初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第7話

ニールスのふしぎな旅

「アッカさん! アッカさん! ケブネカイセのアッカさん!」後ろの方のガンたちは、ガチョウが弱ってきたのを見ると、またもやこう叫びました。
「なんだね、今度は?」と、隊長のガンは尋ねましたが、ひどく腹を立てた様子です。
「白が降りていきます! 白が降りていきます!」
「教えてやりなさい、高く飛ぶほうが、低く飛ぶより楽だって!」と、隊長は大声で答えました。
ガチョウは今度もこの忠告に従おうとしました。
けれども高く登ろうとすると息切れがして、まるで胸が張り裂けそうです。
「アッカさん! アッカさん!」と、またまた後ろのガンたちが呼びかけました。
「少しは落ち着かせてもらえないのかねえ。」と、隊長は怒鳴って、前よりもいっそう機嫌が悪くなったようです。
「白が参りそうです! 白が参りそうです!」
「みんなと一緒に飛べないものは、家へ帰るがいい、と言ってやりなさい!」と、隊長は叫びました。
ガチョウのために少しゆっくり飛んでやろうなんて気は、まるっきりありません。
相も変わらず、グングン速く飛んでいきます。
「ああ、ガンなんてものは、みんなこんなんだろうか?」と、ガチョウは思いました。
そして、ガンたちは自分をラプランド(ラプ人の住む北の地方)まで連れて行ってくれるつもりはなかったことが、急にはっきりとわかってきました。
ガンたちはただからかって、ガチョウを家から誘い出しただけなのでしょう。
ガチョウは今、自分の力が尽きてしまったために、ガチョウだってものの役に立つことを、この宿なしどもに見せてやれないのが悔しくて悔しくてたまりません。
そして、なによりも残念に思われるのは、ケブネカイセのアッカなんかに出会ったことでした。このガチョウは飼い鳥ではありましたが、アッカという、百歳にもなるガンの隊長のことは、いままでにもうわさに聞いていました。アッカはみんなからたいへん尊敬されている鳥で、どんなにりっぱなガンでも、アッカの言いつけには従うほどだったのです。けれども、アッカとその仲間ぐらい、ガチョウをバカにしているものもありません。それで、ガチョウは、じぶんだっておまえたちに負けやしないということを、このガンたちに見せてやりたかったのです。ガチョウは、いっそのこと引きかえそうかと思ったり、それとも、ついていったものかと思ったりしながら、みんなのあとからのろのろと飛んでいきました。

と、だしぬけに、せなかに乗っかっているチビさんが言いだしました。
「ねえ、ガチョウのモルテンや! いままで飛んだこともないおまえが、ラプランドなんて遠くまで飛んでいけっこないじゃないか。おまえにだってわかってるだろう。命のあるうちに、引きかえしたほうがよくはないかい?」

ところが、せなかの上のこのチビさんぐらい、このガチョウにとっていやなやつはありませんでした。しかもそいつまでが、じぶんにはもう旅をつづける力がないと思っているのです。そう思うと、しゃくにさわって、なんとかしてついていこうと決心しました。
「もう一ど言ってみろ。みぞの上を通ったら、振り落してやるぜ。」と、ガチョウは言いました。

怒ったために力がわいてきたのでしょうか、こんどは、ほかのガンたちにも負けないくらい、よく飛ぶことができるようになりました。もちろん、こんなぐあいにして、いつまでも飛びつづけることはできないでしょう。でも、その心配はありませんでした。というのは、そのとき、ガンのむれが、グングンおりはじめたからです。そして、ちょうどお日さまが沈んだとき、ガンたちは地上に舞いおりたのでした。

こうして、ニールスもガチョウも、何がなんだかわからないうちに、ヴォンブ湖の岸べに着いていました。
「ここで一晩すごす気らしいな。」と、ニールスは思いながら、ガチョウのせなかからとびおりました。

ニールスは、せまい砂浜に立ちました。目の前にはかなり大きい湖がひろがっています。でも、あまり気もちのいい景色ではありません。なにしろ、湖の上には氷がほとんどいちめんに張りつめていて、それがどす黒く、しかも、でこぼこしていて、いたるところに裂け目や穴があるのですからね。もっとも、こういったありさまは、春さきにはよく見られるのですけど。しかし、氷はもうそう長くはもちそうもありません。岸のあたりは、もう、とけはじめていて、そこは幅のひろい、黒くかがやく水の帯のように見えているのです。

でも、なんといってもまだ氷がのこっているために、あたりいちめんには寒さと冬らしい荒れはてたようすが見えています。湖の向こうがわには、ひろびろとした気もちのいい土地があるように見えますが、ガンたちのおりたところには、大きなマツの木立があって、そのマツ林は、まるで、冬を自分のとこにひきとめておく力をもってでもいるようです。どこを見まわしても、地面の上にはもう雪はないのに、大きなマツの枝の下だけには、まだ雪がずいぶんつもっています。そして、それがとけては凍り、とけては凍って、いまでは氷のようにかたくなっているのです。これでは、まるで冬にとざされた荒れはてた国に来ているようです。

ニールスはたまらなくなって、大声で泣きだしたくなりました。おなかも、ペコペコです。むりもありません。一日じゅう、なんにもたべていないのですからね。だけど、たべる物はどこにあるでしょう? いまはまだ三月です。木にも地面にも、たべられるようなものは、一つも生えてはいませんでした。まったく、どこへいったら、たべるものが見つかるでしょう? だれが宿をかしてくれるでしょう? だれがお床をのべてくれるでしょう? そして、だれが火にあたらせてくれるでしょう? だれがケモノをふせいでくれるでしょう?

もうお日さまは沈んでしまったではありませんか。しかも湖の上からは、つめたい風が吹きつけてきます。いよいよ、暗やみが空からおりてきました。恐ろしいものが、うすあかりのうしろから、そっとしのびよってきました。森の中では、ガサガサという物音がしはじめました。こうなりますと、空を飛んでいたときのような楽しい気もちはすっかり消えてしまいました。

ニールスはとても心ぼそくなってきて、旅の道づれのほうを、ふりむいてみました。いまでは、この鳥のほかには、たよりになる者はありません。ところが、そのガチョウは、じぶんよりも、もっとまいっているではありませんか。おりたところに、じっとたおれたままです。そして、いまにも死にそうなようすです。首はぐったりと地面についたまま、目はつぶって、息はかすかに「ハア、ハア」と漏れるだけです。
「モルテン、大丈夫かい?」
ニールスは、やさしい声で話しかけました。
「お水を一杯飲んでごらん。
湖はすぐそこだよ。」
けれど、モルテンはびくともしません。
ニールスは、今まで生き物という生き物をいじめてばかりいました。
このモルテンのことだって、そうでした。
ところが今では、このモルテンだけが、たった一つの頼りなのです。
ああ、もしこのモルテンが死んでしまったら!
ニールスは、心配でたまらなくなりました。
そこで、すぐにモルテンを水辺まで連れて行こうと、押したり引いたりし始めました。

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