故郷にいるのが嫌になって、みんな遠い外国へ行ってしまったのです。
お母さんは、子供たちから何ひとつ手助けをしてもらったことはありませんでした。
それどころか、子供のうちの二人は、出かける前に結婚していて、生まれたばかりの小さな子供たちをおばあさんのところに預けて行ってしまったのです。
それで今度は、この孫たちが、おばあさんを牛小屋へ連れてくるようになりました。
ちょうど昔、子供たちがしたのと同じように、孫たちはよく牛の世話をしました。
本当にいい子供たちでした。
おばあさんは夕方、乳をしぼりながら疲れすぎてうたた寝をしそうになると、いつも孫たちのことを考えて自分を奮い立たせるのでした。
「わたしにだって、いつかいい時が来るさ」とおばあさんは眠気を払い除けながら言いました。「孫たちが大きくさえなればね」
ところが、孫たちも大きくなると、外国にいるお父さんとお母さんのところへ行ってしまいました。
誰一人として家に残る者もおらず、戻ってくる者もいませんでした。
年老いたおばあさんは、この農場でひとりぼっちになってしまったのです。
おそらく、おばあさんは孫たちに「自分のそばにいてくれ」とは頼まなかったのでしょう。
「ねえ、赤や。おまえ、孫たちが一人前になったときに、ここに一緒にいてくれなんて頼めると思うかい?」おばあさんは牛小屋へ来て、牝牛のそばに立ってはいつもこう言っていました。「このスモーランドにいたんじゃ、いつまでたっても貧乏暮らしだものね」
しかし、一番下の孫が行ってしまったときには、さすがのおばあさんもすっかりがっかりしてしまいました。
急に腰が曲がり、白髪も増えていきました。
そして、歩くのにもよろよろとして、まるで動く力がなくなってしまったようでした。
それからは、働くのもやめてしまったのです。農場の世話もすっかりやめてしまい、何から何までほったらかしにしてしまいました。家が荒れ果てていくのもそのままにして、修理をしようともしませんでした。牛や牡牛もすべて売ってしまいました。
けれども、いまオヤユビくんと話をしている、年老いた牝牛だけは売らずに残しておいたのです。この牝牛だけは、どうしても生かしておきたかったのでした。思えば、どの子も、どの孫も、一生懸命に世話をしてやった牛でしたから。
おばあさんは、仕事の手伝いに、下男や下女を雇うこともできたでしょう。けれども、自分の子供たちが、おばあさんを置いて出て行ってしまってからは、身近に他人の姿を見たくなかったのです。それに、自分が死んだあとに、子供たちが戻ってきてこの農場を受け継ぐわけではないのですから、荒れ果てるに任せておいたほうが、かえってよかったのかもしれません。
こうして、自分の持ち物も少しも大事にしなくなりましたが、貧乏になっても平気でいました。ただ、自分がこんなひどい暮らしをしていることを、子供たちが知らなければいいが、と、そればかりを気にしていました。
「子供たちの耳に、入らなければいいが! 子供たちの耳に、入らなければいいが!」おばあさんは、牛小屋の中をよろよろと歩きながら、ため息をついてはこう言ったものです。
子供たちは、しょっちゅう手紙をよこしては、おばあさんにもこちらへ来るように言いました。しかし、おばあさんは行こうとはしませんでした。おばあさんとしては、子供たちを自分から奪っていった国など、見たくもなかったのです。おばあさんは、その国に対して腹を立てていました。
「子供たちが、あんなに好きな国を嫌うなんて、わたしのほうがどうかしているんだろう」とおばあさんは言いました。「でも、わたしはそんな国は見たくない」
おばあさんは、いつもいつも子供たちのことと、結局子供たちは外国へ行かなければならなかったのだ、ということばかり考えていました。夏になると、おばあさんは牝牛を連れて大きな沼に行きました。そして、一日じゅう、手を着物の中につっこんで、沼の端に座っていました。帰り道には、決まってこう言ったものです。
「ねえ、赤や。ここがこんなやせた沼地ばかりでなくって、大きな肥えた畑もあったら、あの子たちもよそへは行かなくて済んだだろうにねえ」
おばあさんは、目の前に広々とは広がっていても、何の役にも立たないこの沼地に対して、本当に腹を立てることもありました。そして、子供たちが自分を残して出て行ってしまったのは、みんなこの沼地のせいだと言い立てたのです。
昨日の夜、おばあさんはいつもよりもよろよろとしていて、とても危なっかしそうでした。乳を絞ることさえもできませんでした。飼い葉桶によりかかりながら、さっきおばあさんを訪ねてきて、この沼地を買いたいと言った、ふたりの見知らぬお百姓さんのことを話していました。その人たちは、沼の水を干して、畑にしようというのだそうです。この話に、おばあさんは嬉しいような、心配のような気持ちになっていました。
「いいかい、赤や。いいかい。この沼にライムギが生えるようになるんだってよ。さあ、子供たちに手紙でも書いて、帰ってくるように言ってやろうよ。もうよその国に行っている必要はないんだよ。だって、これからは家にいても食べていけるようになるんだもの」
その手紙を書くために、おばあさんは母屋に戻ったのでした。
――――
ニールスは、牝牛が話し続けるのを、もう聞いてはいませんでした。牛小屋の戸を開けて、中庭を横切り、さっきまではあんなに怖がっていた、死人のいる部屋に入っていきました。
部屋の中は、思ったほどみすぼらしくはありませんでした。アメリカに知り合いのある人の家によく見られるようなものが、たくさん並んでいました。隅のほうにはアメリカ製の揺り椅子がありますし、窓際のテーブルには美しく刺繍をしたビロードの布がかけられています。それから、ベッドには美しい覆いがかけられています。壁には、外国に行っている子供や孫たちの写真が、木彫りの額縁に入れられて飾られています。机の上には、背の高い花瓶と、太い螺旋形のロウソクを立てた一対の燭台が置かれています。
ニールスはマッチ箱を探して、そのロウソクに火をともしました。ニールスがそうしたのは、部屋の中をもっと明るくするためではなく、そうすることが死んだ人に対する礼儀だと思ったからです。それから、おばあさんのところへ行って、静かに目をとじてやり、両手を胸の上に組ませてやりました。そうして、顔にかかっているうすい白髪を、きれいに整えてあげました。
ニールスは、もうちっとも怖くはなくなっていました。
それどころか、おばあさんが死ぬときまで、子どもたちのことを思いながら、ひとり寂しく暮らさなければならなかったことを考えますと、心から気の毒でたまらなくなりました。
そして、せめて今夜一晩は、このおばあさんの亡骸(なきがら)を見守ってあげようと思ったのです。
ニールスは讃美歌の本を探し出し、低い声で二つ三つと読みはじめました。
ところが、読んでいる最中に、突然、途中でやめてしまいました。
なぜなら、急にお父さんとお母さんのことが頭に浮かんできたからです。
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