初級翻訳・ちいさこべ 第5話

ちいさこべ

七兵衛は「こんなものは受け取れない」と言いましたが、茂次も「それなら金は借りない」と言い張り、ついに七兵衛が折れました。
岩井町へ帰った茂次が、助二郎にお金を渡し、大六が来るのを待っていると、福田屋の久兵衛と町内の頭である勘助が、町方同心の中島市蔵という役人を案内してやって来ました。
――久兵衛はまず不幸へのお悔やみを述べ、同心を紹介してから、用件を切り出しました。一言でいえば、孤児を大勢引き取って養っているのは法律違反だ、というのです。
災害で親を亡くした子供たちの面倒を見るやり方は決まっており、個人がこのように大勢を集めて養うなどということは許されない、というわけです。
元の町内に引き取らせるか、お役人に預けるか、どちらかにしなければならない。
このままではお上に対しても申し訳が立たないし、町内の迷惑にもなる、という話でした。
そのとき、おりつが飛び出してきて、「それはあたしが説明します」と言いました。
しかし、茂次はおりつを手で制して後ろへやりました。
「おっしゃることは分かりました」と茂次は久兵衛に言いました。「私もそうするつもりでいたのですが、いま、町内の迷惑になるとおっしゃいましたね。それはどういうことなのですか」
「ひとことで言うと、子供たちがやんちゃすぎるということだ」と久兵衛が言いました。「私もたびたび見かけたが、ここにいる子供たちはたちが悪い。何もしない子を殴る、よその塀を壊す、家の中に石を投げ込む、店先の物をかっぱらう。そんな苦情が絶えず寄せられているんだ」
「それは違います、いいえ違います」とおりつが言い返しました。「うちにいる子がいい子ばかりだとは言いません。でも、町内の子供たちがからかいさえしなければ、決してそんな悪いことなんてしません」
「町内の子がからかうだと?」
「あたしはあの子たちを裏の空き地で遊ぶようにさせています。なるべくよそへ行かないようにさせているんですが、町内の子供たちがやって来て、『のら犬』だとか、『親なしっ子』だとか、『どろぼう』だとか言って、さんざん悪口を言ったり物を投げたりするんです」
「すると――」と同心の中島が尋ねました。「おまえはこの町内の子供たちのほうが悪いと言うのか」
「あたしはこの土地の者です」とおりつは答えました。「あたしはこの町内で生まれ、この町内で育ちました。火事のあとでずいぶん人が変わってしまいましたけれど、昔から住んでいる人はみんな知っています。ですから、町内を悪く言う気持ちなんてこれっぽっちもありません。それに、子供のことですから、よそ者を見ればからかったりいじめたりしたくなるのは、どこでも同じことでしょう。だから町内の子たちが悪いと言うのではありません。ただ――」おりつは言葉を詰まらせましたが、すぐにまた続けました。「ただ、うちにいる子供たちは、預けられた先で厄介者扱いをされたり、こき使われたりして、たまらない思いをしてきたんです。どこへ行っても『親なしっ子』『どろぼう』『のら犬』ってからかわれたり、いじめられたりしてきたんです。あたしも、火事で母さんを亡くしました。両親も兄弟もいないし、親類もありません。ですからあの子たちの気持ちがよく分かるんです。あの子たちが何よりも欲しがっているのは、人の愛情なんです。人の愛情だけがあの子たちの生きる頼りなんです。それなのに、人から憎まれるようなことをすすんでやるでしょうか」
みんなは少し黙り込みました。
「おまえさんの言うことは分かったよ」と久兵衛が言いました。「しかしね、こんなことも子供たちをここに置くから起こることなんで、お上のお指図どおりにすればいいんだから」
「旦那にうかがいますが」と茂次は久兵衛の言葉を遮って、中島市蔵に話しかけました。「あの子供たちをうちで養うのは、お上の法律で禁止されているのですか」
「禁止とまでは言わないが」と中島が答えました。「これまでに前例もないし、十余人もの子供を養うには、それだけの力と条件がそろわなければなるまい」
「条件とはどういうことですか」
「居場所が十分にあるかどうか、衣食が不足なく賄えるかどうか、きちんとしたしつけができるかどうかだ」
「うちは大工ですから」と茂次は言いました。「場所が狭ければ建て増しをします。衣食だって金持ちのようにはいきませんが、世間並みのことぐらいできるつもりです」
おりつはちらっと茂次を見、両の頬を赤くしながら、「世話はあたしがします」と言いました。
「無理だ」と中島は首を振りました。「十何人もの子供たちに食べさせて着せて、おまけにしつけもしなければならない。おまえにはこの家の仕事もあるんだろう」
「でも今日までずっとやってきたんですから」
「無理だ。そんなことがいつまで続けられるものではない。それは無理だ」
すると外から娘が一人入ってきて、「あたしが手伝いますわ」と言いました。
みんなそちらを見、久兵衛が目をみはりました。
「おゆう、おまえ何を言うんだ」
それは福田屋久兵衛の娘、利吉の妹のおゆうでした。
おりつより年は一つ下ですが、商家育ちには似合わず、負けん気の強い性格と美しい顔立ちで、以前から町内では目立つ娘でした。

「あたしは一日じゅう手があいていますから、昼間だけここへ通ってきます」とおゆうは父に構わず続けました。「それでも足りないときは下女だっていますし、自慢のように聞こえては困るけれど、読み書きぐらい教えられますから」
脇にいた頭の勘助は、「よう」とでも声をかけたそうな顔をしました。「いや」と茂次は首を振りました。「おゆうちゃんにそんなことをしてもらわなくても、人手が足りなければこっちで誰か雇うから」

「恩着せがましいとでも思うの?」とおゆうは茂次を見上げて言いました。「あたしは罪ほろぼしのつもりよ」

「おゆう」と久兵衛がたしなめました。

「この町内で焼け残ったのはうち一軒よ。塀を少し焦がしただけで、うちは丸ごと無事だったし、人もみんな助かったわ。おまけに父は町役を勤めているんですもの、本当ならこういった子供たちはうちで引き受けるのが当たり前よ」

おりつの目尻が吊り上がりました。

茂次が何か言いかけましたが、同心の中島が先に「福田屋」と言って久兵衛を見ました。

「言い出したら聞かないもので」と久兵衛が言いました。「もしそんなことでよろしければ、娘に手伝わせてもいいと思いますが」

「一応、役所と相談してみるが」と中島が言いました。「とにかく人別をきちんとしておいてくれ。認められたら、手当が下りるように取り計らってみよう」

「おゆうさん」と頭の勘助が初めて口を挟みました。「お手柄でしたね」

そうしてみんなは出て行き、おゆうだけが後に残りました。おりつはくるりと背を向けると、足早に勝手の方へ去ってしまい、おゆうは茂次にお悔やみの言葉を述べました。それを聞くのがいやなのか、茂次は「いつこちらへ帰ってきたんだ?」と話をそらしました。

そこへ、おりつが戻ってきて、子供が五人逃げた、と告げました。

「逃げたって?」と茂次は振り返りました。

「いまの話を聞いていたんでしょう」とおりつは言葉を詰まらせながら言いました。

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