「おや、先生はいつもとちがって、外にでて、ぼくたちを待っていて下さる」
東助とヒトミが足を早めて先生のところへ近づいてみると、先生は愛用の樽ロケットの外側へ一生けんめいペンキのようなものをぬっている。
「先生。
こんにちは」
「やあやあ、君たち、きましたね。
やれやれ、私の仕事、やっと間に合いました」
「ペンキを樽ロケットに塗ってどうなさるんですか」
「これはね、今日は君たちを海の底へつれていこうと思うのです。
私の樽ロケット、今日は海の中へもぐります。
海水などにおかされないように、安全のため塗料をぬりました。
さあ、これでよろしい。
さきへおはいりなさい」
東助が先に、それからヒトミ、それから先生の順で、小さい樽ロケットの中に三人はすいこまれた。
三人とも、べつになんとも思わないけれど、知らない人たちが見たら、さぞふしぎがることであろう。
なにしろ足で、けとばせるぐらいの小さい樽の中に、大きな三人のからだがすいこまれてしまうのだから。
ロケットの中は、いつものように広く、そして明るく、東助やヒトミの大好きな果実やキャンデーが箱にはいって卓上におかれてある。
「さあ、おあがりなさい」
「先生、ありがとう。
で、今日は海底へもぐって、なにを見るのですか」
「君は、海底ふかく下りていくと、なにがあると思いますか」
「そうですね、こんぶの林がゆらいでいて、その間を魚の大群がおよいでいます」
「もっと下へさがると、どんなになっていますか。
こんどはヒトミさん、話して下さい」
「だんだんあたりが暗くなります。
そしてふつうの魚はいなくなって深海魚ばかりになります。
いろんな深海魚は気味のわるい形をしたお魚です。
中には自分のからだから青い光を発している魚もいます」
「なかなか、よく知っていますね。
もっと下へさがると、なにがありますか」
「まださがるんですか。
ええと、するともう魚はいなくなります。
やわらかい泥が、ふかくよどんでいるだけです」
「もっと下へおりると、どうなりますか」
「もうそこでいきどまりです。
おしまいです」
「いや、もっとさがるのです。
どうなりますか」
「困ったなあ。
泥の中を分けて中へはいっていくと岩がありますね。
岩の下をどんどんおりていくと、地球の下にもえているあついどろどろにとけた岩にぶつかります。
そうすると死んでしまいます」
「そうです、そうです。
そこまで考えないとおもしろくない。
つまり海の底には、岩が大きくひろがっている――というか、それとも海の底には陸地があるといった方がいいかもしれませんね。
そしてその中にあるのは、岩ばかりですか」
「そうでしょうね」
「生物はいませんか」
「さあ、どうかしら。
たぶん、いないと思います。
だってそこには空気がないのですもの」
「なかなかいいことをいいますね」
「それに、下へいくほど暑いから、生物なんか生きていけません。
上から海水がしみこんでくることもあるだろうし、どっちみち、だめですね」
「よく分りました。
あなたがたの知識は正しいです。
正しいが、しかしこれからそこへ私が案内したら、きっとおどろきますよ。
さあ出発します。
そこの窓へ顔をあてておいでなさい。
さっきあなたがいったとおりの海中風景が見られますよ」
そういうと博士は、樽ロケットを進発させ、その操縦をはじめた。
博士のことばどおり、二人の目の前には美しい海の中の風景がくりひろげられ、まるで竜宮に向かう浦島太郎のような気持になった。
海底国の入口
三人をのせて樽ロケットは海中をいく。
海草の林も七色の魚群もうしろに走り去って、あたりは急にうすぐらくなった。
軟泥を背景として、人骨がちらばっており、深海魚の燐光が気味わるく点いたり消えたりするところもとび越えて、底知れぬ岩の斜面にそっておりていく。
その先にあるのは竜宮城か、それとも海魔地獄か。
とつぜん樽ロケットが強力な探照灯をつけたらしい。
前方がぱっと明るくなった。
「ああ、きれいだこと」
ヒトミがさけんだ。
「おや、なんだろう、あれは……」
東助は目をみはった。
見よ、行手の海底から何百条何千条というたくさんの白煙が下から上へと立ちのぼっている――いや、白い煙ではなかった、それは柱であった。
みんな一様にやや倒れそうに傾いているのが、煙のように見えたのだ。
そのおびただしい白い柱の根元には、同じ色のガス・タンクのようなものが一つずつあった。
そばへ寄ってみると、たしかに大型のガス・タンクほどの大きさなのでおどろいた。上へのびている柱は、いずれも大汽船の煙突よりも太かった。
そういう大きな柱が林のように並び、上の方へとのびていき、果ては海水にかすんで見えなくなっていた。
いったいこれは何であろうか。
そのとき樽ロケットは、海中の柱の林をすり抜けて進んでいたが、急に頭を下へと向け、柱にそって下りていった。
やがて例の大型のガス・タンクのようなものの上にぴたりと停まった。
タンクの屋根は平らになっていた。
そして黒い線でたくさんの円が描いてあり、その円にはそれぞれ数字が書き入れられていた。
樽ロケットは(8)という円の上にのっていた。
すると突然、(8)の円がへこんだ。
いや、へこんだのではない、樽ロケットをのせたまま、その円盤がぐんぐん下りていくのだ。
「どうしたんですか、ポーデル先生」
先生は操縦席から立ち上がって、こちらへやってきた。
「もう着いたのですよ。
海底国へ着いたのです。
あとは、むこうが樽ロケットごと、うまく中へ入れてくれます」
「海底国ですって!」
「そうです。
私たちはいま、海底国の入口にいるのです。
五重の扉が順番に開いたり閉じたりして、私たちを中へと入れてくれるのです」
「五重の扉ですか。
それは何のためにあるんですか」
「海水を中へ絶対に入れないために、扉を五重にしてあるのです。
それに、おそろしい海の底の水圧から、海底国内のふつうの気圧にまで、段階を追って順番に下げていくためです。
そうしないと、乗り物も人間も、圧力の変化があまりにはげしいために、壊れてしまったり、体が破裂したり内出血したりするのですよ」
なるほど、そういうわけか、と東助とヒトミは目をみはった。
数字をかいた円盤は、エレベーターの仕組みになっていて、上り下りができるようになっていた。
それが樽ロケットをのせたまま第二の扉のところまで下ると、第一の扉が横からすべり出てきて、はじめのようにしっかりと穴をふさぐ。
それから圧搾空気が送り込まれ、いっしょに入り込んできた海水を外へと勢いよく吹き飛ばす。
すると今度は、第二の扉が樽ロケットをのせたまま、第三の扉のところまで下りていく。
第二の扉のところがピタリと閉まる――という風にして、扉は次々と開いたり閉じたりし、やがて五つの扉のすべてを通り抜けて、樽ロケットは一つの大きな部屋におちついた。
「さあ、外へ出ましょう」
ポーデル先生は、いつの間にか外出用の格好になっていて、東助とヒトミを促した。
「いよいよ海底国見物ですね」
「海底国ってどんなところかしら。
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