それどころか、えさを持ってきてくれるときなどは、おかみさんの手に喜んで頭をこすりつけました。
また、おかみさんがどこかよそへ出かけるときには、さびしがって鳴きました。
そして帰ってくると、野ガモのことばでうれしそうにお迎えをしました。
ヤッローは、以前に犬や人間をあんなに怖がっていたことをすっかり忘れてしまいました。
いまではどちらもやさしく親切なものに思われて、心から大好きになったのです。そして、一刻も早く元気になってトーケルン湖へ帰り、みんなに「敵だと思っていた犬や人間も、実は恐れるような存在じゃないんだよ」と教えてあげたい、と願うのでした。
この家の人たちも、そしてセーサルも、みんな優しい目つきをしているので、ヤッローは彼らのことが大好きでした。
ところが、この家に一人だけ、どうしても顔を合わせるのが嫌でたまらない相手がいました。それは、ネコのクローリナです。
クローリナもヤッローに対して何か意地悪をするわけではありませんでしたが、どうにもこのネコだけは信用することができませんでした。
クローリナは、ヤッローがどんどん人間に懐いていくのを見ては、いつも意地悪な口論を仕掛けてきました。
「人間がおまえを大事にしてくれるのは、おまえのことが好きだからだなんて思っちゃ大間違いだよ」と、クローリナは言います。
「まあ、今のうちに見ておきなよ。おまえがいい具合に太ってきたら、すぐに首を絞められちまうんだからね。あたしはこれでも、人間っていう生き物をよく知ってるんだから」
ヤッローは他の鳥たちと同じく、とても優しい心の持ち主でした。
ですから、ネコにそんなことを言われると、本当に悲しくなってしまったのです。
あのおかみさんが、自分の首を絞めるなんて! いや、そんなことはどうしても考えられません。
ぼっちゃんにしたって、そんなことをしようなどと夢にも思っていないはずです。
あの小さなぼっちゃんは、何時間もの間、ヤッローのかごのそばに座って、かわいい片言でおしゃべりをしてくれるではありませんか。
ヤッローは、自分がおかみさんとぼっちゃんを大好きなのと同じように、二人も自分のことを大好きでいてくれるのだと信じていたのです。
ある日、ヤッローとセーサルがいつも通り暖炉の前に座っていると、クローリナがかまどの上からヤッローをからかい始めました。
「ねえヤッローさん、トーケルン湖の水が干されて畑になっちゃったら、来年、おまえたち野ガモはいったいどうするつもりだい?」
「なんですって、クローリナさん?」ヤッローは叫びながら、びっくりして飛び上がりました。
「そうそう、おまえはセーサルやあたしと違って、人間の言葉がわからないんだったね」と、ネコは答えました。
「でなきゃ、昨日この家にいた人たちが話していたことを聞いているはずだもの。みんなね、トーケルン湖の水を干してしまうから、来年には湖の底が部屋の床みたいにカラカラに乾いてしまうだろうって言っていたんだよ。だから、そうなったらおまえたち野ガモはどこへ行くのかと思ってね」
ヤッローはこの話を聞くと、すっかり腹を立ててしまいました。
「きみは黒ガモみたいに卑怯者だね!」と、ヤッローはクローリナに向かって怒鳴りました。
「きみはぼくを人間嫌いにさせたいんだろう。だけど、人間がそんなひどいことをしようとするなんて思わないね。だって、あのトーケルン湖が野ガモたちの場所だってことは、人間だって知っているはずだもの。あんなにたくさんの鳥を宿なしにして、不幸にするなんてことがあるもんか。きみはぼくをおどかそうと思って、そんな嘘をついているんだろう。きみなんか、ワシのゴルゴさんに八つ裂きにされちまえばいいんだ! そのひげだって、おかみさんに切られちまえばいい!」
しかし、これだけ言い返しても、クローリナは一向に黙りません。
「じゃあ、おまえさんはあたしが嘘をついていると思っているんだね」と、クローリナは言いました。
「それなら、セーサルに聞いてごらんよ。セーサルだって昨日の夜は家にいたんだからね。それに、セーサルは決して嘘なんてつかないよ」
「セーサルさん」と、ヤッローはセーサルに向かって言いました。
「きみはクローリナなんかよりも、人間の言葉がずっとよくわかるね。クローリナの言っていることは嘘だよねえ! だって、もしトーケルン湖を干して畑にしてしまったら、いったいどうなると思っているの? 野ガモにはヒルムシロもエビもなくなっちゃうし、子ガモにはボウフラも魚の子もオタマジャクシもみんななくなっちゃうんだよ。それに、アシもなくなっちゃうから、子ガモが飛べるようになるまで隠れていられる場所もなくなってしまうんだ。そうなったら、いやでも野ガモはあそこを立ちのいて、新しい住みかを探さなきゃならない。でも、トーケルン湖のような最高の隠れ家なんて、どこにもありゃしないんだ。ねえ、セーサルさん、クローリナは嘘をついているんだよね?」
この話をしている間、セーサルの様子は、実に奇妙なものでした。ついさっきまでは確かに目を覚ましていたのですが、ヤッローがセーサルのほうを向いたとたんに、セーサルは大きなあくびをして、長い鼻づらを前足の上にのせたかと思うと、たちまち、ぐうぐうと眠り込んでしまったのです。
ネコはずるそうな薄笑いを浮かべながら、セーサルを見下ろしました。
「セーサルさんは、あんたに返事をするのが嫌みたいだね」と、ネコはヤッローに言いました。
「セーサルさんだって、ほかの犬と同じように、もし人間が悪いことをすれば黙っちゃいないよ。まあ、とにかく、あたしの言うことは本当さ。人間が湖を干したがるわけを、いま教えてあげるよ。あんたたち野ガモがトーケルン湖を独り占めにしていたころは、人間だって湖を干そうなんて思わなかったのさ。だって、あんたたちは役に立つんだからね。それが今じゃ、モグリドリだとか、黒ガモだとか、食べられもしないいろんな鳥が、ほとんどアシを占領しちまっている。それで人間は、そんな鳥のために湖をほったらかしておくことはないって考えたってわけさ」
ヤッローは、もうクローリナには答える必要はないと思いましたが、セーサルの耳元でこう言いました。
「セーサルさん、きみも知ってのとおり、トーケルン湖には今でもまだ、たくさんの野ガモがいるんだよ。それをみんな人間が宿なしにしてしまうなんて、そんなことは嘘だよね」
そのとき、セーサルは突然はね起きて、クローリナに飛びかかりました。ネコはあわてて棚の上へとび上がりました。
「やい、やい、おれが寝たいときには、ちったあ静かにしているもんだ」と、セーサルは雷のような声で怒鳴りつけました。
「もちろん、おれだって今年あの湖を干すって話があることぐらい知ってらあ。だが、こんな話は今までにもたびたびあったが、一度だって実行されたためしがねえんだ。それに、湖を干すなんてことはおれの知ったこっちゃねえ。あの湖が干されちまったら、狩りはいったいどうなるんだ。そんなことをいい気になってしゃべりたてやがって、この大馬鹿野郎。
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