初級翻訳・シロ・クロ物語 第5話

シロ・クロ物語

白ひげのお爺さんと話をしたり、手品つかみのたねになったりするほどの猫だから、その鉄の扉のあけ方くらい、すぐわかるだろう。
そうターマンはせめているのです……。
「ほほう。」とお爺さんは言いました。
「おもしろいことになってきたぞ。」
「するとあの男は、よその人間ですよ。
トム商会の主人を殺した海賊かもしれませんよ。」
「まあまあ、まちなさい。」とお爺さんはポン公をなだめました。
「クロはだいじにされているようだし、もう少しようすをみてからだ。」
 そしてお爺さんは、またねり薬をつくりにかかりました。

約束の三日めの朝、ターマンがやってきました。
クロをとじこめておきながら、それは知らん顔をしています。
「約束の薬はできましたか。」
「はい。」
 ねり薬の入った大きな壺をまんなかにおいて、二人ともだまって煙草をふかしています。
ターマンは家のなかのようすをじろじろ見ています。
お爺さんはそっぽをむいています。
やがて、ターマンは薬の壺をかかえて立ちあがりました。
「じゃあ、もらっていきます。
こんどまたなにか頼みにくるかもしれませんから、その時はよろしく。」
「ええどうぞ。」
 ターマンは出て行きました。
ポン公は、お爺さんがターマンをとっちめないのが、しゃくにさわりました。
ターマンが出ていくと、自分もそのあとから、とびだしていきました。
ターマンは薬の壺をかかえて、足ばやに歩いていきます。
そしてトム商会の方へは行かないで、海岸に出てしまいました。
いつかターマンが釣りをしていたところです。
海はしずかです。
沖には、何そうかの船からすこしはなれて、あのあやしい水色の船がついています。
ターマンは壺をかかえながら、海岸をぶらぶら歩きました。
そしてポケットから何かをとりだし、それを右手で、宙になげあげてうけとめています。
それをおもちゃにして遊んでいるようです。
銅貨のようなものです。
ポン公は目をみはりました。
ターマンがおもちゃにしているのはメダルです。
いつかターマンがおとしたのをひろっておいた、あのメダルとおなじようです。
ポケットに手をいれてみると、あのメダルはちゃんとにあります。
「へんだぞ。
おなじものがいくつもあるのかな。」とポン公はつぶやきました。ポン公はなにも知らないような顔をして、口笛をふきながら、ターマンに近づいていきました。
「おや、おじさんはへんなものを持っているね。
それ、僕に見せてくれない?」
 ターマンはメダルを右手にぎりしめて、じっとポン公の顔を見つめました。
「見てどうするんだ。」
「だって、僕が持ってるのとおなじだもの。」
「なに、おなじだって。」
 ポン公は半分けんか腰でした。
ターマンが落としたのを拾った、そのメダルをポケットから取り出して見せました。
いまターマンが持っているのと比べてみると、まったくおなじで、表の数字も同じ「345」です。
ターマンは、いきなりポン公の肩をつかみました。
「君は、それをどこかで拾ったな。」
「ううん、もらったんだよ。」とポン公は答えました。
「もらった……誰からだ。」
「よそのおじさんだよ。
もう二、三年になるかしら……。」
「どんな人だ。」
「どんなって、ふうつうの人だよ。
だいじに持っていろと言ってくれたよ。
そしていろんな用事を僕に頼んだよ。」
「どんな用だい。」
「それは……言えないや。
誰にも言わないと、僕は約束したんだから。」
 ターマンは落ち着いた顔つきで、ポン公を眺めました。
どうやら、ポン公のでたらめな話がうまく通じたようです。
けれど、これ以上のでたらめは危ないようです。
ポン公は口をつぐんでしまいました。
何をきかれても、いいかげんな返事しかしませんでした。
ターマンは、こんどはやさしく、ポン公の肩に手をかけて言いました。
「そのメダルは、だいじな目印になるものだ。
しまっておくんだよ。
そして、近いうちに、トム商会――あの大きな宝石屋を知っているだろう――あすこの主人やそのほかの人たちの石碑(いしぶみ)が、丘の上の墓地にたつことになっているから、ぜひ君もその時にはやってきいよ。
もしかしたら、そのメダルを君にくれた人に、あえるかもしれない。」
「いつなの、その石碑がたつのは。」
「一週間ばかりのうちだ。
きっとこいよ。」
 その時、ポン公は気づきませんでしたが、石垣の下の海に、たくましい男が四、五人乗っているボートが、こぎよせてきていました。
「じゃあ、またあおう。」
 ターマンはそう言って、ポン公の肩をぽんとたたいて、身がるにボートの中に飛びこみました。
メダルを投げあげて遊んでいたのは、あのボートをよぶ合図だったのかもしれません。
ボートはすぐに漕ぎだしていきました。
見ていると、あの水色の船の方へ、まっすぐに進んでいきます。
やはりそうです。
ターマンはあの船と、つながりがあるのです。
だがあんなにたくさんの塗り薬(ねりぐすり)をどうするのでしょうか。
ポン公はボートを見送っていましたが、やがて、げんこつで自分の胸をたたきました。
目をかがやかせて、くちびるをかみしめています。
なにか決心したようです。
ポン公は、トム商会の方へやっていきました。
途中で、チーズをすこし買いました。
店の中には、店員が二人いるきりでした。
ポン公はスタスタと入っていきました。
「僕はね、船から来たんだが、ここに、黒猫がいるそうだね。」
 店員はだまって、ポン公を見ていました。
「黒猫がいるだろう。
これを持ってきたんだ。
すぐに黒猫に食わせなきゃならないんだ。
言いつかってきたんだ。
案内してくれよ。」
 そしてポン公は、「345」のメダルを取り出して見せました。
店員はびっくりしたように、そのメダルをとってくわしく調べました。
「ほんとに船からの使いですね。」
「そうだよ。
またすぐ船にかえるんだ。
いそいでるんだ。
早く案内してくれよ。」
 二人の店員はひそひそとささやきあい、ポン公のからだじゅうを調べてから、一人がポン公を案内しました。
ポン公は胸をどきつかせながら、店員について二階にあがりました。
二階のいちばんはじの部屋でした。
その扉に大きな鍵をさしこんで、店員は言いました。
「この部屋はだいじな部屋ですから、中に入ったら、また鍵をかけますよ。
猫にそれを食べさせてしまったら、扉をたきなさい。
あけてあげます。」そして急に強い声で、「あやしいことがあったらこれだぞ。」
 腰をつつかれたので見ると、ピストルをつきつけているのでした。
扉が開きました。
中に入ると、うしろからまた扉がしめられて、鍵をかける音がしました。
部屋の中はうすぐらく、ポン公はぼんやりと立ちすくんでいました。

五 ひみつの部屋の鍵
 ポン公は、店員をうまくごまかして、ひみつの部屋に入ったものの、中がうす暗いので、ぼんやりと立っていますと、ひくく猫の鳴く声がして、そして、ポン公の胸にとびついてきたものがあります。
クロです。
そこにとじこめられているクロです。
ポン公はクロをだきしめました。そのうちに、だんだん目がうす暗い部屋になれてきました。

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