初級翻訳・ちいさこべ 第7話

ちいさこべ

お蚕がしたかったので、『こ』を集めてこいっておっしゃったら、その人はよその子をうんとこさ集めてきたのよ。それで天皇が笑って、『ちいさこべのすがる』っていう名をお付けになったんですって。そうでしょ?」とおりつは言いました。「だからここのうちも『ちいさこべ』だって、おゆうさんが言うの。いっそ『ちいさこ部屋』って呼べばいいって……。そんな大昔の話がすぐ出てくるんですもの、やっぱり学問がなければだめだって思っちゃったわ」
「仮名の読み書きぐらいできるほうがいいが」と茂次が言いました。「学問まですることはねえさ」
「あら、読み書きと学問は違うのよ」
「誰か泣いてるぜ」と茂次が言いました。「あつぼうじゃねえのか」
おりつは首をかしげ、「あっちゃんらしいわ」と言いながら立っていきました。
十一月の中旬に、家の建て増しをしました。
仕事の関係で泊まり込む職人が二人増えましたし、そうでなくとも子供たちと一緒では、どっちのためにも具合が悪いからでした。
おりつのいる台所と四畳半も少し広げ、子供たちの部屋は十二畳にし、次に職人たちのために六畳を二つ、端の茂次の部屋も八畳にしました。
これが一列に横に並び、南側に縁側を通しました。
大六と助二郎は「本普請(しっかりとした家づくり)にしたらどうか」と勧めましたが、茂次はとりあいませんでした。すると、その建て増しを待っていたかのように、じっ平に誘われて逃げ出した子供たちのうち、富と広治という二人が戻ってきました。
富は九歳、広治は八歳で、二人ともまるで乞食のような姿をしており、垢だらけで、虱(しらみ)がたかっているほどでした。
彼らは暗くなってから空き地に佇んでいるところをおりつに見つけられ、おりつがびっくりして声をかけると、彼女に飛びついて「ごめんなさい」と泣き出しました。
「あたし、思わずぶっちゃったわ」とおりつは茂次にそう言いました。「二人のお尻のあたりを、ぴしゃぴしゃって――うれしいような、くやしいような、自分でもよくわからない気持ちで、ただもうカッとなっちゃったのよ」
茂次は頷きました。
「悪かったわね」おりつはそっと茂次の顔色を伺いながら言いました。「また厄介者が増えちゃって」
「建て増しをしておいてよかったよ」と茂次は言いました。「当分は食べ物に気をつけてやってくれ。飢えていた人間にいきなり腹いっぱい食わせると、体を壊すっていうからな」
「ええ」おりつは頷きました。「二人とも手足が竹ぼうきみたいに細くて、おなかばかりが蛙のように膨らんでいるの」
「竹ぼうきだって?」
おりつはすぐに自分の言い間違いに気づいて、「まあ」と恥ずかしそうに笑いました。「あれは焼けぼっ杭(ぼく)か」
「ちょっと聞くが」と茂次はおりつを見ながら言いました。「おゆうさんとはうまくいっているのか」
おりつは微笑みました。
「あたし、もういろはを半分も書けるようになったわ。どうしてそんなこと聞くの?」
「こないだ晩飯のときに、子供たちの誰かがおまえに悪態をついているのが聞こえたんだ。はっきりとは聞こえなかったが、おりつなんかいなくたって、おゆうさんのねえさんがいるからいいんだ、というようなことを言っていた」
「重吉でしょ」とおりつはあっさり言いました。「子供ってすぐあんなことを言いたがるのね。しょっちゅうだけれど、心からそう思って言っているわけじゃないのよ」
「それならいいんだ」と茂次は頷きました。「それがわかっていればいいんだ」
おりつは立ち上がろうとしましたが、また座り直して「ねえ」と声を低くしました。
「あたし、困っていることがあるの」
茂次は黙って続きを待ちました。
「こんなこと言いたくないんだけれど」
「おゆうさんか?」
おりつは強く首を横に振って、「菊二のことなの」と言いました。
茂次は不思議そうに、おりつの顔を見ました。
おりつは顔を赤らめて、菊二という子がやらしい素振りをするのだと話しました。
洗濯をしていると向こうからじっと見つめてくるし、干し物をするときなど脇の下を覗き込むようなことがあるのです。
朝早く、おりつが着替えをしている最中に「おはよう」と言って突然障子を開けることもあり、とにかくいつもどこからかおりつを見守っており、それが子供らしい目つきではなく、どこかみだらな大人の男のような眼差しに思える、というのでした。
「菊二っていうのは一番大きな子だな」と茂次が聞きました。「年はいくつだっけ」
「十一歳って言っているけれど、本当は十二か三くらいになるんじゃないかと思うわ」

八

「十二か三だって?」
「話を聞いていると、そうじゃないかと思うの。丑年の火事のことを知っていて、そのときおっ母さんと逃げた話をしたのよ。あの火事は今から五年まえでしょ。そのとき自分は八つだったって、口を滑らせたことがあるのよ」
「うん」と茂次は溜息をつきました。「家ではどんな暮らしをしていたんだ」
「おっ母さんが長患いをしていた、ということだけは聞いたけれど、ほかのことは何にも言わないんです」
「もしそうだとすれば」茂次はそこで口をつぐみ、しばらく考えてから、それから顔を上げて続けました。「もしも十二か三になっているとすれば、気をつけなきゃならないのはおまえのほうだぜ」
おりつは怪訝(けげん)そうな顔をしました。「おれにだって、恥ずかしいけれど覚えがある」と、茂次は少し言葉を詰まらせながら言いました。「自分でもどういうことなのか、なぜそんな気持ちになるのかわからなくて、戸惑ったり恥ずかしくなったりするんだ。でも、女の人の体というものが、ふしぎと目に留まってしまう。自分に何の考えもなくても、菊二と同じことなんだ。だらしない格好で洗濯をしている奥さんや、戸板で囲っただけの場所で行水をしている娘さん、肩をはだけて髪を洗っているような女性に出くわすと、どうしても視線を向けてしまう。あとで自分をいやらしい男だと思って、死にたいほど恥ずかしくなるんだけれど、その瞬間はどうすることもできないんだ」

「あたし」とおりつは、さらに赤くなった顔をそむけながら言いました。「あたし、そんなだらしない格好で洗濯なんてしないわ」

「おまえのことじゃない。子供のことを言ってるんだ」と茂次は言いました。「子供にはそういう年頃がある。中にはそんなことに気づかない者もいるだろうが、たいていの者は覚えがあるはずだ。しかも、本人は決して卑猥な気持ちなんて持っていない。自分でもどうしようもなく、自然とそうなってしまうんだ。それを卑猥だと思うのは大人のほうさ。自分の中に卑猥な気持ちがあるから、子供の視線がいやらしいように見えてしまうんだよ」

「あたしのほうが卑猥ですって?」とおりつの目がカッと見開かれました。

「おれは子供のことを話していると言っただろう」と茂次は乱暴に話を遮りました。「おまえがどうのこうのと言っているんじゃない。子供にはそういう難しい年頃があるから、こっちが気をつけてやらなきゃいけないと言っているんだ。わからないのか?」

おりつは、ひょいと身をそらしました。「わからないのか」と怒鳴られた声と、茂次の真っ赤になった顔つきに、まるで叩かれたかのようにショックを受けたようです。

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