「途中まで聞いて、捕まってどこかへ連れて行かれると思ったんでしょう。少し前に五人で逃げたんですって」
茂次は奥へと走っていきました。おりつが続き、おゆうもやって来ました。
行ってみると、勝手口の外に子供が八人、お互いに寄りかたまって、怯えたような顔で立っていました。いつか茂次に声をかけた子が、あの時のあっちゃんという女の子を、あの時と同じように抱き寄せていました。
「五人逃げたというのは本当か」と茂次が尋ねました。「どこかに隠れているんじゃないのか」
すると十一か二くらいになる、一番年上の子が「逃げたのだ」と答えました。
「じっ平と忠がみんなに逃げようと言ったんだ。じっ平も忠もかっぱらいなんかしたことがあるから、それでおっかなくなったんだよ」とその子は言いました。「……おらはやめろって止めたんだけど、とうとう三人連れて行っちまったんだ」
茂次は頷いて言いました。「安心しろ、お前たちみんなここにいていいんだ。役人が許してくれたし、俺もこれから仲良しになるぜ。それから、ここにいるのはおゆうさんといって、みんなの世話を手伝ってくれる人だ」
「こんにちは」とおゆうが微笑みかけました。「あたしのこと姉さんって呼んでね」
「ねえちゃん」と小さなあっちゃんがすぐに呼び、赤くなって顔を隠しました。
おりつの目尻がまた吊り上がり、続いてきゅっと唇を噛みました。
大六が来たので、茂次は普請場の見回りにでかけました。人別書を作っておくようにとおりつとおゆうに頼みましたが、おりつの怒っている顔が一日中目に浮かんで困りました。
その夜――夕飯のあとで、茂次は子供たちと初めて話をしました。
おゆうの書いた人別書を見ながら、一人ずつ呼びかけ、火事のことには一切触れず、これからどううまくやっていくかということについて話しました。口下手なうえにぶっきらぼうな話し方ですが、子供たちにはかえって気持ちが通じたようでした。
菊二、十一歳、しらかべ町
六、九歳、あいおい町
重吉、九歳、同町代地
又、八歳、としま町
梅、八歳、さくま町
伝次、七歳、りゅうかん町
市、六歳、おしょろさんの裏
あつ、四歳、同所
人別書には右のように書いてあり、その住所はおりつが一応確かめたと言いました。逃げた五人の中には、住所を偽った者や、はっきり言わない者もいましたが、残った者は正直に言っているとのことです。
茂次は「おしょろさんの裏」というのが分かりませんでした。おりつもそれだけは分からないと言います。市はそれだけしか覚えておらず、あっちゃんとは近所同士らしいのですが、あっちゃんも「おんなじとこ」と言うだけだそうで、おぼろげな記憶を聞き出してみると、どうやら大川の向こうのような感じがする、とおりつは言いました。
「それなら一度連れて行ってみるんだな」と茂次が言いました。「そうすれば思い出すかもしれないし、ことによると生き残っている者がいるかもしれない」
おりつは強く首を振り、目配せをして彼を黙らせました。茂次はまごついて口をつぐみ、それから、今夜はもう寝よう、と言って立ち上がりました。
茂次は自分の部屋で、くろを相手に将棋を指し始めました。正吉と松三は夕飯のあとで遊びに出かけ、くろは置いていかれたのですっかりふてくされていました。将棋もやる気がないとみえ、ばかげた手ばかり指すので、茂次は駒を投げ出して「寝ちまえ」と怒鳴りつけました。くろが出ていくとまもなく、おりつがお茶とお菓子を持ってきて、市とあっちゃんのことを話しました。
二人は自分たちの家のことをとても怖がっていて、理由は何も言わないけれど、もとの家のことを聞くだけでも怯えたような顔をする、ということでした。
茂次は眉間にしわを寄せて、「うん」と低くうなりました。
「ほかの子たちも、もとの町内のことは言いたがらないんです」とおりつが言いました。「ずいぶんひどい目にあっているようで、思い出すのも嫌みたいですから、どうかそういう話には触れないでやってください」
茂次は頷きました。
おりつはお茶を淹れ、菓子鉢の蓋を取ってすすめながら、「それから」と言いかけて、そのまま黙ってしまいました。
茂次は茶をすすりながら、おりつを見ました。
「なんだ」と茂次が聞きました。
「お礼が言いたかったんです」とおりつは俯いて言いました。「あの子たちを置いてくださると聞いたとき、あたし、すごく嬉しくて」
「わかったよ」と茂次はぶっきらぼうに遮りました。「そんなことより、もっとほかに話があるんじゃないのか」
おりつは顔を上げて茂次を見ました。
「ないのか」と茂次が言いました。
七
おりつは「おゆうさんのことですか」と問い返し、茂次が黙っているのを見て、きっぱりと首を横に振りました。
「ほかのことはともかく」とおりつは言いました。「あたしは目が見えないのと同じで字も読めないし、行儀作法もよくは知りませんから、そのあたりはおゆうさんにやってもらいたいと思っているんです」
「本当だな」と茂次は念を押しました。
「本当です」
「それならいい」と茂次は頷きました。「……もしうまくいかなかったら、そう言ってくれ」
二人が顔を合わせたときから、こいつはまずいぞ、と茂次は思っていました。
おゆうはさりげなく振る舞っていましたが、おりつの表情には反感と嫉妬がはっきりとあらわれていました。
気の強さではどちらも負けていませんが、育ちや教養では格段に差があるため、おりつがそれを引け目に感じて、反感や嫉妬をかき立てられるのも無理はありません。
ことに、三十日あまりものあいだ、慣れない手つきで面倒を見てきて、ようやく子供たちが懐いてくれたところなのです。
下手をすれば、おゆうに子供たちを横取りされる、という気持ちも起こるでしょう。
いずれにしても、うまくはいかないだろうと茂次は思っていたのですが、日が経っても、そんな様子はまったく見えませんでした。
茂次は月に二度の休み以外、昼間は家にいないので、おゆうと会う機会はほとんどありません。
けれども、毎晩おりつが話すので、その日あったことは大体知ることができました。
おりつの話はおゆうのことが中心であり、それがたいていおゆうを褒め、おゆうについて感心したことばかりでした。
「あたし、おゆうさんに字を教えてもらおうと思うの」とある夜、おりつが言いました。「明日から子供たちと一緒に始めるつもりよ」
茂次は信じられないといった様子でおりつを見ました。
「人間は学問が大切だって、あたしつくづくそう思ったのよ」とおりつは茂次を見返して言いました。「若棟梁は『ちいさこべ』って知ってるわね」
「なんのこった」
「ちいさこべよ、知ってるんでしょ」
茂次は黙って首を振りました。
「うそ」とおりつが言いました。「ほら、ずっと昔のなんとかっていう天皇のときに、よその子をたくさん集めてきた人がいるじゃないの」
「それがどうしたんだ」
「それがちいさこべよ、知ってるんじゃないの」
「どうしてそれがちいさこべなんだ」
「天皇はね、お蚕さま(おかいこさま)を集めてこいっておっしゃったんですって。天皇だから『さま』は付けないで、ただ『こ』って呼び捨てにするでしょ。
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