というのも、教会が「キリスト昇架」と「キリスト降架」という名画を見せるために要求するお金を払うなんてことは、大聖堂の高い尖塔のてっぺんによじ登るのと同じくらい、二人の手に負えないことだったからです。
二人には、節約してとっておくような小銭すらありませんでした。
ストーブにくべる少しばかりの薪や、お鍋に煮るわずかなスープを買うのがやっとだったのです。
それでも、子どもの心は、どうにかしてあのルーベンスの二枚の名画を見たいというあこがれでいっぱいでした。
小さなアルデンネ生まれの少年の魂は、芸術に対する激しい情熱で満ちあふれていたのです。
まだ日も昇らず、みんながまだ寝ている早朝から大きな犬にミルク車を引かせ、ミルクを売るために家々を回っていたネロは、一見するとただの小さな農民の子どものように見えましたが、その心は、ルーベンスが神様であるような、夢の天国の中に住んでいました。
ネロは、寒さに震え、おなかをすかせ、靴下も履かずに木靴を履き、冬の風に巻き毛をめちゃくちゃにされ、みすぼらしくて薄い上着を風にパタパタさせながらも、すっかりうっとりと夢見心地でいたのです。
ネロが見るものすべてに、「聖母被昇天」の絵に描かれたマリア様の美しい顔が重なって見えました。
マリア様は、波打つ金髪が肩にかかり、いつまでも輝く太陽の光がおでこを照らしているようでした。
ネロは、貧しい暮らしの中で育ち、運命にもてあそばれ、読み書きも教えてもらえず、誰からも気にかけられていませんでした。でもその代わりに――あるいは、もしかするとそれがあだとなったのかもしれませんが――「天才」と呼ばれる素晴らしい才能を授かっていました。
誰もそのことに気づいていませんでした。
ネロ自身も、全く気づいていませんでした。
誰も知りはしなかったのです。
ただ、パトラッシュだけはいつもネロと一緒にいたので、ネロが動物や植物の絵をチョークで石畳に描いているのを見ていました。
そして、乾し草のベッドの上で、ネロがおずおずと、胸が痛むような様子で偉大なルーベンスにお祈りしているのを聞いていました。
また、夕日が空をまっかに染めるときや、朝の空がバラ色に輝くとき、ネロがそれを夢中で見つめ、顔を輝かせる様子も見守っていました。
そして、苦しみと喜びが不思議に入り交じった、名前のつけようのない涙が、ネロの輝く若い目から熱くあふれ出し、パトラッシュのしわだらけの黄色いおでこにぽろぽろとこぼれ落ちることも、たびたびあったのです。
「ネロや、お前が大きくなって、この小屋と小さな畑を自分で持って、自分で働いて、近所の人から『だんな』って呼ばれるようになったら、わしだってもう安心して天国に行けるというものだよ」
ジェハンじいさんは、ベッドに横になりながら、よくこう言っていました。
というのも、ちょっとした土地を自分で持っていて、まわりの村の人たちから「だんな」と呼ばれることが、フランダースの農民にとって最高の夢だったからです。
ジェハンじいさんは、若い頃は兵士としていろんな土地をあてもなく歩き回り、何も手に入れずに帰ってきましたが、年をとると、同じ場所でつつましやかに満足して暮らすことが、人間にとって望める一番いい運命なのだと考えるようになっていたのです。
けれども、ネロは何も答えませんでした。
その昔活躍したルーベンスやヨルダンス、ヴァン・アイク、そしてその他大勢の驚くような芸術家たちと同じ才能が、ネロの中で静かに息づいていたからです。
近年のことですが、ディジョンの町の古い城壁のそばをムーズ川が流れる、緑豊かなアルデンヌ地方からは、英雄パトロクロスを描いた偉大な芸術家が生まれています。
とはいえ、その画家はあまりにも私たちの時代に近すぎて、その才能を正しく評価することは難しいのですが。
ネロの夢は、小さな畑を耕し、かやぶき屋根の家に住み、自分より少しだけ貧しいか豊かな近所の人たちから「だんな」と呼ばれることではありませんでした。
真っ赤に燃える夕焼け空の向こうに、あるいは灰色に霧がかる朝もやの向こうにそびえ立つ大聖堂の尖塔が、ネロに語りかけていたのは、これとはまったく違う、もっと大きな夢だったのです。
けれども、この夢のことを、ネロはパトラッシュだけにしか話しませんでした。夜明けの霧の中を仕事に出かけるとき、あるいは、水辺にそよぐ草の中でいっしょに横になって休んでいるとき、ネロは、子どもっぽく自分の空想を犬の耳元でささやきました。
というのは、そのような夢をなかなか理解してくれない人が聞き手の場合は、夢を具体的に言葉にして話すことは、簡単ではなかったからです。
そして、そんな夢をジェハンじいさんに話すのは、部屋の片隅で寝たきりの、この貧しい老人を困らせるだけだったでしょう。
というのは、ジェハンじいさんは、アントワープの町にでかけたとき、わずかなお金で黒ビールを飲むことがありましたが、そのようなときに見る居酒屋の壁に青と赤で書かれている下手くそな聖母マリアの絵だって、祭壇の有名な絵と同じくらい結構なものだと思っていたのですから。
そのような有名な絵を見るために世界中からはるばる旅をして、フランダース地方に来る人も大勢いたというのに。
ネロがとほうもない夢を話すことができた相手が、パトラッシュ以外にもう一人だけいました。
それは、アロアでした。
アロアは、草が青々とはえた岡の上の古びた風車小屋のそばに住んでいました。
父親は粉屋で、村一番の金持ちでした。
小さなアロアは、優しい黒っぽい目をした、明るく血色のよい、とてもかわいい女の子でした。
ところで、こうした面立ちはフランダース人にはよく見かけます。
これは、アルバ公によるスペイン統治のなごりです。
同じように、壮麗な宮殿や見事な邸宅や戸口の上の金ぴかの横木に、スペイン芸術の影響のあとがうかがわれます。
紋章や石造りの建物から、歴史や詩が感じられるのです。
小さなアロアは、よくネロとパトラッシュと一緒にいました。
三人は野原で遊び、雪の中で走り、ヒナギクの花やコケモモの実を集めました。
また、一緒に古い灰色の教会に行きました。
そして三人は、よく粉屋の家の、火が赤々と燃える暖炉のそばに一緒に座りました。
実際、小さなアロアは、村で一番金持ちの子どもでした。
アロアには、兄弟も姉妹もいませんでした。
彼女の青いサージ・ドレスに穴があることは、決してありませんでした。
お祭りの日には、金ぴかにぬったクルミや、神の子羊をかたどったお菓子を両手に持ちきれないほどたくさんもらいました。
そして、アロアが最初に教会の聖餐式に行ったときは、亜麻色の巻き毛の上に、一番上等なメケレン産のレースのぼうしをかぶっていました。
これは、アロアのものになる前は、アロアのおかあさんとおばあさんのものでした。
アロアはまだ十二歳に過ぎませんでしたが、村人たちはうちの息子の嫁になれば、さぞやいいお嫁さんになれるだろうと噂しあっていました。
けれども、アロア自身は小さくて、明るく、純真な子どもで、自分が受け継ぐ財産のことなど、ちっとも意識していませんでした。
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