初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第40話

ニールスのふしぎな旅

そしてまた、治してあげようと思ったのに、あんなとんでもないことになってしまった一部始終を、ガチョウには話したくなかったのです。
「モルテンがこの話を知らないでいてくれれば、それよりいいことはない」とニールスは思いました。でもそれと同時に、どうして白いガチョウは、灰色ガンのところを離れる気になったんだろうと、不思議でたまりませんでした。

ところがそのうちに、ガチョウは急に向きを変えました。ついに、若い灰色ガンを思う気持ちのほうが勝ってしまったのです。あの若い灰色ガンが病気のまま、たったひとりで残されて、今にも飢え死にしてしまうのではないかと思うと、モルテンはみんなと一緒にいくことができなくなったのです。

まもなく、ガチョウとニールスは積み石のそばに戻ってきました。ところが今日は、石の間に若い灰色ガンの姿が見えません。
「ダンフィン! ダンフィン! どこにいるの?」と、ガチョウは大声で呼んでみました。
「きっと、キツネにさらわれたんだな」と、ニールスは心の中で思いました。
ところがそのとき、「ここですよ、ガチョウさん、ここですよ! 朝の水浴びをしておりましたの」と、ガチョウに答える美しい声が聞こえてきました。

そして水の中から、小さな灰色ガンが、見違えるほど元気そうな姿をあらわしました。そして、灰色ガンは言いました。
「オヤユビさんに翼を治していただいたおかげで、すっかり元気になりました。みなさんとご一緒に旅にいけますわ」
灰色ガンの、しゅすのようにつややかな羽の上には、真珠のような水のしずくがたまっていました。それを見たオヤユビくんは、この鳥はきっと小さなお姫さまに違いない、とまた思いました。

12 大きなチョウ
四月六日 水曜日
ガンたちは、下のほうにはっきりと見える、長く伸びた島に沿って飛んでいました。ニールスは気も晴れ晴れとしていました。昨日、ガチョウを探しに島を歩き回ったときは気がめいって仕方ありませんでしたが、今日は心から満足していました。島の内部にある裸の高地と、海岸沿いの肥えたよい土地が見えました。そのとき、ニールスは、ゆうべ聞いた話の意味がようやくわかりかけてきました。
それは、ニールスがしばらく休もうと思って、高地にあるたくさんの風車の一つのそばに腰をおろしていたときのことでした。
そこへふたりの羊飼いが、犬をつれ、たくさんの羊の群れをしたがえてやってきたのです。
ニールスは風車の階段の下にかくれていましたので、ちっともこわくはありませんでした。
ところが、その羊飼いたちは、ニールスのかくれている階段の上に腰をおろしてしまったのです。
ですから、ニールスは、そこにじっとかくれているよりほかはありませんでした。
ひとりは若くて、見るからに羊飼いらしい様子をしていました。
しかし、もうひとりのほうは年をとっていて、すこし変わっていました。
体つきはがっしりとふしくれだっているのに、頭は小さくて、しかも、とってもおだやかな、やさしそうな顔つきをしているのです。
なんだか、頭と体がしっくり合っていないような感じでした。
年よりのほうは、しばらくのあいだじっとすわって、なんともいえないほど疲れきった様子で、霧の中を見つめていました。
それから、連れの者にむかって話しはじめました。
若者のほうは、袋の中からパンとチーズをとりだして、食べはじめました。
そして、ほとんどひとことも言わずに、じっと辛抱して、年よりの話を聞いていました。
その様子は、しばらくおまえさんがしゃべりたいようにしゃべらせておいてあげるよ、とでも腹の中で思っているようでした。

「エリークさんや、おまえさんに何か話をしてあげるとしよう」と、年とった羊飼いが言いました。
「わしはな、人間も動物も、いまよりずっと大きかった時代には、チョウも同じようにうんと大きかったと思うんだ。つまり、そのころは、体の大きさが何マイルもあって、羽根といったら海のように広いチョウがいたわけさ。その羽根は、たとえようもないほど青くて、銀のようにピカピカ輝いていた。だから、そのチョウが空を飛んでいるときには、どんな動物でも立ちどまって、思わず見とれてしまったものさ。ところが、ぐあいの悪いことには、体が大きすぎるものだから、なかなか羽根でうまくつりあいをとることができない。身のほどをわきまえて、陸地の上を飛んでいるあいだはよかったんだが、このチョウチョウさんは、それでは我慢ができなくなって、バルト海まで出ていったのさ。ところが、まだいくらもいかないうちに、嵐におそわれて、羽根が破れはじめたんだ。なあ、エリークさんや、チョウの羽根はもろいのに、相手はすさまじいバルト海の嵐なんだから、どうなったかは、おわかりだろう。みるみるうちに、羽根は引き裂かれ、めちゃめちゃになってしまう。そして、チョウは海の中に落っこちてしまったのさ。さいしょのうちは、波の上をゆらゆらとゆられていたんだが、やがて、スモーランドの海岸ちかくの岩の上に打ちあげられた。そして、そのままそこに、大きな体をながながと寝そべらせてしまったのさ。ところで、エリークさん、もしこのチョウが陸の上に落っこちたら、あっというまに粉々になってしまったろうよ。ところが、海の中に落っこちたもんだから、だんだんに石灰水がしみこんで、しまいには、石のように固くなってしまったんだ。ほら、おまえさんも知ってのとおり、岸辺にはよく妙な石があるだろう。あれは、みんな虫が化石したものなのさ。このチョウの場合も、やっぱりおんなじで、バルト海に寝ころんでいるうちに、そのまま細長い岩になってしまったと、わしは思うんだ。おまえさんは、そうは思わんかね?」

年よりは言葉をきって、返事を待ちました。
すると、若者はうなずいて、「つづけておくれ。先を聞きたいよ」と言いました。
「で、エリークさん、おまえさんやわしの住んでいる、このエーランド島は、じつをいえば、いま話したチョウの体なのさ。ちょいと考えてみさえすれば、この島がチョウだったってことはすぐわかるよ。北のほうへいけば、細長い胴とまるい頭が見えるし、南のほうへいくと、下腹が見えるんだが、こっちのほうは、はじめは広くて、それからだんだん狭くなり、しまいにはとがってしまうんだ」

ここで年よりは、また言葉をきって、相手の顔をのぞきこみました。
相手が、自分の話をどう思っているだろうかと、気にしているようでした。
けれども、若い羊飼いは、あいかわらず食べつづけながら、先を話してくれと、うなずいてみせました。
「それで、そのチョウが石灰岩になってしまうと、すぐにいろんな草や木の種が、風にはこばれてきて、その上に根を生やそうとしたものさ。」ところが、地面がすべすべした裸の岩場だったものだから、長いあいだスゲくらいしか生えてこなかったんだ。
でも、しだいにウシノケグサやモクセイソウ、それにイバラなんかも生えてくるようになった。
とはいえ、この山の上のアルヴァレット(平坦な岩原)では、今日になっても、あまり作物は育たない。
ここは土の層がとても薄いから、畑を耕したり種をまいたりしようとする人なんていないんだ。

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