初級翻訳・モウグリの兄弟たち 第6話

キプリング ラデャード

「アケーラは、狩りそこねた」豹は言った。
「やつらは昨夜でもアケーラを殺せたのだが、お前もいっしょにやっつけるつもりだ。
連中は丘の上でお前を探している」
「おれは耕地にいたんだ。
用意はできている。
見ろ!」モウグリは火壷をかかげた。
「よし! ヒトが乾いた枝をそれに突っ込んだのを見たことがある。
赤い華はその端に花開くんだ。
お前は怖くないのか?」
「いや。
なにを怖がる? 今思い出したよ。
あれが夢でなければ――狼になる前に、赤い華の横に寝ていたことを。
暖かくて気持ちよかった」
その日一日、モウグリは洞穴の中に座って火壷の番をして、乾いた枝をちょっとつけては様子を見た。
モウグリはようやく適当な枝を見つけた。
夜になるとタバキが洞穴にやって来て、モウグリが議会岩に召還されたことを、尊大な口調で告げた。
モウグリはタバキが走り去るまで、笑い続けた。
それからモウグリは、まだ笑いながら議会に行った。
”独り狼”のアケーラは、群れのかしらの地位が空位であることを示すために、自分のものだった岩のそばで横になっていた。
シーラ・カーンは残飯食い狼の連中を従え、お世辞を言われながら、我が物顔に歩きまわっていた。
バギーラはモウグリのそばに横たわり、モウグリは火壷をひざの間に置いた。
全員が集まったとき、シーラ・カーンが話しはじめた。
アケーラが力を持っていたときならば、決してしなかったことだった。
「あいつは話す権利がない」バギーラがささやいた。
「そう言うんだ。
やつは犬の子だ。
やつは怯えるだろう」
モウグリは、跳び上がるように立ち上がって叫んだ。
「自由の民よ、シーラ・カーンが群れを率いるのか? かしらの地位と虎に何のかかわりがある?」
シーラ・カーンは言いはじめた。
「かしらが空位で、話をするように頼まれているから――」
「誰が頼んだ?」モウグリが遮った。
「この牛殺しにへつらって尾を振るなんて、いったい我らはジャッカルか? 群れのかしらの地位は、群れだけにかかわりがあることだ」
いくつかの叫び声があがった。
「黙れ、ヒトの仔め!」「話をさせてやれ。
掟を守っているじゃないか」ついに群れの年長狼たちの声が響き渡った。
「”死に狼”に話をさせろ」群れのかしらが獲物を狩りそこねたとき、まだ生きている間は”死に狼”と呼ばれるが、それも長くはない。
アケーラは、疲れ切った様子で頭を上げた。
「自由の民よ、そしてシーラ・カーンの使い走りのジャッカルどもよ。
十二年に渡って、わしはお前たちを率いてきた。
狩りに出てからねぐらに戻るまで、お前たちのどの一頭としてわなで捕えられたり、怪我を負ったりしたことはなかったはずだ。
いま、わしは獲物を狩りそこねた。
お前たちは、どのようにその謀略が企てられたか、よく知っておるだろう。
わしが弱っていることを知りながら、無傷の雄鹿にわしを立ち向かわせたのだ。
いかにも巧妙なやり口だ。
お前たちの権利は、この議会岩の上でわしを屠ることだ。
さあ来い、”独り狼”を屠るものは誰か? ジャングルの掟にかけて、お前たちが一頭ずつかかって来ることが、わしに残された権利だ」
長い静寂があった。
どの狼にとっても、アケーラに対して死を賭けて戦いを挑むなど思いもよらないことだった。
その時、シーラ・カーンが吼え立てた。
「グヮウ! この歯抜けの愚かものと我らに何のかかわりがある? こいつはどうせ死ぬと定められている! ヒトの仔は、あまりにも長い間生きすぎたのだ。
自由の民よ、あやつは初めから、わしの肉だった。
あやつを渡せ。
この”ヒト狼”とかいう馬鹿げたものには、もう飽き飽きだ。
十年に渡って、あやつはジャングルを騒がせた。
ヒトの仔を与えろ、さもなくば、わしはお前たちの狩場で狩り続けて、骨一本残さぬぞ。
あやつはヒトだ、ヒトの子だ、骨の髄から、わしはあやつを憎む!」
群れの半分以上が叫んだ。
「ヒト! ヒト! ヒトが我らと何のかかわりがある? 来た場所に帰らせればいい」
「そして村のすべての奴らを敵に回すのか?」シーラ・カーンがやかましく言い立てた。
「いや、わしによこすのだ。あやつはヒトだ、我らはあやつの目を見返すこともできないんだ」
 アケーラが再び頭を持ち上げて、言った。
「この仔は我らの食物を食べた。
我らと共に寝て、我らのために獲物を追った。
この仔はジャングルの掟の言葉を破らなかった」
 「そして、おれはお前たちがモウグリを受け入れるときには、雄牛で価を払った。
雄牛の価は戦うほどのことではないが、バギーラの誇りは違うかも知れんぞ」ひどく優しい声でバギーラが言った。
「雄牛の価だと! 十年前の古い骨がどうした?」群れが歯を剥いて吠え立てた。
「誓いも破るか?」バギーラが、唇の下に白い牙を覗かせて言った。
「自由の民とは、よくぞ言った!」
 「ヒトの仔がジャングルの民と共に駆けることなどできない」シーラ・カーンがわめき立てた。
「やつをよこせ!」
 「血はつながっていなくとも、モウグリは我らの兄弟だ」アケーラが続けた。
「あの仔を牙にかける前に、わしを屠るがよい! 実際、わしはあまりにも長い間生きすぎた。
お前たちの中には、恥ずべき家畜殺しがおる。
あまつさえ、シーラ・カーンにならって、暗い夜に村人の戸口から子供たちをひっさらう者さえおると、耳にした。
お前たちが臆病者とは、よく分かった。
わしが今話すのは、その臆病者どもに対してだ。
わしが死ななくてはならぬことは確かだ。
この命、ヒトの仔の代わりにくれてやろう。
かしらを忘れ、かしらなしでいる以上、無意味かもしれぬが、群れの誇りにかけて――ヒトの仔を来た場所に返すなら、わしが死ぬべきとき、お前たちに対して牙を向けぬことを約そう。
戦わずして死のう。
そうすれば、少なくとも三頭は死なずに済む。
それ以上のことはできぬ。
だがそうすれば、誰に対しても落ち度のない兄弟――ジャングルの掟により、弁護され、価でもって群れに受け入れられた兄弟を、殺す恥をかかずにすむだろう」
 「やつはヒト――ヒト――ヒトだ!」群れが咆えたてた。
いまや狼の大部分が、尾を振りはじめたシーラ・カーンのまわりに集まりはじめた。
「今、事はお前の手にある」モウグリにバギーラが言った。
「こうなれば戦うしかない」火壷を手にして、モウグリは立ち上がった。
そして腕を伸ばして、議会に向かってあくびしてみせた。
しかし、心の内は深い悲しみに満たされ、激怒していた。
なぜなら狼たちは、いかにも狼らしく、どれだけモウグリを憎んでいたか一度たりとも言ったことがなかったからだ。
「聞け!」モウグリは吼えた。
「犬のたわ言には、もううんざりだ。
おれは死ぬまで、お前たちと共に狼でいるつもりだった。
だが今宵、おれはさんざんヒトだと言われた。
おれには、ようやくそれが本当だとわかった。
もうお前たちを兄弟とは呼ばない。
その代わり、ヒトのするように、犬(サグ)と呼ぶ! 何をどうするかは、お前たちが決めることではない。
ことはおれの手の内にある。
ここに何があるか、見せてやろう。

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