ち明けました。
「そういうわけなんだよ。おれはなにもしなかったんだ。ただ普通に歩いているうちに、気がついたら城門の前へ来ちゃってたんだよ。嘘も隠 também なしに、ただ歩いていただけなんだ。誰かひとりは相手をしてくれるだろうと思ってさ……」

すると寸度は、ふっと顔を引き締めて、こう言いました。
「それでいいんだよ。それが戦(いくさ)というものなのさ!」
「戦いの最初の瞬間に倒れていく者もいれば、体中キズだらけになっても敵のリーダーの首ひとつ取れない者もいる。かと思えば、お前のように、ただトコトコ歩いていくだけで一番乗りの大功名を立てる者もいる。これが合戦というものなんだよ」……いいか孫七、合戦とは功名手柄にあるんじゃない、それも結果のひとつではあるが、要はたたかう心だ、味方を勝利にみちびくために生命も名も捨ててかえりみない、その心さえたしかなればあとは神の知食すままだよ、孫七は孫七なりに戦った、それでいいんだ、なにもそう自慢したり恥ずかしがったりすることはないよ」
「それにしてもさ」と孫七郎はうんとうなずいたあとから、しかしなんだかものすごく気まずそうに言いました。
「この矢を入れる箙(えびら)へわざわざ桜の枝まで挿して、できるだけみんなの目を引くように工夫したんだぜ。それなのに、誰もそのおしゃれに気づいてくれないんだ……。いったいどうして、敵はあんなにおれを無視したんだろうな。一度なんかさ、おれが『やあやあ!』って大声で叫んだら、敵の兵士のひとりがこっちをチラッと見たんだ。こんな目つきでさ……」
孫七は実際にそのときの気まずそうな目つきをマネしてみせました。
「こんな目でこっちを睨んだんだ。『よし、しめた!』と思ったね。このチャンスを逃しちゃいけないと思って、もう一度『やあやあ!』って叫んでやったんだ。そしたらその敵兵が、『なんだよ!』って怒鳴り返してきたんだよ。『なんだと……?』って言われたもんだから、こっちは返す言葉に詰まっちゃってさ」
「またどうしてそこで言葉に詰まるんだよ」と寸度が突っ込みました。
「どうしてってさぁ」孫七は納得がいかない様子でふてくされました。
「どうしてって、こっちは別に個人的な用事があって叫んでるわけじゃないだろ。『なんだ!』って言い返されたって、『いや、実はこれこれこういう訳でして……』とか言えるわけないじゃないか、そういう状況じゃないだろ!」
「それはきっと、なんだろうな」寸度はめんどくさそうに話を遮りました。
「きっとその相手も、孫七とおしゃべりにつきあってるヒマなんかないってわかってたのさ」
「なんだよおまえ、もう怒るのかよ、石原寸度右衛門!」
「いいから立とうぜ、馬寄せ(うまよせ:馬を集める場所)に行くぞ!」そう言うと寸度はクルリと背中を向けました。

まさにそのとき、これから出陣する軍勢をまとめる法螺貝(ほらがい)の音が、ビュービューとものすごい音で辺りに鳴り響きました。
孫七郎はやおら石の上から腰を浮かせましたが、先を歩いていく寸度の後ろ姿を見ると、急に「あっ、そうだ!」と手をピッと上げました。
「おい、石原寸度右衛門、ちょっと待ってくれよ! おまえに大事な話があるんだ。おれ、そろそろお嫁さんをもらわなくちゃいけないんだよ!」
「なんだって、孫七、いま何て言った!?」と、寸度はびっくりして振り返りました。「お嫁さんがどうしたって?」
「だから、お嫁さんをもらうんだよ!」孫七はとっても真剣な顔で言いました。「つまり、誰かおれにぴったりの素敵な娘さんがいたら、さっそく女房にして身をかためたいんだ。要するに、結婚するってことさ!」
「それ、本当なのかよ!?」寸度は慌てて駆け戻ってきました。「それ本心か、孫七? 本気でそう思ってのか!?」
「本気でにきまってるだろ! それともおまえ、結婚するにはまだ早すぎるって言いたいのか?」
「なにを言ってるんだ、早いどころか遅すぎるくらいだぜ! しかしまたどうして、急にそんな感心な気持ちになったんだよ?」
「おれ、ものすごくびっくりしたんだよ」孫七はぐらりと頭を揺すりました。
「戦場っていう場所が、こんなに危険なところだなんて知らなかったんだ。初めて自分の目で見て本当にたまげたよ。こんなに危ない場所なら、独身のままなんて絶対にいられないじゃないか!」
「おまえ、またそうやって面倒くさい理屈をこねだすんじゃないだろうな……」
「面倒くさいことなんてないさ! ちゃんと世の中の道理を考えれば誰だってわかることだ。だってそうだろう? 独身でいるってことは、妻がいないってことだろ。ってことは、順番として自分に万が一があったときの世継ぎの子どももいないって勘定になるわけだ。そうなったら、おれがもし次の戦場に出かけていって、運悪く討ち死になんてことになったら、いったい誰が柿ノ木の家を継ぐっていうんだよ……!」

しかし、寸度はもうそこにはいませんでした。待ちきれなくて、先に向かって駆け出していたのです。
孫七郎は遠ざかっていくその背中を見送りながら、「おい、石原寸度右衛門!」と大きな声で呼びかけました。「おれの話、ちゃんとうなずいてわかったのかよ!」
すると寸度は振り返りもしないで、「わかったよ!」と遠くから大声で叫び返しました。「お嫁さんの話、ちゃんと引き受けたからな!」
孫七郎は、「あいつは本当にこらえ性がない男だな……」と、あきれ返ったような、なんだかかわいそうなものを見るような目で遠くを見つめながら、ゆっくりとそう呟いたのでした。

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