初級翻訳・亡霊怪猫屋敷 第11話

亡霊怪猫屋敷

卑怯者の刃

落ち着き払っているのも道理です! このお小姓は、家老・石藤左近将監などの支配を受けるこの大村藩の侍とは、身分が少々違います。
ここから一里ほど離れた上久原(かみくはら)というところにある彼の屋敷も、この御家老の山茶花屋敷に比べれば比べものにならないほど手狭であり、召使としても、いま連れている若党のほかに、下男がひとりと女中がひとりだけ――この御家老の豪勢さに比べれば、数にも入りません。
しかし家柄としては、この大村藩の中で最も家格が高く、殿さまさえも一目置かれて、なにかの儀式の際には最高位を占める、いわば代々この大村藩の客分ともいうべき身分の方だったのです。
系図によれば、昔はこの地の殿さま・大村出雲守(いづものかみ)の主筋にあたる家柄だとかで、早くに父親を亡くし、いまは不幸にして眼病を患って両目が不自由になられた母親とふたり、本当にわびしい日々を送っていらっしゃいますが、殿さまからは「生涯無役、客分として大村藩の続くかぎり、禄高四千八百石を与えるものとする」というお墨付きをもらっている、実にあおあおとした気楽な身分の方だったのです。
これで、この少年が美々しい小姓の姿をしてはいても、決して単なる殿さまのお小姓ではないことは、みなさまにもおわかりいただけたかと思いますが、同時にこの少年が幼い頃から碁の道に秀でて、天才碁打ちとしてその方面で知らぬ者のない名声を馳せ、招かれれば城代家老の屋敷へも足を向けるものの、生まれながらの名家の気品が高く、たかが家老ぐらいがかんしゃくを起こそうが起こすまいが、眉ひとつ動かされないわけも、またみなさまにご納得いただけたことでしょう。やがて坂を上りきって、美しいお小姓姿の少年は、白扇を片手に静かに玉砂利を踏みしめながら、城代屋敷の表玄関へとやってきました。
すでに先ほどの佐平治から、
「竜胆寺さまの御入りィ!」
と、大きな先触れが入っていましたので、このときばかりは召使いたちがずらりと玄関に並び、深々と頭を下げて迎えています。
とはいえ、どんなにかんしゃく持ちの左近将監であっても、今や座敷にふんぞり返って横柄に構えているわけにはいきません。
ピクピクとかんしゃく筋を引きつらせた顔に、無理やり作り笑いを貼り付けて、自ら玄関まで出迎えてきたのです。
「これはこれは、小金吾殿! お暑い中をよくぞいらっしゃいました、ようこそ、ようこそ!」
藩士の侍たちであれば、腰のあたりまで頭を下げて「御家老さま!」と平伏するところです。
しかし、少年とはいえ名門の若君です。そんな見苦しい真似はいたしません。
「御家老!」
式台にたたずんだまま、かるく左近将監に目礼しました。
「ただいまも、若党の佐平治に申し伝えましたとおり、母がちょっとした病気でしてね。お約束の時刻より遅れてしまいましたこと、どうぞご容赦ください」
「いやいや、そんなご丁寧な挨拶はもったいない!
お取り込みの中をわざわざお越しいただき、こちらのほうこそ恐れ入っております。
さあさあ、まずはどうぞ中へお通りくだされ! おい、八重! 何をまごまごしているんだ! 小金吾殿の腰のものをお預かりしないのか? なんだと? 日が落ちると広書院のほうがかえって涼しいだと? それならなぜ、もっと早くそちらへ席を移さんのか!」
などと、さっきまでの不機嫌さが嘘のように、下男下女をも丁重に扱う大上段の機嫌の良さでもてなします。
「御母君のご様子はいかがかと、実は拙者も内心案じておったのだ。
なにせこの暑さだからな……ご様子はどうかね? 具合はどうなのだ?」
「病気自体は大したことはありませんが、ご存じのとおり不自由な体ですのでね。召使は大勢おりますが、心細がって一刻も私をそばから離したがらないのには困ります」
「ごもっとも、ごもっとも! 無理もないことじゃ、無理もないことじゃ!」
と、左近将監は大げさにうなずきました。
「お母上のお立場になれば、小金吾殿のお一人が杖であり柱なのですからな。
なるべく病人の気を苛立たせぬよう、側にいてあげなされ」
と、このわがまま一筋の御家老は、さっきまでの怒りはどこへやら! 自分が碁を打ちたいばかりに、その目の不自由な母親のもとからこの少年を呼び寄せたことすら忘れ、ケロリとした顔でそう言いましたが、もちろんこの家老の心の中に、そんな優しい思いやりなど微塵もありません。
だからこそ、「無理もない、無理もない、側にいてあげなされ!」と言っているその横から、もう自分の言葉などすっかり忘れ、碁の話で頭がいっぱいになっています。
「いやはや、前回の勝負は拙者の完敗でしたからな……さあさあ、堅苦しい挨拶はこの暑苦しい中では無用! 拙者もこのとおり、平服でお許しを願っております。
そなたもどうぞ楽にしてくだされ……拙者も今度こそは小金吾殿を打ち破ろうと、この四、五日であっと驚く秘手を一つ考えましてな。
この手を使って一勝負試したいと、いやもう、腕が鳴って腕が鳴って、先ほどから一刻千秋の思いでご到着をお待ちしていたのですぞ!
さあ、何はともあれ、まず一石、二石!」
と、やって来るなり碁の話ばかりです。
少年は苦笑しながら、侍女が運んできた碁盤の前に向き合いました。
親孝行なこの少年は、たとえちょっとした病気とはいえ、目の不自由な母の世話を召使たちだけに任せて、家を空けたくはなかったのです。
しかし現在、殿さまが江戸へお出かけ中で、留守を預かる城代から再三再四の迎えを受けている身です。大した病気でもないのに母の病気を理由に断り続けては、家柄を鼻にかけて御家老のことも眼中に入れない傲慢な態度だと思われてしまい、それは決して面白くないことでした。
それに、病気のお母さまも、見えぬ目をしばたたかせながらこうおっしゃっていたのです。
「お前が気が進まないのを無理にとは勧められないけれど、昔はいかに高い家柄だったとはいえ、今は大村殿のお客分という身分。
特にそなたはまだ年端もいかない若さなのだから、藩中の偉い方々からあらぬ恨みを買うのは、そなたのためになりませぬ。
母を案じてくれる気持ちはよく分かるけれど、行くからには行って、わざと石藤殿に負けてこられたらどうだろう? それなら大した問題にもならまい。
城代殿は評判の癇性(かんしゃく)が強いお方だと聞くし……気が進まなくとも行って、勝負に負けてきたらどうだい? 再三の迎えを無下に断るのも気が引けるしね。
さあ、母の身の心配は要らないよ」「そうされなさい、そうされなさい」
と勧められて、本当は行きたくなかったものの、ここまで足を運んできたのです。
「母が僕を離したくなくて……」と少年は言っていましたが、事実はまったく逆で、少年自身が母親から離れたくなかったのでした。
ですから本当のところを言えば、少年はこの勝負にわざと負けて、すぐに帰るつもりで家を出てきたのです。
しかし、先ほどからの、お世辞と見えすいた左近将監の歯の浮くようなお世辞を聞いているうちに、少年の胸にはむらむらと抑えきれない不快な気持ちが湧き上がってきました。

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