安国寺のひな僧になった一休さんは、周建(しゅうけん)という名前をもらって、毎朝おしょうさまからお経を習いましたが、利口なのですぐ覚えます。
ことにそのトンチのいいことは、大人も舌を巻くばかりでした。
安国寺には、七つ八つぐらいの小僧が十人ばかりもいました。
一休さんはその中で一番年下でしたが、一番利口で、トンチがありました。
つぎに、一休さんのトンチ話をしましょう。
水あめと毒薬
ある日のことです。
小僧たちがみんなで額を合わせてひそひそ話をしていました。
「おしょうさまがわたしたちに隠れて、毎日こっそり水あめをなめているよ。」
「水あめ――甘いだろうなあ。なめたいなあ。」
「どこにあるの。」
「おしょうさまの居間の戸棚のうえに、ほら、壁土色(かべつちいろ)のめいがあるだろう。あのなかにあるんだよ。」
「ほんとにみたのかい。」「本当さ」
と言って、目をクルクル回してみせたのは、鉄梅(てつばい)といういたずら小僧です。
鉄梅はいかにも手柄顔(てがらがお)で、
「わたしがゆうべ、障子(しょうじ)の紙に穴をあけて、おしょうさまの水あめをなめているのを、そっとのぞいてみたんだもの」
「ふーん」
と、小僧たちはしたなめずりをしました。
すると鉄梅は、
「おしょうさまだけなめるなんてずるいや。わたしらにもすこしなめさせてもらおうではないか」
と言いだしました。
「そうしよう、そうしよう」
みんな賛成です。
「だれか行って、おしょうさまにたのんできてくれよ」
「怒られるよ。いやだよ」
みんなしりごみします。
「周建(しゅうけん)、おまえ行ってこいよ」
鉄梅は、いちばん年下の一休さんに押し付けようとしました。
「それがいい、それがいい。周建、行ってこいよ」
みんなそう言います。
「うん、そうか。それではちょっと行って聞いてくる」
いたずらっ子でもトンチがあっても、まだ無邪気な一休さんは、すぐ立ち上がって、おしょうさまの部屋に出かけていきました。
おしょうさまはぼんやり庭をながめていました。
「おしょうさま」
と、一休さんが敷居(しきい)の外に手ををつきました。
「なんじゃ」
と、おしょうさまが一休さんをふりかえりました。
「おしょうさま、水あめをなめさせてください」
「なんじゃと」
「棚の上の壁土色(かべつちいろ)の壺(つぼ)の中にある水あめを、すこしずつでいいですからわたしたちになめさせてください」
おしょうさまはびっくりして、まじまじと一休さんを見つめました。
「だれがそんなことを言った」
「見たものがあります。おしょうさま、大人のおしょうさまばかりなめて、子どものわたしたちになめさせないなんて、おしょうさまずるいや」
「うん、そうか。ゆうべ障子に穴をあけたのはおまえじゃな」
「わたしではありませんが、たしかにおしょうさまが水あめをなめているのを見たものがあります」
「うん、そうか」
おしょうさまは一つ、こらしめてやろうと思って、
「みんなをここに呼んできなさい」
と言いました。
そんなこととは思いもよらない一休さんは、さっそくみんなのところにもどってきて、
「おーい、みんな、来いよ。おしょうさまが水あめをくださるぞっ!」
と、大声でさけびました。
「そうか、くださるか」
「みんな行こう」
小僧たちは大よろこびで、おしょうさまの部屋にとんでいきました。
ずらりとおしょうさまの前に並んだ小僧たちを、じろりみわたしたおしょうさまは、
「みんなに言っておくことがある。よく聞いておけ」
とおごそかに言いました。
これは変だぞ……小僧たちは顔を見合わせました。
おしょうさまは言いました。
「じつはこの壺の中にある水あめのようなものは、ほんとうは、水あめではなくて、天竺(てんじく)から渡来(とらい)した中風(ちゅうふう)のくすりじゃ」
天竺は今のインドです。
仏教のわたってきたところです。
このくすりは仏教といっしょに日本にわたってきたのでしょう。
「あれッ!」
と、みんな目をぱちくりさせました。
「いいか。あれは中風のくすりじゃ。中風という病気は子どもにはかからない、わしのような老人にだけある病気じゃ。いいか、よく聞け。あのくすりは、老人の的中風にはよくきくが、子どもがなめたら命がなくなる。まちがってもあのくすりをなめたりするではないぞ」
「変なことになったもんだなあ」
「わかったか――わかったな」
「はい」
「わかったら、出ていってよろしい」
変だなあと思いながら、みんな半分べそをかいて、おしょうさまの部屋を出ていきました。
死ぬつもりで!
なかでもいちばん変だなあと思ったのが、いちばん利口な一休さんでした。
つぎの日、おしょうさまはどこかの法事(ほうじ)に出かけていて留守でした。
「よし、このあいだにあの壺の中のものが水あめか毒か、ためしてみよう」いたずら好きの一休さんは、したなめずりをしながら、おしょうさまの部屋にこっそり忍び込みました。
さっそく棚の前に立ちましたが、あいにく棚が高くて、子どもの一休さんには手が届きません。
一休さんはそばにあった茶だんすを引きずってきて、「どっこいしょ」と、その上に乗ると、かめに両手をかけ、そろそろと引き下ろそうとしました。
けれど、かめがとても重いものだから、つるりと手がすべって、「あっ」と思う間もなく、かめはどしーんと一休さんの坊主頭の上に落ちました。
「しまった!」
そう叫んだ一休さんは、かめといっしょにすってんころりと茶だんすの上から転げ落ちました。
その拍子に、一休さんは頭から、どろどろと水あめをかぶってしまいました。
それでも一休さんは、水あめの中に浸かりながら、ぺろぺろと水あめをなめています。
「あまい、あまい!」
やっぱり中風のくすりだなんて嘘だ。
くすりなら苦いはずだ! 一休さんは夢中になってなめました。
けれど、おなかいっぱい水あめをなめてから、一休さんは「これは大変なことをしてしまった」と、青ざめました。
一休さんはそっと味見をして、知らないふりをするつもりだったのに、こんなにありたけこぼしてしまっては、おしょうさまに分かって大目玉をくらうに決まっています!
一休さんは大慌てに慌ててこぼれた水あめを拭き取ろうとしましたが、とても子どもの力では拭ききれません。
そればかりではなく、ふと見ると、そばにはおしょうさまが大切にしているお茶飲み茶わんがこなごなに壊れているのでした。
すると、運の悪いときには仕方がないもので、そこにガラリと部屋の障子が開いて、おしょうさまが帰ってきました。
「わっ!」
一休さんがあめだらけの頭を抱えると、これを見たおしょうさまは、
「周建(しゅうけん)、なにをしておるのじゃ」と、大声でしかりました。
「は、はい、はい……」
一休さんは目を白黒させています。
「なにをしとるというのじゃ」
一休さんはわーんと泣き出してしまいました。
泣きながら、一休さんの頭には一つのトンチが思い浮かびました。
「おしょうさま、おしょうさま。わたしはおしょうさまの大事な大事なお茶わんをこわしてしまいました。
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