おじさんは、ひどい目にあったのだ。それどころではないのだ。賢二という、きみとよく似た子どもを、さらわれてしまったのだからね。」
高橋さんは、くやしそうにいいました。こんなによく似た身代わりさえいなければ、だまされはしなかったのにと、この少年が憎らしくなってくるのでした。
ああ、賢二少年は、やっぱり、鉄塔王国とやらへ連れ去られてしまったのです。お金さえやれば、ほんとうの賢二君を返してくれたのかもしれないのに、刑事たちを連れてきたばかりに、怪人に裏をかかれて、取り返しのつかないことになってしまいました。高橋さんは、中村警部をうらめしく思いました。警部さえ、刑事を張り込ませるようなことをしなければ、こんなことにはならなかったのです。
それにしても、名探偵明智小五郎は、いったい、なにをしているのでしょう。小林少年は、どこにいるのでしょう。さすがの名探偵も、今夜のことは見通しがつかなかったのでしょうか。
【怪自動車】
みんなが、うまい考えも浮かばないで、地下室に立ち並んだまま、ぼんやりしていたとき、うしろの階段から、なにか黒い影のようなものが、地下室へ降りてきました。
「だれだっ、そこへきたのは、だれだっ。」
ひとりの刑事が、それに気づいて、いきなり懐中電灯をさしつけながら、怒鳴りました。その電灯の光の中に浮かび出たのは、汚い女こじきでした。夕方、御用聞きに変装した刑事が、原っぱで出会ったあの女こじきでした。
「なあんだ、こじきか。いまごろ、どうしてこんなところへやってきたんだ。この地下室で寝るつもりなんだろう。いけない、いけない。外へ出ろ。さあ出るんだ。」
べつの刑事が、女こじきを乱暴につきとばそうとしました。ところが、こじきは、つきとばされるどころか、刑事の手をはねかえして、グングン前にすすんできます。見かけによらず力の強いやつです。そして、高橋さんの前までやってくると、みんなの方を向き直り、にこにこと笑い出したではありませんか。
「こいつ、頭がおかしいんじゃないか。こらっ、ここはおまえなんかが来る場所じゃない。出ていけ。出ていかないと、ひどい目にあうぞ!」
刑事にどなりつけられても、女こじきは平気な顔をしています。そして、変なことを言い出しました。
「ここは、ぼくが来るべき場所だよ。ぼくが来なければ、きみたちだけでは、どうにもできないじゃないか。」
それは、はぎれのよい男の声でした。またしても、わけのわからないことが起こりました。女こじきが、男の声でしゃべっているのです。
「ハハハ……、わからないかね。ほら、これを見たまえ。」
女こじきはそう言いながら、手をあげて頭の毛をつかみ、グッと上にもち上げました。すると、汚い髪の毛がスポッと抜けて、その下から男の頭があらわれたではありませんか。女の髪の毛は、カツラだったのです。下からあらわれたのは、モジャモジャの男の頭でした。顔はススでも塗ったように真っ黒でしたが、よく見ると、どこか見覚えのある顔でした。
「あっ、それじゃあ、あなたは……。」
「明智小五郎です。おわかりになりましたか。」
ああ、その汚い女こじきは、名探偵・明智小五郎の変装姿だったのです。高橋さんも刑事たちも、あっけにとられて、しばらくは口をきくこともできませんでした。
「ぼくは、ここへ刑事諸君を張り込ませたら、かえって危ないと思ったのです。怪人団は、もうひとつ奥の手を考えるかもしれないと考えたのですよ。それで、だれにも知らせず、女こじきに化けて夕方から、この原っぱを見張っていました。そして、万が一の場合には飛び出すつもりだったのです。」
明智は、まるで演説でもするように話しはじめました。
「高橋さんが、札束のふろしき包みをさげて地下室へ入っていかれるのも見ていました。それからしばらくして、高橋さんが一人の少年を連れて出てこられたのも、刑事諸君がそこへ駆けつけて、地下室へ降りていくのも見ていました。そして、そっと入口の階段に近づき、中の様子を聞きますと、少年が賢二君の替え玉だったことや、怪人が消え失せたことがわかりました。ところがぼくは、一度も目を離さないでこの地下室を見張っていたのに、だれもここから出ていった者はいなかったのです。この地下室には、階段のほかに出入り口のないことは確かです。暗くなってから、原っぱの向こうに、一台の自動車がヘッドライトを消してとまっていました。ぼくは、ふと思い当たることがあったので、その自動車に注意していたのですが、つい今しがた、それがどこかへ走り去ったのです。さっき、この地下室で、だれもいないのに怪人の声が聞こえましたね。あの声のすぐあとで、その自動車は出発したのですよ。この意味がわかりますか。」
「では、その自動車に怪人団のやつらが乗っていたとおっしゃるのですか。」
高橋さんが思わず聞き返しました。
「そうです。怪人団の首領が乗っていただろうと思います。」
「それを、あなたは逃がしてしまったのですか。自動車に気づいていながら、何もしなかったのですか。」
「いや、何もしなかったのではありません。そこにいる御用聞きに化けた刑事さんは、女こじきがひとりの子どもこじきを連れていたことを知っているでしょう。あの子どもこじきは、どこへ行ったと思いますか。怪人の自動車のどこかに隠れて、尾行しているのです。非常な冒険です。しかし、あの少年ならだいじょうぶですよ。」
「あっ、それじゃあ、あの子どもこじきは、先生の助手の小林君だったのですか。」
御用聞きに変装した刑事が、とんきょうな声をたてました。
「そうです。小林はリスのようにすばしこくて、よく頭の働く少年です。こういう尾行は、大人にはできません。体の小さい少年でなくては、うまくいかないのです。小林はヒルのように、くっついたら離れませんよ。そして、怪人団の本拠までついていくでしょう。鉄塔王国がどこにあるかを確かめるまでは、離れないでしょう。こじきに化けた小林は、大きな切れの袋をさげていました。その中にはいろいろなものが入っているのです。それを使って、小林はきっと目的を果たすでしょう。ぼくは、あの少年の力を信じているのです。」
それを聞いて、みんなはやっと安心しました。あの名助手の小林少年が尾行したのなら、決して怪人を逃がすことはないだろうと思ったからです。
名探偵の知恵
「それにしても怪人は、どうしてこの地下室から逃げ出せたのでしょう。」「それから、だれもいないのに声が聞こえたのは?……わたしには、なにがなんだかさっぱりわかりませんが、明智さん、あなたはそのわけがおわかりですか」
高橋さんが、みんなが心の中で疑問に思っていたことを質問しました。
「ぼくは、そのわけを、自動車が走り去った瞬間にすぐ気づいたのです。すこし反応が遅すぎたかもしれません。しかし、怪人団の本拠地をつきとめるためには、むしろ遅いほうがよかったともいえるのです。ちょっと待ってください。ぼくの推理が当たっているかどうか、いま確かめてみますから」
明智はそう言うと、足元でつぶれたように横たわっていた大カブトムシの模型の上へしゃがみ込みました。
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