初級翻訳・一休さん 第13話

一休さん

一休さんは、
「三英堂さん、はい、お金」
と言うと、
「では、わたしはこれで離縁してもらいますよ」
と、さっさと庵(いおり)に帰ってしまいました。
三英堂さんは借金を払っただけでなく、それからは豊かに暮らすことができました。

天皇のお使い

一休さんは山城の国(いまの京都府)田木村(たまぎむら)というところに、酬恩庵(しゅうおんあん)という小さな庵を建ててもらって住んでいました。京都の町の近くです。
すると文明六年(一四七八年)二月二十二日のことでした。
兵庫県尼崎の興徳寺(こうとくじ)というお寺の住職の、宗仲(じゅうちゅう)というおしょうさんが、後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)のお使いとして、この酬恩庵に来ました。
一休さんに、大徳寺(だいとくじ)の住職になってもらいたい、というお使いでした。
「はい、天皇のご命令とあれば、お受けいたしたく思いますが、一つお願いがあります。私は草ぶきの小さな庵に住むことを楽しみにしています。大徳寺の住職になっても、ふだんはこの庵に住むことをお許しくだされば、お受けいたします」
天皇のご命令とあれば受けるわけにはいきませんが、そんな大きな寺に住んで、偉い人と会ったりつきあったりすることは、一休さんの心に反することなのです。
「承知しています。いま大徳寺の住職になるような徳の高い方は、あなたのほかにいません」
「もったいないことです」
大徳寺の住職になってからも、一休さんは、お師匠様の華叟(かそう)さまが、やはり大徳寺の住職でありながら琵琶湖のそばの小さな庵に住んでいたように、いつまでもこの田木村の庵にすみ、公の用事があるときだけ、大徳寺に行くことにしていました。
そして一休さんは、日本一徳の高いおしょうさんとして、人々に慕われながら、八十八歳の歳、ついに田木村の土となりました。
(おわり)

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