初級翻訳・三つの宝 第2話

三つの宝

まあ、飛んでみせてくださいよ」
王子「では飛ぶぞ。いち、にの、さん!」

王子は勢いよく飛び上がる。
しかし、戸口へも届かないうちに、どたんと尻もちをついてしまった。
一同はどっと笑い声をあげる。
宿屋の主人「こんなことだろうと思ったよ」
第一の農夫「千里どころか、二、三間(さん、よんメートル)も飛べなかったぜ」
第二の農夫「いや、千里飛んだのさ。一度千里飛んで、また千里飛び返ったから、もとの所へ戻ってきたんだろうよ」
第一の農夫「冗談じゃない。そんな馬鹿なことがあるものか」
一同は大笑いになる。
王子はすごすごと起き上がりながら、酒場の外へ行こうとする。
宿屋の主人「もしもし、お勘定を置いていってくださいよ」
王子は無言のまま、金を投げる。
第二の農夫「お土産は?」
王子「(剣の柄へ手をかけて)なんだと?」
第二の農夫「(尻ごみしながら)いえ、何でもありません……」
(独り言のように)「剣だけは、首くらいなら切れるかもしれないな」
宿屋の主人「(なだめるように)まあ、あなたもまだお若いのですから、一度お父さまの国へお帰りなさい。いくらあなたが騒いでみたところで、とても黒ん坊の王さまにはかないませんよ。人間というものは、身のほどをわきまえて慎み深くするのが一番賢い生き方です」
一同「そうしなさい。そうしなさい。悪いことは言わないから」
王子「わたしはどんなことでも……どんなことでもできると思っていたのに!」
(突然、涙をこぼす)
「お前たちにも情けない姿を見せてしまった」
(顔を隠しながら)「ああ、このまま消えてしまいたい」
第一の農夫「そのマントルを着てみたらどうですか? そうすれば消えるかもしれませんよ」
王子「畜生!」(地団駄を踏む)「よし、いくらでも馬鹿にして笑うがいい。わたしはきっと、黒ん坊の王から可哀そうな王女さまを助けてみせる。長靴は千里飛ばなかったが、まだ剣がある。マントルも……」
(一生懸命に)「いや、素手だって助けてみせるぞ。その時になって後悔しないようにしておけ!」
(気違いのように酒場を飛び出していく)
宿屋の主人「困ったものだ。黒ん坊の王さまに殺されなければいいが……」

三

王城の庭。
薔薇の花々のあいだで噴水が上がっている。
最初は誰もいない。
しばらくして、マントルを着た王子が現れる。
王子「やはり、このマントルは着たと思うとたちまち姿が隠れるらしい。城の門をくぐってから兵士にも腰元にも出会ったが、誰もわたしをとがめなかった。このマントルさえ着ていれば、この薔薇を揺らす風のように、王女の部屋へだって入れるはずだ」
「……おや、あそこへ歩いてきたのは、噂に聞いた王女さまじゃないか? どこかへ一時身を隠してから……いや、そんな必要はない。わたしはここに立っていても、王女の目には見えないはずだ」
王女は噴水の縁(ふち)へ来ると、悲しそうにため息をつく。
王女「わたしは、なんて不仕合わせなのだろう」もう一週間もたたないうちに、あの憎らしい黒ん坊の王は、わたしをアフリカへつれて行ってしまう。
獅子やワニのいるアフリカへ。……(そこの芝生の上に座りながら)わたしはいつまでもこの城にいたい。
このバラの花の中にいて、噴水の音を聞いていたい。
……

王子 なんて美しい王女だろう。
わたしはたとえ命を捨てても、この王女を助けてみせる。
王女 (驚いたように王子を見ながら)誰です、あなたは?
王子 (独り言のように)しまった! 声を出したのは悪かったのだ!
王女 声を出したのが悪い? 気違いかしら? あんな可愛い顔をしているけれども、――
王子 顔? あなたにはわたしの顔が見えるのですか?
王女 見えますわ。
まあ、何を不思議そうに考えていらっしゃるの?
王子 このマントルも見えますか?
王女 ええ、ずいぶん古いマントルじゃありませんか?
王子 (落胆したように)わたしの姿は見えないはずなのですがね。
王女 (驚いたように)どうして?
王子 これは一度着さえすれば、姿が隠れるマントルなのです。
王女 それはあの黒ん坊の王のマントルでしょう。
王子 いえ、これもそうなのです。
王女 だって姿が隠れないじゃありませんか?
王子 兵士や腰元に会った時は、確かに姿が隠れたのですがね。
その証拠には誰に会っても、咎められたことがなかったのですから。
王女 (笑い出す)それはそのはずですわ。
そんな古いマントルを着ていらっしゃれば、下男か何かと思われますもの。
王子 下男!(落胆したように座り込んでしまう)やはりこの長靴と同じことだ。
王女 その長靴もどうかしたのですか?
王子 これも千里を飛べる長靴なのです。
王女 黒ん坊の王の長靴のように?
王子 ええ、――ところがこの間飛んでみたら、たった二、三間も飛べないのです。
ご覧なさい。
まだ剣もあります。
これは鉄でも切れるはずなのですが、――
王女 何か切ってみせてくださる?
王子 いえ、黒ん坊の王の首を斬るまでは、何も斬らないつもりなのです。
王女 あら、あなたは黒ん坊の王と、腕比べをしにいらしたの?
王子 いえ、腕比べなどに来たのではありません。
あなたを助けに来たのです。
王女 ほんとうに?
王子 ほんとうです。
王女 まあ、嬉しい!

突然、黒ん坊の王が現れる。
王子と王女とはびっくりする。
黒ん坊の王 こんにちは。
わたしは今アフリカから、一飛びに飛んできたのです。
どうです、わたしの長靴の力は?
王女 (冷淡に)ではもう一度アフリカへ行ってらっしゃい。
王 いや、今日はあなたと一緒に、ゆっくりお話がしたいのです。
(王子を見る)誰ですか、その下男は?
王子 下男?(腹立たしそうに立ち上がる)わたしは王子です。
王女を助けに来た王子です。
わたしがここにいる限りは、指一本も王女には触れさせません。
王 (わざと丁寧に)わたしは三つの宝を持っています。
あなたはそれを知っていますか?
王子 剣と長靴とマントルですか? なるほどわたしの長靴は一町(約109メートル)も飛ぶことはできません。
しかし王女と一緒ならば、この長靴を履いていても、千里や二千里は驚きません。
またこのマントルをご覧ください。
わたしが下男と思われたため、王女の前へも来られたのは、やはりマントルのおかげです。
これでも王子の姿だけは、隠すことができたじゃありませんか?
王 (嘲笑う)生意気な! わたしのマントルの力を見るがいい。
(マントルを着る。同時に姿が消える)
王女 (手を打ちながら)ああ、もう消えてしまいました。
わたしはあの人が消えてしまうと、本当に嬉しくてたまりませんわ。
王子 ああいうマントルも便利ですね。
ちょうどわたしたちのために出来ているようです。
王 (突然また現れる。忌々しそうに)そうです。
あなた方のために出来ているようなものです。
わたしには役にも何にも立たない。
(マントルを投げ捨てる)しかしわたしは剣を持っている。
(急に王子を睨みながら)あなたはわたしの幸福を奪うものだ。
さあ、正々堂々と勝負をしよう。
わたしの剣は鉄でも切れる。
あなたの首など何でもない。

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