このむごたらしい死に方をした博士の奥さま・頼子(よりこ)こそは、ぼくの血のつながったいとこなのです。そして、あの博士はそのいとこの旦那さまだと言えば、なぜぼくがこんなお話を長いあいだ書きつづけてきたのか、みなさんにもきっとわかっていただけるでしょう。
ぼくは、このいとこのすさまじく不気味な死のしらせをうけとったとき、どうしてもそれを信じることができませんでした。
子どものころから、そして東京にいたころからも仲のよかったいとこの死に、かぎりない涙を流して悲しみにくれたけれど、どうあっても、その死の原因だけは信じられなかったのです。
しかし、九州へとんでいって、その死をじっさいに目撃した車夫の吉蔵(きちぞう)や、漁師の山吉(やまきち)、与助(よすけ)などからくわしい話を聞き、さらにあやしいおばあさんや五郎丸(ごろうまる)のへんな死に方も知っている看護婦の平松(ひらまつ)さんにも会って、事件の本当のししんをくわしく聞いてからは、あまりのことにぼうっとしながらも、この事実を信じないわけにはいかなくなりました。
いくら「そんなバカなことが!」と思ってみても、本当のことならどうしようもありません!
それ以来、ぼくは、この世の中にはまだまだ人間の科学の力でも解決できない、ふしぎななぞが存在するということを、疑うことができなくなったのです。
つまり、すさまじい化け物をあらわすような、人間の死に際の強い思い(一念)というものが本当にあるのだと、心から信じずにはいられなくなったのです。
ごらんなさい。
この事件のあと、ぼくのいとこの旦那さま――つまりあの博士は、事件のあまりのはげしいショックがまだ治まっていないのでしょう、心がすっかり弱ってしまって、いまもかわいそうに病院の部屋で、うつらうつらと病人のような毎日を送っています。
そして、お話が一度でもそのときのことにふれると、すぐに興奮して病気が悪くなってしまうため、お医者さまからも「当時の話は絶対にしないように」と、きびしくとめられているのです。
だからもう、そのときのお話にふれることはできません。けれど、医学の博士さまというえらい学者を、これほどまでに悩み苦しませた事件……それを見ても、この事件が決してウソでも作り話でもなく、正真正銘この世にあったことなのだということが、よくおわかりになるでしょう。
いま、このお話を書きおわるにあたって、ぼくは心から、不幸だったいとこの魂が安らかに眠れるようにと祈ります。そして同時に、不幸な夫である博士の心の傷が一日も早く治ることを、祈ってやみません。
「奥さまが離れのお部屋にはいっていたあいだに、天井がおちたり壁がくずれたりしたのなら、どうしてその物音があなたには聞こえなかったのだろう?」
と、ぼくがおもとにたずねたところ、
「いいえ、わたしは三十分ちかくも、奥さまが出ていらっしゃるのを部屋の外でお待ちしていましたが、そのときは物音なんて、カタともドンとも、けっして聞こえませんでした!」
と、女中のおもとは涙を流しながら、何度も何度も首をふって答えたのでした。
なんておそろしいことなのだろうと、ぼくはあらためてまた、からだがふるえずにはいられません。いまこうして、それを深く思いだしているのです。
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