でも、すぐに夢ではないことがはっきりしてきました。大きな男の姿が、確かに見えるのです。どうしたって目のせいではありません。浜辺に立っているものもあれば、まるでよじ登ろうとするように、山にぴったりと張り付いているものもあります。
大きな頭をしているものがあるかと思えば、全く頭のないものもあります。また、腕が一本しかないものもありますし、背中と胸にこぶを背負い込んでいるものもあります。ニールスは今まで、こんなへんてこなものを見たことがありませんでした。ニールスは、そこに立ったまま、あまりの気味の悪さに震え上がっていました。
そのため、キツネの番をしていることも、すっかり忘れてしまっていました。
と、そのとき、ガリガリと、石に爪がぶつかる音が聞こえました。
見ると、三匹のキツネが、崖を登ってきます。
ニールスは、いよいよ敵がやってきたなと思ったとたんに、心がすっかり落ち着いて、いままでの怖い気持ちはどこかへ消えてしまいました。
それにしても、ガンたちだけを起こして、羊たちを見殺しにしてしまうのはかわいそうです。
そこで、なんとか工夫をして助けてやりたい、と思いました。
そう思ったとたんに、ニールスはほら穴の中に大急ぎで駆け戻り、大きな牡羊の角をゆすって起こしました。
そしてすぐさま、その背中に飛び乗りました。
「さあ、起きるんだよ、おじさん。キツネのやつらを、ちょっとおどかしてやろうじゃないか!」と、ニールスはささやきました。
ニールスはできるだけ静かにしようとしましたが、それでもキツネたちは物音を聞きつけたに違いありません。
ほら穴の入り口まで来ると、はたと立ち止まって考え込んでしまいました。
「たしかに、なにか動いたぞ」と、一匹のキツネが言いました。
「目が覚めているんだろうかな」
「おい、ちょっと行ってみろ」と、もう一匹のキツネが言いました。
「なんにしたって、やっこさんたち、おれたちに反撃なんてできやしねえんだから」
キツネたちは、ほら穴の中にかなり入ったところで、また立ち止まって鼻をかぎまわしました。
「今夜は、どいつをさらってやろうか?」と、いちばん先のキツネが小声で言いました。
「今夜は、あのでかい牡羊を食おうぜ」と、いちばんあとのキツネが言いました。
「そうすりゃ、あとのやつらはわけなしさ」
ニールスは牡羊の背中にまたがって、キツネが忍び寄ってくるのを見ていました。
そして、「それっ、まっすぐに突け!」と、牡羊にささやきました。
牡羊は猛烈に突っかかりました。
みるまに、先頭のキツネはほうほうのていで、入り口に突き戻されました。
「それっ、こんどは左へ突け!」と、ニールスは言って、牡羊の頭を左に向けました。
牡羊はまたも激しく突っかけて、二番目のキツネのわき腹を突き刺しました。
すると、キツネは何度もころげまわってから、ようやく立ち上がって逃げ出しました。
ニールスは三番目のやつも突いてやろうと思いましたが、そいつは早くも逃げていってしまいました。
「あのくらいやっつけておけば、今夜のところは十分さ」と、ニールスは言いました。
「わしもそう思います」と、大きな牡羊が言いました。
「さあ、わしの毛の中にもぐりこんで、横になってください! あんなにひどい嵐の中を、外にいて番をしていてくださったんだから、こんどはあたたかく、気持ちよく休んでください」
地獄穴
四月九日 土曜日
その次の日、大きな牡羊は、ニールスを背中に乗せて、島を案内してまわりました。
この島は一つの大きな岩でできていました。
そして、まっすぐ切り立った壁と、平たい屋根とを持った、大きな家のようでした。
牡羊はまず最初に、その岩の屋根に登って、ニールスにそこの牧草地を見せました。
ニールスは、この島が特に羊のために作られているような気がしました。
というのは、この山には、スカンポや、羊の好きな香りのいい小さい草のほかは、ほとんど何も生えていないのです。
けれども、崖の上に出れば、羊の好きな草のほかに、まだ見るものがありました。
それは、広い広い海です。
いまは、お日さまの光を受けて青々と輝き、ピカピカした白い波をうねらせています。
あちこちの岬には、波が砕けて、真っ白に飛び散っています。
東のほうには、なだらかに長く伸びた、ゴットランド島の海岸線が見えます。
南西には、大カール島が横たわっていますが、この島も小カール島と同じように作られたもののようです。
牡羊が岩屋根のずっと端にまで歩み寄ると、山壁が見下ろせました。
見ると、そこには鳥の巣がいっぱいありました。
その下の青い海では、いろんな種類のカモメやカモやウミガラスやウミスズメなどが、さかんに小さなニシンを捕っていました。
そのありさまは、いかにも穏やかで楽しそうでした。
「ここは、ほんとうに恵まれた土地だね」と、ニールスは言いました。
「きみたちは、まったくいいところに住んでいるんだね、羊のおじさん」
「もちろん、ここはすばらしいところです」と、牡羊は言いました。
まだなにか付け加えて言いたい様子でしたが、なにも言わないで、ただため息をつきました。「このあたりをひとりでぶらぶら歩くときは、山のあちこちにある裂け目に気をつけてくださいね」
と、しばらくしてから牡羊が言いました。
これはありがたい忠告でした。言われてみれば、なるほど、あちこちに深くて広い裂け目があります。その中でいちばん大きなものを、彼らは「地獄穴」と呼んでいる、と牡羊は説明しました。その裂け目は深さが何尋もあって、広さも一尋くらいはあるそうです。
「あの穴に落ちたら、それこそおしまいです」
と、牡羊は言いました。ニールスは、牡羊の言葉には何か特別な意味があるような気がしました。
それから牡羊は、ニールスを狭い浜辺へ案内していきました。そこには、昨夜あれほど怖かった巨人が目の前にずらりと並んでいます。今見れば、それは大きな岩柱ではありませんか。ニールスは、もし石になった鬼というものがあるなら、きっとこんなふうに見えるに違いない、と思いました。
下の浜辺も美しい場所でしたが、ニールスは山の上のほうがずっと好きでした。下のほうは、気味が悪くてたまりません。なにしろ、あっちにもこっちにも羊の死骸がごろごろしているのですから。つまり、キツネたちはいつもここで獲物を食っては、大騒ぎをするのでした。肉だけ食べて骨ばかり残っているのや、半分くらい食い散らかしたもの、ほとんど手をつけていないものなど、見るも無残な有様です。これを見れば、キツネたちがただ面白半分に羊を襲っては、引き裂き殺しているのだということがわかります。
大きな牡羊は死骸の前で立ち止まることもなく、黙って通り過ぎました。けれども、ニールスはその恐ろしい光景をじっくりと眺めました。見ないではいられなかったのです。
それから牡羊はまた山の上に登り、立ち止まって言いました。
「もし力があって賢い方が、この悲惨な有様をご覧になったら、キツネどもが罰を受けるまではじっとしてはいられないでしょうね」
「しかし、キツネだって生きていかなきゃならないからね」とニールスが言うと、
「そりゃあ、そうですとも」と大きな牡羊は答えました。
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