初級翻訳・ポラーノの広場 第10話

ポラーノの広場

「召喚された者は、お互いに話をしてはならん! おい、お前はこっちの部屋に入って待っていろ!」
そう言われて見ると、なるほど次の部屋では、ロザーロが誰かに取り調べを受けているらしく、さっきから何かを静かに、繰り返し繰り返し話している声が聞こえているような気もしました。
ぼくは、あまりの不安にギュッと胸が締めつけられるような思いがしました。ファゼーロがいない、ファゼーロがいない――あの青い半分の月のあかりの中で、争って勝ったあとの、あのなんとも言えないキリッとしたきびしい気持ちを胸に抱きながら、ファゼーロがクローバーの青白いあかりの上に自分の影を長く長く引きずって、しょんぼりと帰っていった。その道の先には、麻の夏のコートのえりを立てたデストゥパーゴが、三、四人の手下を引き連れて待ち伏せしている。ファゼーロがそれに気づいて立ち止まると、向こうは笑いながら静かにそばへ追い詰めていく。いきなり一人がファゼーロを殴りつける。みんなが群がり寄ってきて、むだに手を振り回すファゼーロをふんだりけったりする。ファゼーロは動かなくなる。デストゥパーゴがそれをまためちゃくちゃに踏みつける。「おい、もうしかたがない、持って行け、持って行け!」とデストゥパーゴが言う。みんなはそれを乾留工場のかまの中へ放り込む……。
ぼくはひとりっきりでそんな想像をして、ぞっとしながらハッと目を覚ましました。
(ああ、あのとき、どうしてぼくはそのまま家に帰って眠ってしまったんだろう。どうして、自分でも立っていられないほど胸騒ぎがするはずの時間に、わけもわからないような眠り方なんかをしていたんだろう……。
それに、あのやさしくて美しいロザーロが、いま隣の部屋でおどされたり、罠をしかけられて尋問されたりしているんだ。)

ぼくは居ても立ってもいられなくなって、その部屋の中をぐるぐると何度も歩き回りました。
窓の外の桜の木の向こうを、いろんな人たちが行ったり来たりしています。
ぼくはその一人ひとりがデストゥパーゴやファゼーロのように思えて仕方がありませんでした。
鳥撃ち帽を深くかぶった少年が通りかかると、ファゼーロが逃げてきてここをそっと通り抜けているんじゃないかと思い、太った人を見ると、デストゥパーゴがわざわざそんな姿に化けて、こちらの様子を探っているんじゃないかと思いました。
突然、ぼくの頭の中がシーンと静まり返りました。
隣の部屋で、かすかなすすり泣きの声がして、それから「何とかかんとか!」と叫びながら、おどかすように足をドンと力強く踏み鳴らす音が聞こえてきたのです。
ぼくはあやうく扉を開けてその部屋に飛び込みそうになりました。
するとまたしばらく静かになりましたが、間もなく扉の取っ手が力なくガチッと回り、ロザーロが目を大きく見開いて、よろめくようにして出てきました。
ぼくはなんと声をかけていいかわからず、すっかりドギマギしてしまいました。
するとロザーロがだまって静かにおじぎをして、ぼくの前を通り過ぎて外へ出ていきました。
ハッと気づいて見ると、ロザーロのあとから、さっきの警部か巡査らしき人が扉から顔を出して、ロザーロが出ていくのを見送っていました。
ぼくがそっちを見ると、その顔は引っ込み、扉はピタリと閉まってしまいました。
部屋の中では、今度は山猫博士の馬車別当(お世話係のおじいさん)が何か聞かれているらしく、たびたび誰かが大声で怒鳴りつけるたびに、馬車別当のオロオロした情けない声が聞こえてきました。
ぼくはその間に、自分の考えをすっかりまとめようと思いましたが、何もかもが頭の中でごちゃごちゃになってしまい、どうしてもまとまりません。
とにかく、知っていることをすべて正直に係りの人に話すのがいちばんだと考え、もうじっと席に座って落ち着くことにしました。
すると間もなく、さっきの扉がガジャッと開き、馬車別当がまっ青になってよろよろと出てきました。
「第十八等官、レオーノ・キュースト氏はあなたですか?」
さっきの男がまた顔を出して言いました。
「はい、そうです」
「では、こちらへ」

ぼくはその部屋に入っていきました。
そこには、もう一人生まれつき鬚の立派な、警部らしき人が正面の机に書類を広げて座っていました。ちょうど今あくびをしたところだというふうに目をパチパチさせながら、こちらを見ていました。
「そこへお掛けなさい」
ぼくは警部の前で会釈して座りました。
「君がレオーノ・キュースト君かね?」警部が言いました。
「はい、そうです」
「職業は官吏、位階は十八等官、年齢、本籍、現住所、この通りかね?」警部はぼくの名前やいろいろな情報が書かれた書類を示しました。
「はい、そうです」
「では尋ねるが、君はテーモ氏の農夫ファゼーロをどこへかくしたのかね?」
「農夫のファゼーロですか?」ぼくは首をかしげました。
「農夫だ。十六歳以上は子どもでも農夫なのだ」警部は面倒くさそうに言いました。
「君はファゼーロをどこかにかくしているだろう」
「いいえ、ぼくは一昨日の夜、競馬場の西側で別れたきりです」
「嘘をつくと、それも罪に問うぞ」
「いいえ。そのときは二十日の月も出ていましたし、野原はクローバーのあかりでいっぱいでした」
「そんなことが証拠になるか。そんなことまでいちいち書き留めておれんのだ」
「嘘だとお考えになるなら、どこなりとお探しくださればわかります」
「探す探さないはこっちの勝手だ。お前がかくしたんだろう」
「知りません」
「起訴するぞ」
「どうとでも……」
二人は顔を見合わせました。
「では尋ねるが、君はどういうわけでファゼーロと知り合いになったのかね?」」
「ファゼーロが、わたしの逃げた山羊をつかまえてくれたのです」
「ふむ。
それはいつ、どこでだ」
「五月の終わりの日曜日、二十七日でした」
「ふむ。
二十七日だな。
どこでだ」
「あれは何という道だったでしょうか。
教会の脇から村へ出る道を、一キロほど進んだあたりです」
「ふむ。
おまえは二十七日の晩、ファゼーロと一緒に村の園遊会に勝手に入り込んだな」
「勝手に入り込んだというわけではありませんでした。
明るくていろんな音が聞こえてきたので、見に行ったのです」
「それからどうした」
「それから、わたしたちが『お酒を飲まないか』と言いますと、テーモが怒ったのです」
「テーモとは、いつから知り合いだったのか」
「ファゼーロと知り合いになったときです。
そのときテーモは、ファゼーロが仕事に行く時間をわたしが邪魔したと言って、革むちをわたしの顔の前で鳴らしました」
「それだけか」
「はい」
「園遊会では、そのあとどういうことになったのだ」
 わたしはそこで、あのポラーノの広場での出来事をすべて話しました。
もう一人の男がそれをどんどん書き留めていきました。
警部が言いました。
「君はファゼーロがいないことを、さっきまで知らなかったのか」
「はい」
「何か証拠を出せるか」
「はい、ええ、昨日と今日、役所での仕事ぶりを見てくださればわかります。
わたしはあれですっかり片がついたと思って、晴れ晴れとした気持ちで働いていたのですから」
「それも証拠にはならん。

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