しかし、すぐに笑いながら答えました。「それは貴女が自分で言い出したことでしょう、私にはそんな人は一人もいませんよ」
「あら、そうだったかしら」
花世はふと首をかしげ、自分の言葉に気づいたのか、恥ずかしそうにふっと微笑んで納得しました。
「そうだわ、あたしが勝手にそう思っただけね。それならいいけれど」
そして彼女は、また楽しそうに空想の世界を続けようとしました。
でも今度は、そんなに長くその楽しみを続けることはできませんでした。
もしも半之助の病気が(彼女があんなに一生懸命看病してくれたにもかかわらず)だんだん重くなって、お医者さんもお薬も全然効かなくなって、いよいよもう死を待つばかりになってしまったとき――。
山の向こうから、ボーッ、ボーッという法螺貝の音が聞こえてきたのです。
その音は谷に響き、山にこだまして、まるで遠い過去からの呼び声のように長く続き、三度鳴り響いたあと、消え残るこだまを残して消えていきました。
「あたし、帰ります」
花世は空想からパッと目を覚まし、急に立ち上がりました。
「どうしたんです?」
半之助は笑いながら言いました。
「私は今ちょうど大病にかかったところで、これから死ぬのかそれとも助かるのかっていうところでしょう?」
「あなたが……あらいやだ!」
花世は顔をさっと赤くしました。
「それはただのお話だわ! もしそんなふうになったらどうしようっていう作り話よ。でも、あたし、もう行かなくちゃいけないの。また来るからね!」
「じゃあ、そこまで送っていきましょう」
「ううん、ダメ! 今日はダメなの」
彼女は強く首を横に振りました。
「今日はここでじっとしていらっしゃるの。言ったでしょ、明日になるまではじっとしていてって。絶対にここから動いちゃダメよ、絶対に、よ!」
「どうして理由も教えてくれないんですか?」
「いつかお話するわ。もう少し時間が経ったら……もしかしたらあなたが、ううん、やっぱりあたし帰る!」
花世は叫ぶようにそう言うと、まわりで急ににぎやかに騒ぎ出した小鳥の群れに囲まれながら、すばやく走り出しました。
でも、すぐにピタッと立ち止まって振り返り、今度は力強く叫んだのです。
「また忘れちゃった! あなたのお名前、なんていうお名前なの?」
「好きなようにお呼びなさい」
半之助は答えました。
「私は自分の過去ときれいに別れてきたんです。名前も捨ててしまいました。だから、貴女の好きな名前で呼んでください」
「わあ、うれしい! それじゃあ、考えてくるわね!」
そして彼女は、道のほうへパタパタとかけおりていきました。
小鳥たちを叱るような声や、木の枝がポキッと折れる音がだんだん遠ざかり、やがて何も聞こえなくなると、東の空を重たそうにふさいでいた黒ずんだ牡丹色の雲がスーッと裂けました。
すると、いつの間にか明るい朝の日光が、きらきらと森の梢を染め始めているのが見えてきました。
……霧はもうすっかり山の高いところへと去っていき、小鳥の鳴き声も、ずっと下のほうの林へと移動していきました。
森の中のひんやりとした空気の中に、かなり強く、杉や檜(ひのき)の爽やかな香りがただよい始めました。
半之助は夜になるまで花世の言いつけをちゃんと守って、その場所から一歩も動かずにじっとしていました。
そうしているあいだに、彼はテーブル代わりの岩の上に一枚の板を置き、筆やすずり、紙、そして叔父さんの形見を取り出して、自分のこれまでの記録(覚書)を書き留めたのです。
江戸をこっそり抜け出してから、もう八ヶ月近くが過ぎていました。
はじめの頃、韮崎(にらさき)という町に宿をとって、春が来るまでまわりの様子を見てまわったのです。
そこは釜無川(かまなしがわ)の東側で、川上の方には、むかし武田勝頼(たけだかつより)がたてこもった新府城(しんぷじょう)の跡があります。
川に面した崖の上にあって、石垣も土の壁もめちゃくちゃになったただの廃墟でしたが、今でも土を掘ると、折れた刀や、焼けたお米などが出てくるということです。
城の跡からさらに川をさかのぼっていくと、甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)の山々が、川を越えて覆いかぶさってくるほど、すぐ目の前に大きく眺められました。
彼は叔父さんが描いた地図と見比べながら、その山々の南の端にある甘利山(あまりやま)を確認し、そのまわりの谷や、細い峡間、中腹の高原に広がっている村や集落の位置を、しっかりと確かめておいたのです。
泊まっていた宿屋の名前は「若竹屋(わかたけや)」といいました。
主人の名前は文造(ぶんぞう)といって、五十歳くらいで、体が小さく、ガラガラとしたしゃがれ声の男でした。
若い頃に甲府の城下町へ行って三年も義太夫節(ぎだゆうぶし)のお稽古をし、「何がし太夫」という立派な名前をもらったそうです。
そのせいであんなガラガラ声になってしまったのですが、あとになってから、自分の師匠だった「土佐掾(とさのじょう)」という人が実はとんでもない偽物で、本当はどこかの馬子(まご:荷物を運ぶ仕事)あがりのパッとしない素人だったということがわかり、ものすごく落ち込んだし、周りからの信用も失ってしまったのだと話していました。
――今となっては、このしゃがれ声が恨めしゅうございます。
文造はそのしゃがれ声で、本当に悔しそうにそう言ったのです。
この話だけでもわかる通り、彼はとても人が良くて素朴な性格らしく、半之助に対しても最初から味方してくれました。
――いやあ、もう何もおっしゃらなくていいんですよ、私には全部わかっておりますから。
文造はそんな優しい目つきで、頼んでもいないような細かいところまで気を配り、親身になってお世話をしてくれました。
だから自然と、半之助の方から余計な身の上話をわざわざする必要はなかったのです。
それでも時々、さりげなくこう言っていました。
――向こうに見えるあの山へでも入って、二、三年ひっそりと心のお勉強(修業)がしたいんだ。
半之助がそう言うと、すると文造は、すべてをよく分かっているという顔をして、それにはどこの山が良いとか、食料や山ごもりの準備にはこれこれの品を揃えなさい、というふうに親身になって意見を述べてくれました。さらに、甘利山とその周辺に伝わる独特な言い伝えや、土地の人々の気質についても、注意すべき点を色々と教えてくれたのです。
半之助は決して焦りませんでした。
旅の準備がすっかり整い、近くの山々の雪が溶けてからも、なおのんびりと構えていたのです。
そして三月になり、桜の花が咲き始めるのを見て、ようやく宿を立ちました。
宿の主人は、たけ沢の北にある鷹山へ入りなさい、と勧めていました。
そこは鳥居峠という古い戦場の跡にも近いし、ふもとの村へ降りるのにも便利だからです。
「まちがっても、たけ沢から南へ入ってはいけません。あそこには決して他国者が住める場所ではないのですから」
と、彼は何度も繰り返し念を押しました。
しかし半之助は、文造が止めたほうの山へと、沢伝いに足を踏み入れていたのです。
地図で見ると、いま半之助がいる位置は、甘利山の東側のちょうど七合目あたりにあたりました。
頂上の近くまで深く切り込んだ、三つの急な斜面の谷があります。
初級翻訳・山彦乙女 第40話
山彦乙女
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