初級翻訳・一寸法師 第13話

一寸法師

あの女が何かしら秘密を持っていることは確かです」

明智は山野夫人のどんな微細な表情の動きも見逃すまいとするように、彼女の青ざめた顔をのぞき込んだ。そして、ごく平凡な調子で次の話題に進んでいった。

「この事件には、妙な不具者が関係しているように思われます。俗に『一寸法師』というやつです。もしやそんなものに心当たりはありませんか。たぶんお聞き及びでしょうが、小林君も先夜そんなものを見たということですし、今度の百貨店の事件にもどうやら同じ一寸法師が関係しているらしいのです。昨夜真夜中に、問題のお梅さんという人形のそばで、そいつがうごめいているところを店員が見たというのです」

「まあ」山野夫人は心底から気味悪そうに身震いした。「小林さんから聞きました時は、あの人が何か見違えたのだろうと思っておりましたが、まあ、ではやっぱり、そんな不具者がいるのでございましょうか。いいえ、私、少しも存じませんわ。小さい時分に見世物で見た以外には、一寸法師なんて久しく見たこともございませんわ」

「そうでしょうね」明智は夫人の目を見続けていた。「それについて妙なことがあるのですよ。小林君は一寸法師が養源寺へ入るのを確かに見たのですが、お寺でもそんなものはいないと言いますし、近所の人も見たことがないというのです。今度もまた、それと同じことが起きたのです」明智は話しつづけた。「それに、店員が夜中にその一寸法師を見たにもかかわらず、その前日も翌日も、そんな体の不自由な人が出入り口を通った様子がないのです。
といって、窓を壊して出入りした跡もありません。
いつだって、あいつは消えてなくなるように姿を消してしまうらしいのです。
そこに何か意味があるのではないかと思うのですが」
明智は何かしら知っているようでした。
知りながらわざと何食わぬ顔をして、いわば不必要な会話を交わしているような様子が見受けられました。
彼は最初から一つの計画を立てて、芝居を打っているのかもしれませんでした。
「それから、今回の事件でもっとも不思議なのは、これは奥様もとうにお気づきだと思いますが、犯人が犯行を公衆の面前にさらけ出そうとしている点です。
小林君の見たことといい、例の千住の片足事件といい(もっともこれは全く別の事件かもしれませんが)、今度の百貨店の出来事といい、すべて犯人は恐ろしい殺人事件があったことを世間に知らせようとしている形跡があります。
特に今日のは、ちゃんと指輪まではめてあった。
これは山野三千子さんの手首だぞと、広告しているようなものではありませんか。
殺人者が自分の犯行を広告するなんて、到底考えられないことです。
馬鹿か狂人でなければ、いや、どんなに馬鹿でも狂人でも、まさかそんな乱暴なことはしないでしょう。
それに、誰にも姿を見せずに百貨店の飾り人形に、死人の手首を取り付けてくるなんて、馬鹿や狂人にできる芸当ではありません。
とすると、この一見馬鹿馬鹿しく見える出来事には、何か深い魂胆がなければなりません」
明智はそこでポツリと言葉を切って、山野夫人の青ざめた顔を眺めました。
不自然に長い間、そうしてじっとしていました。
山野夫人は、明智の鋭い眼光を意識して、うつむいたまま震えていました。
彼女はあまりの恐ろしさに、気絶してしまいそうなほどで、口もきけない様子でした。
「で、もしこれが深い計画によって行われた出来事だとしますと、その意味はたった一つしかありません。
つまり、犯人は別にいるのです。
お嬢さんの死体の一部を公衆の面前にさらけ出している奴は、犯人ではなくて、そういう驚くべき手段によって、本当の犯人を脅迫しているのです。
何か目的があって、非常手段をとっているのです。
そんな風には考えられないでしょうか」
山野夫人はその時、ハッと顔を上げて明智を見ました。
二人は無言のまま、じっとにらみ合いました。
お互いの胸の奥まで突き通すような、恐ろしい眼光を交わしました。
が、次の瞬間には、山野夫人はテーブルに顔を伏せて、激しく泣き出していました。
抑えても抑えても、胸を刺すような甲高い声が、袖からもれました。
彼女の小さな肩が激しく波打ちました。
投げ出した白い首筋に後れ毛がもつれて、なまめかしく震えました。
そこへドアが開いて、書生が入ってきました。
彼はその場のただならぬ様子を見ると、そのまま引き返そうとしましたが、思い直してテーブルの方へ近づいてきました。
彼も何か非常に興奮している様子でした。
「奥様」彼はおずおずと夫人を呼びかけました。
「大変な物が届きました」
夫人はやっと涙を抑えて、顔を上げました。
「たった今、こんな小包が届きました」
書生は持っていた細長い木箱をテーブルの上に置いて、チラと明智の方を見ました。
小包は粗末な木箱で、厳重に釘づけになっていましたが、書生が無理に開けたのでしょう、蓋が半分に割れて、中から何か油紙に包まれたものがはみ出していました。
細長い木箱は、午後の第一便の郵便物の中に混じっていました。
差出人の名前はなかったけれど、どこからかの贈り物に違いないと思って、書生の山木は何気なく蓋を開けたのです。
(ここでは封書以外の小包だとか書籍類などは、書生が荷造りを解いて主人のところへ持っていく習慣でした)だが、一目中の品物を見ると、山木は青ざめてしまいました。
彼はそれをどう処分していいか分かりませんでした。
病中の主人を驚かせるのははばかられました。
といって、黙っておくわけにはいきません。
ふと思いついたのは、客間に素人探偵の明智が来ていることでした。
彼はとりあえず、それを夫人と明智のところへ持っていくことにしたのです。
明智は書生の説明を聞きながら、箱の中から油紙に包まれた品物を取り出して、丁寧に包みを解きました。
中からは、渋紙色に変色した人間の片腕が出てきました。
肘のところから見事に切断され、切り口に黒い血が固まっていました。
たまらない悪臭が鼻を打ちました。
「君、奥さんをあちらへ連れていってくれ。
これをご覧にならないほうがいい」
明智は手早く包みを箱の中へ押し込んで叫びました。
しかし、山野夫人はすべてを見てしまいました。
彼女は立ち上がって、無表情な顔で一点を見つめていました。
顔色は透き通るように白くなりました。
「君、早く!」
明智と書生とが同時に夫人を支えました。
夫人はもう立っている力がありませんでした。
彼女は無言のまま書生に抱かれるようにして、日本間の方へ立ち去りました。明智は夫人が部屋を出ていくと、再び包みを解いて中の物を取り出し、しばらくじっと眺めていました。
あまり注意深く扱わないと、皮膚がズルズルとめくれてしまいそうでした。
それは若い女性の左の手首でした。
これと百貨店にさらされていたものとが、ちょうど一対をなしているのではないかと思われました。
彼は棚の上にあった硯箱を下ろして墨をすると、手帳の上に、注意深く、腐りかかった五本の指の指紋を写し取りました。
そして、それを元通りに包み直して箱の中に納め、人の目につかない部屋の隅へと置きました。

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