初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第39話

ニールスのふしぎな旅

ところが、そのつぎの朝、ニールスが浜べにいって、貝をひろっていますと、またもやガンたちが走ってきて、ガチョウの姿を見なかったかとたずねました。もちろん、ニールスはガチョウの姿を見てはいませんでした。そうしてみると、ガチョウは、またいなくなってしまったのです。きっと、きのうと同じように、また霧の中で道に迷っているのでしょう。
ニールスは驚いて、すぐさま探しに出かけました。
オッテンビューの垣根に一カ所こわれているところがあったので、そこからよじ登ることができました。
垣根をこすと、まずは浜辺をさがしていきました。
そこはだんだん広くなっていて、畑や牧場や農場をつくろうと思えば、十分すぎるほどの広さがありました。
それからこんどは、島の真ん中にある平らな高台にのぼっていきました。
そこには風車のほかは、建物はなんにもありませんでした。
そして、芝生がとても薄いために、下の白い石灰質の地肌が輝いて見えました。
けれど、どうさがしてみても、ガチョウの姿は見当たりません。
だんだん夕やみがせまってきたので、もう海岸に引き返さなければなりません。
いよいよ、旅の道づれをなくしてしまったと、思うよりほかありませんでした。
ニールスはすっかりがっかりして、どうしていいのかわからなくなりました。
もう一度、垣根の上によじのぼったとき、すぐその近くで、石がガサガサと落ちる音が聞こえました。
なんだろうと思ってふりかえってみると、垣根の近くに積みかさねられている石の上で、なにかが動いているようです。
そっと忍び寄ってみると、驚いたことに、あの白ガチョウのモルテンが、長いヒゲ根をいくつかくわえて、積み石の上をよたよたと歩いているではありませんか。
ガチョウのほうでは、少年の姿に気がついていません。
ニールスのほうでも、ガチョウに声をかけません。
なぜなら、ニールスとしては、どうしてガチョウがこんなふうにして二度までも姿を隠してしまうのか、その理由をまず知りたかったからです。
その理由は、すぐにわかりました。
見れば、積み石の上に、一羽の若いメスの灰色ガンがすわっています。
そして、その灰色ガンは、ガチョウが来たのを見ると、うれしがって大きな声をあげました。
ニールスがなおもそっと近づいてみると、二羽の話がよく聞こえました。
それで、この灰色ガンは片方の翼をけがしたために、飛ぶことができないのだということがわかりました。
そのため、仲間のものは、この灰色ガンをたったひとり置きざりにして、飛んでいってしまったのです。
灰色ガンはおなかがへって、今にも死にそうになっていたのですが、運よくきのう、白ガチョウがその声を耳にして見つけてくれたのです。
そしてそれからは、白ガチョウが骨をおって食べものをはこんでくれているのです。
二羽は、白ガチョウが島からいってしまう前に、灰色ガンの翼がすっかりよくなるようにと願っていました。
けれども、今日になっても、まだ飛ぶことも歩くこともできません。
それで灰色ガンはたいへん悲しんでいましたが、白ガチョウは、自分はまだしばらく旅には出ないから安心するように、と言ってなぐさめました。
それから最後に、ガチョウはさようならを言って、あしたまた来る約束をしました。
ニールスはガチョウのあとを見送って、その姿が見えなくなったとき、今度は自分がその積み石の上にあがっていきました。
ニールスは白ガチョウにだまされていたので、プンプン怒っていました。
そして灰色ガンに、「あのガチョウは自分のもので、これから自分をラプランドまで連れていってくれようとしているところだから、おまえなんかのためにこんなところでぐずぐずしてはいられない」と言ってやろうと思っていたのです。
ところが、ニールスは若い灰色ガンのそばまでいったとき、驚いてしまいました。
なるほど、これではガチョウが二日のあいだ食べものを運んでやったり、そのことを話そうとしなかったのも無理はありません。
灰色ガンは、見るからにかわいらしい、ちっちゃな頭をしています。
羽毛はしゅすのようにやわらかで、目にはおだやかな、うったえるような表情をたたえています。
灰色ガンはニールスの姿を見ると、逃げようとしました。
けれども、片方の翼が傷ついているために、地べたをばたばたやるだけで動くことができません。
「こわがらなくてもいいよ」と、ニールスは言いました。
そして、さっきおなかの中で考えていたような怒った様子は、ほとんど見せませんでした。
「ぼくはね、ガチョウのモルテンの友だちで、オヤユビ太郎っていうんだよ」とつづけて言いましたが、そこで言葉がつまってしまって、それからあとはなんて言ったらいいのか困ってしまいました。
動物たちのなかにも、ときには魔法にかけられた人間ではないだろうかと思われるようなものがいます。
この灰色ガンにも、そんな様子がありました。ニールスが自分の名前を名乗ると、灰色ガンは、いかにも上品に頭を下げて、とてもガンとは思えないほど美しい声で言いました。
「あなたが助けにいらしてくださって、わたくし、本当にうれしゅうございます。白いガチョウさんが、あなたほど賢くて、やさしい方はいないと申しておりましたわ」

その言い回しがあまりにも優雅だったので、ニールスはすっかり戸惑ってしまいました。
「これはたしかに、ただの鳥じゃないぞ」と、ニールスは心の中で思いました。「きっと、どこかのお姫さまが魔法をかけられて、姿を変えているんだな」

ニールスは、灰色ガンを助けたいという気持ちでいっぱいになりました。そこで小さな手をガンの翼の下に差し込み、骨の様子をさわってみました。すると、骨は折れてはいませんでしたが、関節が外れていました。
「さあ、いいかい」と声をかけながら、管のような骨をしっかりとつかみ、元通りにはめ込みました。こんなことをするのは生まれて初めてでしたが、そのわりには、なかなかうまく、すばやくやり遂げました。

でも、かわいそうに、若い灰色ガンにとっては、どれほどひどく痛かったことでしょう。一声するどい悲鳴をあげると、そのまま石のあいだにぱったりと倒れ、じっと動かなくなってしまいました。
ニールスはすっかり慌ててしまいました。ただ助けてあげたい一心でやったことなのに、灰色ガンを死なせてしまったのです。ニールスは積み石から飛び降りるが早いか、いっさんにかけて逃げ出しました。まるで、人間を殺してしまったような気分でした。

あくる朝、空は晴れ渡り、霧もすっかり晴れていました。アッカは、これから旅を続けると言いました。ガンたちはみんな喜びましたが、白いガチョウのモルテンだけは嫌がりました。ニールスには、ああ、あの若い灰色ガンのそばを離れたくないんだな、とその理由がよくわかりました。けれども、アッカはガチョウの言葉には耳を貸さず、出発しました。

ニールスはガチョウの背中に飛び乗りました。白いガチョウは嫌々ながら、のろのろとみんなの後をついていきました。ニールスは一日も早くこの島を離れたいと思っていました。あの灰色ガンのことで、気がとがめて仕方がなかったからです。

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