もうこわくないわよ! 何かおいしいごちそうでも、こしらえてあげてちょうだいよ」
と、奥のほうへむかって声をかけながら、いままで、ひしかたまっていた夫人の頼子が、どんなによみがえったように、息づきましたことか!
それにつれて、それこそいままで、幽霊でもでそうにまっくらだった台所や、内玄関脇の看護婦部屋にまでもあかりがさして、看護婦たちの笑いごえが、どんなに家のなかをあかるくいろどってきたかということなどは、これももう、いまさらあらためていうまでもないことであろうと思われます。
おまけに、はじめは膝小僧をそろえて窮屈そうにかしこまっていたこの連中も、やがてお酒がでて、すき腹にそれがだんだんしみこんでくるにしたがって、そこはもともと浜辺そだちのあらくれ男たちですから、腕がムズムズしてきたのでしょう。
今夜はひとつおれたちが、寝ずの番の交替でひと晩中庭に張り番をして、その猫の化物たらいうもんに、お目にかからにゃなんねえだ、というさわぎでした。
なんのなんの、八と俺らと与助の三人で、ひとりずつ交替に庭をあるきまわって、化物の畜生でてきやがったら、はり殺してしまうでさァとハリ切っている三人をなだめて、ともかくおまえたちは知るまいが、あの猛犬の五郎丸でさえ、あんなにズタズタにひきさいてしまうほどのするどい爪のもち主なのだから、もし不意をおそわれたら危険だ、車夫の吉蔵もくわえて、ふたりで一組の交替にして、見まわったらよかろうと、博士はむりにすすめて、若いものたちにそうさせることにしました。
和尚さんの話によれば、日がくれてからはぜったいにこの屋敷のなかにいてはあぶない、ということでしたが、この夜更の十時、十一時ごろになって、この大勢をひきつれて、町の宿屋などへいけるものではありません。
和尚さんは、あんなことをいっていたが、この命知らずの三人がきてくれたら、もう大丈夫だろうと、いくらか博士も気がゆるんでいましたから、夜番はこの四人にまかせておいて、その晩は博士も頼子も看護婦たちも、また女中も、ひさしぶりに枕をたかくして、グッスリとねむることにしたのです。
そして博士は、四人がザクザクと落葉をふんで、かわるがわる夜番に出ていくのを耳にしながら苦笑しつつ例の和尚さんの書いてくださった護符を、部屋部屋の敷居と鴨居に貼ってあるくことにしたのです。
「貴方なにをしてらっしゃるの? 糊なんぞも…そんなくらい廊下につったって……」
と頼子はあやしみましたが、博士は夫人にもこの護符の話だけはしませんでした。
だいいち、こんな護符なんぞ、博士自身がバカバカしいと思っていられることなのです。
ただしんせつな和尚さんが、せっかく書いてくれたことですから、バカバカしいとは思いながらも、老人の好意を無にしないために、貼ってあるいているだけのことですから、頼子にはなんにも話さずに、ただじぶんだけの内証で、そうっと貼ってあるいていられたのです。
おもて玄関のわきの、小金吾の殺された座敷からはじめて、間ごと間ごとの敷居と鴨居へ一枚ずつ……ひろい中廊下をはさんでそのへんのふだんしめきってつかわない、むかしの部屋のいり口へも二枚ずつ、上下に貼ってあるかれました。
が、やがて台所までぜんぶ貼ってこられたときに、あ、これはいかん! 数をまちがえてしまったな! とはじめて気づかれたのは、和尚さんにきかれたとき博士は、ぜんぶで間数を十六間といわれましたが、貼りおわって気がついたのは、なんとぜんぶでは十七間だったのです。
ですから一間分だけなくなってしまいましたが、もともと博士は、和尚さんのいわれたことをほんとうに心から信じていられたわけではないのです。
ですからべつだん、護符がたりなくなったからとて、それを苦にもやまれませんでした。
「ええ、しようがないな!」
と苦笑して、貼りのこした部屋はそのまま、たいして気にもとめずに、やがて夫人や看護婦たちの笑いあっている茶の間へもどってしまわれましたが、博士が護符をはらなかったその一間というのは、この家へひっこしてきていらい、雨戸をしめきって、まだ一度もつかったことのない部屋、この屋敷の一番西のはずれにつきだしている、離れ座敷だったのです。しかも、その離れ座敷こそは、百七十年のむかしには左近将監が、書見につかっていたあの居間……もっとくわしくいえば、小金吾を殺したあとに左近将監が急に引きこもって、若党の佐平治にいいつけて、二度も三度も左官屋をよんで、壁のぬりかえをさせたあの離れ座敷だったのです。
そして、その座敷をはりわすれたことが、やがて博士にとっては、とりかえしのつかぬ、重大な手おちになったということは、あとになって思いしられたことでした。
無惨なる死体
ともかくその晩は、ザクザクと落葉をふんで家のまわりをあるいている、げんきのいい若者たちの足音を、夢うつつのうちにききながら、博士たちはひさしぶりで安心してグッスリと床につきましたが、さすがに変幻出没きわまりない怪猫の怨霊も、この威勢のよい若者たちには、おそれをなしたものとみえて、その晩は、なにごともなく夜があけました。
若者たちは、なんにもでないのに張りあいぬけがしたらしく、いずれも手持無沙汰の態でしたが、さて夜があけると、さっそくこんな家はでてしまうために、引越しのしたくをはじめなければなりません。
そしてひとまず、吉浦のお義兄さまのところへでも、身をよせなければなりませんが、こまったことに博士の医院は、博士自身ももてあまされるほど繁昌していましたから、なんにも知らぬ患者たちは、朝早くからもうワイワイと、待合室につめかけているのです。
ことにきのうは、吉浦にいくため一日るすをされたものですから、きょうは患者がふだんの日よりいっそうよけいに、おしかけてきているのです。
その患者たちに、こんどつごうによってこの医院をおとじになって、先生は吉浦へおひっこしになりますからと、看護婦の平松や笠井たちは、いちいちことわっていましたが、なぜ先生さまは、吉浦さ引越しなさるでやす? せっかくよい先生さきてくださって、ワシら大よろこびでいやしたのに! と患者たちががっかりしているのをみると、まさかこの家にはおばけがでるからともいえません。
せっかく遠いところをきた人たちだからと、気のどくになって、ではきょう一日だけは診てあげようかと、根がしんせつな博士は、最後の診察のつもりで、聴診器をあてたり処方を書いたり……そしておもい患者には、これからどこそこのお医者さんへおかかりなさい、こちらからそのひきつぎをしてあげますからと、いちいちねんごろに閉鎖後のしまつまでつけていられるのですから、午後の二時になっても三時になっても、つめかけている患者の半分のしまつがつかなかったのも、むりはありませんでしたでしょう。
こうして博士はもちろん、看護婦たちも、食事もとらずに診察室で、いそがしく立ちはたらいていましたが、そのあいだにおびただしい家財家具類は、吉蔵や吉浦から手つだいにきた例の三人の若者たちによって、縄をかけられて、だんだんトラックにつみあげられていました。
奥のほうは、まるで戦場のような混雑ぶりだったのです。
コメント