ガンたちは、まずムンク製紙工場の頭上を飛びました。
ちょうど昼休みが終わったところで、大勢の職工たちが工場の門をくぐるところでした。
職工たちはガンの鳴き声を聞きつけると、足を止めて叫びました。
「どこへ行くんだい? どこへ行くんだい?」
ガンには何もわかりませんでしたが、ニールスが代わって答えました。
「機械もボイラーもないところへ行くんだよォ!」
職工たちはその答えを聞いて、ガンの鳴き声が人間の言葉のように聞こえたのは、自分たちの心にある憧れのせいだろうと思いました。そして、「一緒につれてってくれよォ! 一緒につれてってくれよォ!」と、みんなで声を揃えて叫びました。
「今年はだめだよォ! 今年はだめだよォ!」と、ニールスは叫び返しました。
その次に、ガンたちはヴェッテルン湖の岸辺にある、有名なマッチ工場の上を飛びました。
そこは砦のように大きな工場で、たくさんの煙突が空高く突き出ていました。
外には誰もいませんでしたが、大きな部屋の中では、若い女工たちが座ってマッチを箱に詰めていました。
天気がいいので窓は開け放たれており、そこからガンの鳴き声が聞こえてきたのです。窓ぎわに座っていたひとりの女工が、マッチ箱を手にしたまま窓から顔を出し、「どこへ行くの? どこへ行くの?」と叫びました。
「あかりもマッチもいらない国へ行くんだよォ!」と、ニールスが答えました。
少女は、ただガンが鳴いているのだろうと思いましたが、その言葉があまりにもはっきり耳に入ってきたので、思わず「あたしもいっしょに連れてってぇ!」と叫びました。
「今年はだめだよォ! 今年はだめだよォ!」と、ニールスは答えました。
工場の東側には、じつにすばらしい場所であるエンチェーピング市があります。細長いヴェッテルン湖の東側と西側には、高くてけわしい砂丘がそびえています。
けれども南側は、砂丘の壁が崩れ落ちて、まるで大きな門のようになっています。そこを通って、ヴェッテルン湖へ出ることができるのです。
そして、この門の真ん中に、左手と右手には山を控え、うしろにはムンク湖、前にはヴェッテルン湖をのぞんで、エンチェーピング市があるのです。
ガンたちは、この細長い市の上を飛びながら、あいかわらず鳴きさけびました。
ところが、この市では、だれも答えてくれる者はありませんでした。
無理もありません。市の人たちが通りに立ちどまって、空飛ぶガンに向かって叫ぶなんてことは、考えられませんものね。
やがて一行は、詩人ヴィクトル・リュドベルイの胸像が立つ公園の上へやってきました。
公園の中はひっそりとしていて、高い木々の下には、散歩をしている人の姿も見当たりませんでした。
ところが、とつぜん、どこからともなく力強い声が、ガンたちの耳に聞こえてきました。
「どこへ行く? どこへ行く?」
「通りも広場もないところへ行くんだよォ!」と、ニールスは叫びました。
「いっしょに連れて行ってくれ!」と、その力強い声が叫びました。その声は、まるで青銅ののどから響いてくるようでした。
「今年はだめだよォ! 今年はだめだよォ!」と、ニールスは答えました。
それから、ガンのむれはヴェッテルン湖の岸にそって飛びました。
しばらくすると、アンナ病院の上に来ました。
病人が二、三人、テラスに出てすがすがしい春の空気を楽しんでいましたが、ちょうどそのとき、ガンの鳴き声を耳にしました。
「どこへ行くの?」と、その中のひとりが、ほとんど聞きとれないくらいの弱々しい声でたずねました。
「心配も病気もない国へ行くんだよォ!」と、ニールスは答えました。
「いっしょに連れてって!」と、病人は言いました。
「今年はだめだよォ! 今年はだめだよォ!」と、ニールスは叫びました。
みんなは飛びつづけて、フースクヴァルナという村にきました。
この村は谷間にあって、ぐるりの山々は、けわしいけれど美しい形をしていました。
一つの川が細長い滝となって、丘にそって流れ落ちています。山のふもとには大きな工場がいくつもあり、谷間には小さい庭のある職工たちの家々が、あちこちに見えました。
谷間の真ん中には学校がありました。ちょうど、ガンがその上に来たとき、おおぜいの生徒たちが列をなして外に出てきて、たちまち校庭はいっぱいになりました。
「どこへ行くの? どこへ行くの?」と、子どもたちはガンの鳴き声をききつけて叫びました。
「本も宿題もないところへ行くんだよォ!」と、ニールスは答えました。
「いっしょに連れてってよォ!」と、子どもたちは叫びました。
「今年はだめ、来年来年!」と、ニールスは叫びました。
「今年はだめ、来年来年!」
19 大きな鳥の湖
野ガモのヤッロー
ヴェッテルン湖の東岸には、オムベルイ山がそびえています。
そのオムベルイ山の東には、ダーグスモッセがあり、さらにダーグスモッセの東にはトーケルン湖があります。そして、トーケルン湖のまわりには、大きなエステルイエータ平野がひろびろと広がっています。
トーケルン湖は大きな美しい湖です。
けれども、むかしはもっと大きかったにちがいありません。そのころの人たちは、この湖が肥えた豊かな平野を大きく占領しているので、その水を干してしまって、そこに畑をつくろうとしました。
しかし、みんなが考えていたように、湖ぜんぶをうまく干してしまうことはできませんでした。そのために、いまでもこんなに大きいのです。
しかし、湖の水を干そうとしてからはずっと浅くなって、いまでは二メートル以上の深さのところは、ほとんどありません。
岸辺は沼地のように泥だらけですし、湖の中には、泥の小島があっちにもこっちにも水面に顔を出しています。
さて、この湖には、足だけ水の中に入れて、頭と胴を水のおもてにつきだしたがっているものがあります。
それはアシです。しかも、浅くて長くつづいているこのトーケルン湖の岸辺と、泥の小島のまわりほど、アシが生えるのにぴったりな場所はありません。
アシは、人間の背よりも高く、びっしりと生い茂るため、小舟でさえもその中へ分け入ることはできません。
この湖のまわりにも、緑色のアシが広い垣根のように広がっているおかげで、人間はアシを刈り取ったごくわずかな場所にしか近づくことができないのです。
アシは人間を寄せつけない代わりに、ほかのたくさんの生き物にとっては、絶好の隠れ場所となります。
アシのあいだには、静かな緑の水をたたえた、小さな池や細い水路があります。
そこには、ウキクサやヒルムシロがびっしりと生え、ボウフラや、魚の赤ちゃん、オタマジャクシなどが、うじゃうじゃと生まれてきます。
そして、こうした小さな池や水路のほとりには、水鳥たちが敵に襲われたり、食べ物に困ったりする心配もなく、安心して卵をかえしたり、ひなを育てたりできる場所がたくさんあるのです。
このアシの茂みには、信じられないほどたくさんの鳥が住んでいます。
しかも、ここが最高の住みかだということが知れ渡ってしまったので、年々その数は増えるばかりです。
最初にここに住みついたのは野ガモでしたが、いまでも数千羽が住んでいます。
しかし、もう湖のすべてを自分たちだけで独占しているわけにはいきません。
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